11話 停滞
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「それで、何か情報は得られましたか?」
水族園に行ったあの日から日曜日を挟んだ次の日。気分の落ち込む1週間の始まり、つまり月曜日。
お決まりの場所、放課後の図書室にて砥部と話をしていた。もちろん俺たちの他に図書室を利用する生徒はいない。これもいつも通りの光景だ。
やる事がないから手持ち無沙汰なのだろう。受付席に座った砥部は退屈そうに消しゴムを指で転がしている。俺はそれを適当な席に腰掛けて眺めていた。
「いや、特にこれといった情報は」
「そうですか。相変わらずですね」
「でも……」
「なんですか?」
「でも、距離は縮まったと思う」心の中でそんな事を考えた。考えるだけで、口に出すのはやめた。そんな事、言えるわけない。
「やっぱりなんでもない。それより、秋月の前の学校って知ってるか?」
「知るわけないじゃないですか」
こちらを見もせず一言で否定される。そりゃあ俺だってダメ元で聞いたけれど、そんなに冷たく言い放たなくたっていいだろうに。容赦のない奴め、と心の中でふてくさる。
「いきなりそんな事聞いて、どうしたんです?」
「いやな、なんとなくあいつの転校前の様子が気になってさ。転校前に住んでた藤沢市の話をした時、なんかはぐらかされた気がしたんだよな」
あれから何度かあの日の出来事を振り返ってみた。何かヒントになりそうな事はないかと考えていた。
そこで気になったのが彼女が以前住んでた場所についての話をした時の事。どこか暗い感じで、後ろめたそうな……と言うと少し言い過ぎだが、楽しそうな表情はしていなかった。
「ふーん、どんな感じにですか?」
未だこちらに視線を向けることはなく、砥部は机に突っ伏しながら消しゴムを転がして遊んでいる。こうしてみるとなんだか猫みたいだな、こいつ。
「あんたには関係ない……って感じの事を言われた気がする」
「なんだ。正論じゃないですか」
「だな」
「でも、ちょっと気になりますね」
ガタッ、と椅子が地面と擦れる音がして、砥部が上体を起こして姿勢を正した。
「調べてみたらどうです?」
そして、さも当然かのようにそう言った。
調べるだって?いやいや、どうやって?
本人に聞くのはまず無理だろ。それができたらとっくに聞いてるし。じゃあ他のアプローチって言うと何かあるだろうか。
「何か手掛かりとか無いんですか?」
バツの悪そうな俺の表情を察したのか、砥部が言葉を付け足す。
「一応いま分かってるのは神奈川県の藤沢市周辺ってことぐらいしか……」
「その中から絞り込むのは無謀ですね。もう少し何かヒントはないんですか?仮にも1日中一緒にいたんですよね」
「ほんと、面目ない」
思い返してみれば、彼女のことは結局あんまり知れなかった。交わした会話と言えば、趣味とかバイトとか友達付き合いの話とか。それらはどれも俺の予想とは真逆の物だがヒントにならなそうな物ばかり。
いや、そういえば。俺には少し引っかかってる会話がある。あれから家に帰り、冷静な状態で振り返ってみたがそれでも納得できない事があったのだ。
「もしかしたら陸上の強い高校かもしれない」
「それまた、どうしてです?」
「藤沢市に陸上の強い高校があるよなって聞いた時、都合の悪そうな顔をしてたし、『そんなの知らない』って怒られた」
俺の問いかけがしつこかった事もあるが、彼女の返答も少しばかり刺々しかった。過剰な否定は肯定の裏返し。そういう事はこれまで幾度か経験してきた。
「それ、逆巻さんとのデートがつまらなかったからじゃないですか?」
こちらをまっすぐ見つめ、容赦のない言葉を投げかけてくる。だってしょうがないだろ。女子と遊びに行く機会なんて滅多にないんだから。女子からの遠慮のない批評に俺の心は少し傷ついた。
「普通、デート中にそんな話題しませんよ」
「女心が分からなくて悪かったな。悪かったのは認めるから、もうやめてくれ」
これ以上言われてはメンタルが持たない。秋月も本当は退屈してたんじゃないか、なんて余計な心配がどんどん湧いてくる。
「とにかくそれでだ!だったらまずは藤沢市で陸上の強い学校がどこだったのか調べようと思うんだが、参考までに聞いておく。お前は知らないよな?」
「……」
俺の疑問に砥部は無言を貫いた。顎の先に手を当てて一応は考えているようだが、まあ当然ながら期待はできないだろう。
自分と縁もゆかりもない土地の、縁とゆかりもない部活の強豪校なんて普通は知らない。知ってるはずもない。
「ま、そうだよな。いくら物知りとはいえ、そんなことまで知る訳ないよな。あとは自分で調べるよ」
スマホをポケットから取り出して、検索アプリを起動する。
「茶川原高校」
「え?」
あまりに飄々と。ポツリと呟くもんだから返す言葉が見つからない。
なんとか発せたのはたったの1音。戸惑いと疑問を含んだ1音。それでも、砥部はその意図を汲んでくれた。
「たまたま知っていたので。私立茶川原高校、確か藤沢市にある陸上の強豪校です」
「そっか……茶川原高校か」
まさか答えられると思っていなかったので理解が遅れた。そして、ようやく頭の整理がついた頃、過去の記憶が一気に浮かび上がってくる。
「そうだそうだ。確かに聞き覚えがあるよ」
3年前に見た藤沢駅の横断幕。そこにも茶川原高校と記されていた。
「にしてもすごいなお前。普通そんな事まで知らないって」
「だから、たまたまだと言っています」
流石は砥部。怖いくらいになんでも知ってるな。きっと、知らない事以外はなんでも知ってるのだろう。
「でも、茶川原高校という名前が分かった所で彼女が通っていたという確証はありませんよね」
「まあ、それはそうなんだけど」
うーん。これ以上の推測は手詰まりか。この前の雰囲気からして、もう一度俺が聞きに行っても答えてはくれないだろう。
「なあ、それとなくでいいからさ。あいつがどこの高校だったのか聞いてみてくれないか?」
「私がですか?嫌ですよ。それにクラスも違いますし」
2人の仲が特段良いわけではない事は知ってるし、なんなら面識がほとんどない事だって知ってる。それでも、女子同士の会話なら変な警戒をさせずに聞き出せるかもしれない。
「頼むよ、一生の頼みだ。この通り!」
俺は手を合わせて頭を下げる。
しかしその願いも虚しく、「嫌です。逆巻さんの一生じゃ釣り合いませんから」、なんて皮肉を言われて断られてしまった。
同日、夕方。
俺はバイトがあるので、カフェへと向かった。
その日はバイト先の先輩、善光寺千種先輩と2人のシフトだった。
店員が2人というと、一見少なく感じるかも知れない。けれど、規模の小さいカフェで平日の晩。加えて最寄りの葛西臨海公園駅は降車率がだいぶ低い。なにしろレジャーのための駅だ。遊ぶために人がやってくる訳で、混雑するのは休日だけ。
そのため、2人で十分事足りるわけだ。
「あの、先輩」
客が1人もいないホールから、厨房にいる千種先輩に呼びかける。すると、返事はすぐ返ってきた。
「なにかな?」
声と一緒に水の流れる音と食器の触れ合う音がする。きっと洗い物をしてるのだろう。それでも、他にこなすべき業務は今のところない。千種先輩もそれほど忙しくないだろうと思い、俺は構わず話を続けた。
「先輩って隠し事とかありますか?」
「……」
一拍間があってから返事が返ってくる。
「もしかして、この間の子に関係あるのかな?」
千種先輩の姿は俺の位置から見えないが、きっと今頃笑みを受かべているに違いない。揶揄うような意地悪げな表情が目に浮かぶ。
「いえ、別にそういうわけじゃないんですけど」
ズバリその通りだけどなんとなく否定する。確かに俺は秋月が何に悩んでいるのか知りたい。彼女が俺に話していないだろう何かを知りたいのだ。でもそれを素直に認めるのは恥ずかしかった。
「そっか〜、じゃあそういう事にしておくか。それで、隠し事だっけ?」
「そうです。ありますかね?」
「そりゃあ私にだってあるよ。人間だもの」
「そうですか」
「君にだって隠してる事、いっぱいあるし」
いっぱいか。まあそうだよな。俺にだって隠し事はある。それも1つや2つじゃない、沢山だ。俺や千種先輩に限らず、誰にだってあるに決まってる。
「そういうの、教えてもらうにはどうすりゃいいんですかね?」
テーブルを布巾で拭きながら尋ねる。
「……どうしたの?今日の君、ちょっと変だよ」
「俺はいつも変ですよ」
「それもそうだ」
そこまで話した所で水の音が止んだ。そして店内が一気に静かになった。千種先輩が作業を終えたようだ。
そして予想通り、シャツにエプロンを下げた制服姿の先輩が厨房から出てくる。作業に疲れたのか、小さくため息を吐いている。
「じゃあさ、逆に君に聞くけど、君は隠し事とかあるの?」
今度はお互いの姿が見える位置で、こちらをまっすぐに見つめながら聞いてきた。
「……そりゃ、ありますよ」
「それ、誰にも話したくないでしょ」
「まあ、そうですね。よっぽど信用できる人じゃないと無理です」
「だよね。だったらさ、まずは無理に聞こうとしないで相手のことを分かってあげる時間が必要だと私は思うよ」
「分かってあげる、ですか?」
「そうよ。知るために問うんじゃなくて、分かるために相手を見るの」
「なるほど、なんとなく分かる気がします」
一応は年上の先輩。なんだかそれっぽい事を言っている。いや、それっぽいどころかきっと正論だ。
確かに俺は、『知ろう』という気持ちが先行し過ぎていた。信用されているわけでもないのに教えてもらおうという態度だった。
『急がば回れ』、『急いては事を仕損じる』、『急ぎの文は静かに書け』。目的だけを見ていても、それでは大事な物を見落としてしまう。そういう事なのだろうか。
高校2年の俺はまだまだ子どもだ。悟ったような事は言えないし、分かったような言葉を吐いてもそれは傲慢だ。ただの思い上がりに過ぎない。
それでも、やはり少しだけ俺のするべき事が分かった気がした。
「ありがとうございます。なんとなく今やるべき事が分かった気がします。つまり、遠回りこそが最短の道だったって訳ですね」
「遠回り?最短の道?説也君、いったいなんの話してるの?」
「いえ、僕なりの解釈です。気にしないでください」
「ねえ、ほんとに分かってる?私結構いいこと言ったつもりなんだけど。久しぶりにお姉さんらしい所見せれたと思ってるんだけど!」
「分かってますって。ほんとに助かりましたから。それより、これ以上余計な事言わない方が良いですよ。せっかく感心してるのにボロが出そうなんで」
「だ、出さないわよ。私はこう見えてしっかり者なんだから」
こんな冗談を言っているけれど、本当は分かってる。千種先輩が頼りになる事も、困ってる時には年上としてしっかりフォローしてくれる事も……。
本人に言ったことはないけど、千種先輩は本当に完璧な人間だ。ミスはしないし、真面目な話をしても最後にはこうやって冗談めかして笑わしてくれる。
ほんと、年上ってずるいよな。うっかり憧れそうになる。
でも、そんな憧れの先輩にだからこそ
「俺、先輩にならそこそこ秘密も話せますよ」
本当にどうしようもなくなって、俺の手に負えなくなった時には千種先輩を頼らせてもらおう。その時は、パラドックスの事だって打ち明ける覚悟だ。
「ふ〜ん。そっか、そうなんだ。君もなかなかすみにおけない事言うじゃん」




