鷲尾院の挙兵
地球はヘイアン――隠岐に流罪となっていた鷲尾院を救出した、烏丸衆——不動院満仲。鷲尾院を未だ崇拝する北面の武士団の一人として、都より遠い鎮西を再起の地に選び、古刹に隠し奉った。
「——院におかれましては、長年の隠岐での幽閉生活、真に御不便あられたものと、存じ上げまする」
満仲が、少年と青年の間である鷲尾院を前に、恭しく労う。
「……うむ」
鷲尾院が繃帯が巻かれている左目を押さえ、小さく返事をした。
「痛まれますかな?」
「否。此れの痛みなど、感じたことはあらぬ」
「左様ですか。それは宜しゅうございましたな」
「宜しゅう……? っふ。不動院、そなた、口だけで物を申すでない」
そう言うと、鷲尾院は立ち上がり、満仲の前まで歩み寄った。さっと平伏する姿勢を見せた満仲の顎を持ち、自分の顔を見上げさせる。
「朕を見よ。朕の此れは、美しいか?」
「……院、何を……?」
鷲尾院の指が満仲の左目に伸びる。思わず満仲は身体を引くも、動くことを許さないという面持ちで、鷲尾院が、じっと見降ろしてくる。
「そなたは美しいのう、不動院。あの甥の、瑞獣が一人と聞く。道理で、壊したくなるわけぞ」
鷲尾院の指で左目を押し潰されそうになるも、ぐっと満仲は耐えた。鷲尾院が屈み、満仲の耳元で囁く。
「冗談じゃ。不動院、そなたも朕と同じ、破壊の道を往くものぞ。共に、あの生意気な甥の世など、何もかも壊し尽くしてやろう」
満仲が息を呑む。慄く表情など見せず、やがて口角を上げた。
「……御意。この不動院満仲、朱鷺さえずりし帝の世を、鷲の院と共に、終わらせる覚悟にございまする」
「その働き、期待しておるぞ、不動院」
「……は」
平伏する満仲の後ろに現れた、一人の僧侶姿の男。顔布を当て、決して言葉を発しない。しかしその瞳は赤く、扱う武器の壊滅的な破壊力から、鷲尾院に従う重臣らからは、“怪僧”と恐れられた。
「新たな戦力は整うたか? あるての」
鷲尾院の問いに、アルテノと呼ばれた男が、ゆっくりと頷いた。背後の“怪僧”に、満仲が、そっと視線を向ける。九条是枝を筆頭に、集まった烏丸衆の群臣らを前に、鷲尾院が重たい声で告げる。
「機は熟した。此の鎮西を皮切りに、先ずは南を攻める。隼人を堕とし、筑紫島の征服後、我が都を取り戻す」
「おお!」
群臣らの雄たけびに、満足気な表情を浮かべる鷲尾院。その鷲尾院が、じっと見据える先に、雲一つない望月がある。
「国を二分する戦に於いて、帝と其の重臣おらぬとあっては、戦を放棄したも同じ。せいぜい月が世から、我が国をひっくり返される惨状を、眺めておるがよい、時宮」
左目を繃帯で覆っている以外は、眉目秀麗で美しい顔立ちをしている鷲尾院だが、朱鷺に対する禍々しい憎悪は、左目に隠す病より醜いものがある――。そう満仲は、幼子から青年へと変わりゆく鷲尾院を分析した。
鷲尾院の挙兵により、筑紫島は南、隼人族との戦が始まった。長きに渡り朝廷との戦を繰り返し、不従の姿勢を貫いてきた隼人族であったが、鷲尾兵の急襲と、アルテノによる火の国伝来の破滅的な攻撃によって、籠城の末、降伏の意を示した。その後、日向族、安曇族らといった、有力部族も打ち破っていった鷲尾兵らによって、あっという間に筑紫島を平定し、自らの支配下に置いたのである。
鷲尾院による統治が宣言された筑紫島では、日夜『美麗狩り』なるものが横行した。
「——此の国から、美しいもの、麗しいものといった、価値あるものはすべて、排除する」
鷲尾の院宣により、歴史を紡いできた国宝や刀剣、寺院、美男美女と判定された民に至るまで、悉く没収、廃棄、そして、処刑されていった。
朝日を背に、満仲がじっと、河川敷に掲げられた何十人もの死体を見つめる。傍らの松明からは白煙が燻り、やりきれない想いに、ぐっと拳を握った。




