10話 変化と不変
ラブコメしてます。
「マグロって2メートルもあるんだ。私よりデカいんだね。ちょっと怖いかも……」
「確かに大きいな。俺よりデカい……いったい何貫分の寿司ができるんだろうな」
マグロの模型にピッタリと体を近づけながら、秋月がその大きさに驚愕する。
マグロの全長はほぼ2メートル、それに比べて俺の身長は169センチ、秋月に至っては160センチ丁度だ。改めてマグロの大きさにビックリする。
――
「あの魚、変な顔〜。なんかアンタにちょっと似てるかも」
「そうか?似てるか?俺ってあんな顔してんのか?」
「してるわよ。ボケーっとしてる感じとかそっくり」
カエルウオという魚を見ながら秋月がふざけて揶揄ってくる。なんだかやけに楽しそうだ。
馬鹿にされてるのにあまり悪い気はしない。
――
「この先タッチプールだって。サメとか触れるのかな?」
「それは無理じゃないか?ていうかサメ触りたいのか?喰われるぞ」
秋月が案内板を左手で指差し、右手で俺の服の袖を引っ張る。俺はされるがままにタッチプールへと連れて行かれた。
――
「うひゃ〜、ナマコの感触気持ち悪〜」
言葉とは裏腹に、どこか少し嬉しそうな表情で秋月が悲鳴をあげた。
「タコの吸盤もやばいぞ。クセになりそう」
「ほんと?どれどれ……うえ〜、なんかうにょうにょする〜」
「だな。なんかたこ焼き食べたくなるよな?」
「へ?いや、ならないでしょ……。アンタサイコパスなの?」
「オクトパスだけにサイコパスってか?くだらないシャレだな」とツッコんでやりたかったが、以前同じようなツッコミを砥部にしたところ酷く呆れられた事を思い出して踏みとどまる。
「冗談だよ。むしろ暫くタコは食えなそう」
「なんだ……よかった。私もタコは暫く遠慮だよ」
――
「フェアリーペンギン。可愛いすぎでしょ」
「だな。持って帰って一緒に暮らしたい」
「だね。やっぱペンギンは最高ね」
「生まれ変わるならペンギンもいいかもな」
誰からもチヤホヤされて、飼育されていれば外敵の心配もない。おまけに食糧に困ることだってない。衣食住が保証されたそんな暮らし、最高じゃあないっすか……。
「は?そんなの嫌よ。ペンギンの中身がアンタだと思うと気持ち悪いじゃない」
「……」
共感してもらえたと思った矢先、鋭利なツッコミが俺を突き刺す。まあ言ってる事は確かに正しい気もする。あのペンギンの中身が例えばおっさんだと考えると……うん、それは嫌だな。
――
「結構見て回ったな」
「うん、やっぱり水族園って楽しいね。来てよかったよ」
「千種先輩に感謝だな」
「ホントだね。今度お礼言っといてよ。私も会う機会があったら伝えるから」
「了解だ。……それより、少し座って休憩してもいいか?」
俺は近くのベンチを指さす。今いるのは『モントレー湾の自然』という展示場所。近くにはケルプという海藻が茂った水槽と、ライトアップされたクラゲの水槽が見える。
「分かった。それじゃあ私は少し先の方を見てくるわね」
疲れ知らずというか、何というか……。初めての水族園がよっぽど楽しいのか秋月は疲れた素振りも見せずに歩き出した。とにかく、楽しんでくれているなら何よりだな。
――ブブッ
秋月が一つ隣のエリア、標本コーナーへ移動したのを見届けたその瞬間、ズボンのポケットに入れたスマホが揺れた。
「珍しいな」
取り出して確認すると画面には『砥部弥生』の文字が。着信だ。ほとんどメールでしか連絡を取り合わないから、こうやって電話をかけてくるのは珍しい。
出ない理由もないので、迷わず応答のパネルを押す。
「もしもし、お前から電話なんて珍しいな」
「……まあ、暇だったもので」
「暇?今週は結構な量の課題がなかったか?」
確か提出期限は2週間後。猶予が長い分、膨大な量だったはず。毎日コツコツやって終わらせるような課題だ。
「それはもう終わりました」
「終わった?だって今日はまだ土曜の日中だぞ。課題は昨日出たばかりだろ」
「逆巻さんと違って私はちゃんとしてるんです。そんな事より質問をしたいのは私です。状況はどうなんですか?」
「どうって、パラドックスのことか?」
「そうです。秋月さんのことです」
どうかと問われてもなあ。重大な手がかりは未だ掴めていないけど、仲は深まって来てると思う。何か悩みを抱えていそうな事も分かった。そういう意味では僅かに進歩してる気がする。
「まあ、ボチボチって感じだな。今も2人で遊びに行ってる所だ」
「……え?今なんて言いました?」
「だから2人で遊んでるって。葛西臨海水族園だよ。分かるだろ、高校のすぐ裏の」
「デートって事ですか?」
「まあ、デート……って言えばデートだし違うと言えば違うな」
デートだと思っていたのに相手はそんな風に思っていない。そういうこともあるだろう。要するにデートかデートじゃないのかの区別なんて主観による極めてテキトウなものなのだ。だから答えははぐらかしておいた。
「男女が2人でどこかに出掛けたらそれはデートですよ。デートに決まってます!それで、デートをするという事は、その……逆巻さんは秋月さんのことが好きなんですか?」
あえて答えをあやふやにしておいたのだが、砥部の主観的な判断によると俺と秋月の行動はデートに当てはまるらしい。
それにしてもまずいな、これ。なんか変な誤解を生んでそうだ。秋月の容姿は整っているし、彼女が抱える問題について気になっているのは事実だけど、恋愛感情は抱いていない。ここはしっかり否定しておく必要があるな。
「いや、別にそう言うわけではないな」
「つまり、好きでもない異性をたぶらかしてるって事ですか?最低ですね」
駄目だこりゃ。誤解が更に深まったぞ。頭はいいクセに、こういう時だけどうしてポンコツになるんだこいつは?
「そうじゃなくて、ただの女友達ってことだよ。友達と遊びに行くのは別に変なことじゃないだろ」
「そうですか……。そういうことならまあ、いいですよ。分かりましたとも」
いいってなんだよ……。砥部の許可がないと俺は女子と遊んじゃ駄目なのか。
「それで、今は何をしてるんですか?」
「俺はベンチで休憩中。クラゲを見てる」
「あなたのことなんてどうでもいいです。秋月さんはどうなんですか?」
「ああ、あいつならさっきまでハリセンボンの展示を見てたけど」
「ハリ…センボン……」
と言っても標本コーナーだから、ハリセンボンの骨格を見てたんだけどな。
「で、今は……」
変わらずベンチに腰掛けたまま、隣の標本コーナーを見渡す。肝心の秋月の姿は見えない。移動して、もっと奥のコーナーまで行ってしまったのだろうか。
「ちょっと繋いだままで待っててくれ」
逸れたりしても後々面倒なので、俺は腰を上げさっきまで秋月のいた方へと向かった。
標本コーナーへと足を踏み入れると、秋月はすぐに見つかった。このエリアで1番目を引く展示物、とても大きな魚の標本を見ていたからだ。
「悪い、待たせたな。秋月ならシーラカンスの標本を楽しげに眺めてるよ」
「ギャルなのにですか?」
砥部が数時間前の俺と同じような疑問を口にする。
「そうだ。ギャルなのにだ」
「珍しいですね。標本ってちょっと地味じゃないですか。ギャルならもっと派手な魚とかの方が好きそうなのに」
「それがな、アイツ他にも色々変わってんだよ。読書が趣味らしいし、勉強だって嫌いじゃないらしいぞ。そう考えると標本が好きなのも案外納得だろ」
「それは、なんというか変わった人ですね」
「今だって、俺に気づいた秋月が『3億年も前から姿が変わってないなんてすごい!』とかはしゃいでいるよ」
それは確かに興味深い展示だが、ギャル好みの展示ではないように思う。やっぱり秋月は少し変わってる。
「変わらない、ですか……」
秋月に気を引かれていたのでうまく聞き取れなかった。電話の向こうで砥部がなにかを呟いた。それも、なんだか暗いトーンだった気がする。
「悪い、うまく聞こえなかった。どうかしたか?」
興奮した秋月から少し距離を取り、静かな所へ移動しながら尋ねる。
「いいえ、何でもないです。それより私、シーラカンス嫌いなのでもう切りますね」
「は?」
その言葉の直後にプツリと音がして、電話は切れた。本当に唐突に電話を切られたので、別れの挨拶もできなかった。なにより肝心の用件もよく分からなかったし。
「なんだったんだあいつ」
シーラカンスが嫌いというのもよく分からない。俺だって別に特別好きなわけじゃないけどさ、だからと言って嫌いな訳でもない。と、少しの間呆気に取られているとスマホが鳴った。画面を見ると新着のメールが一件。砥部からだ。
『ハリセンボンの写真だけ後で送ってください』。メッセージはそれだけ。ほんとのほんとになんなんだこいつ?情緒不安定か?
困惑しながらも、俺はハリセンボン(骨格標本)の写真を撮って、後で砥部に送っておいた。後日、見たかったのは生きてる姿だと怒られたのは別の話。
そして、それから俺たちはもう暫く園内を2人で回った。結局、退場したのは閉園時間の30分前の16時半ごろ。外に出てみると、空はところどころ青から橙色に移ろいでいた。
「そっか。もうこんな時間だもんな」
「そうだね。今日はありがと、楽しかったよ」
「本当か。ならよかった。それでさ……」
「パラドックスに対して心当たりはないか?」と再度聞こうとして言葉に詰まった。
多少仲は深まっただろうけど、まだ時期尚早だと思ったから。それに、それを今ここで聞くのはなんだか野暮ったい気もした。
「どうしたの?」
「いや、俺の方も久しぶりに来れて楽しかったと思ってさ」
「そっか、それならよかった。じゃあ、また行けたらいいわね」
言いながら、秋月がそっぽを向いて視線を逸らす。沈みかけの太陽に照らされて頬が赤く染まっている。
「だな。それとさ、パラドックスについて何かあったら。何か気づくことがあったら、その時はいつでも言ってくれ」
せめて最後にと、そう告げた。問い詰める事はせず俺の意思だけは伝えておきたかったのだ。
そして、その日交わした会話はそれが最後だった。
その後、彼女を学校の前まで送っていったりもしたけど形式的な挨拶ぐらいしか交わさなかった。それを会話とは言わないだろう。
因みに学校の前で秋月と解散した理由は彼女が教室に忘れ物をしていたからだ。学校は俺の帰り道の途中だから、ついでに送って行ったのだ。
そうして、ようやく長い1日を終えた俺は家に帰るなりカレンダーを睨みつけた。
今日は6月10日、土曜日。体育祭が行われるのは6月27日。
「あと17日か」
タイムリミットはまだ先だが、それでも着々と近づいていた。
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