急襲
朱鷺はエルヴァにセライへの伝言を依頼すると、社長らと別れ、三人で雷鳥が飛び去って行った方角——月の森へと足を進めていった。ドーム内を夜の照明が照らし、薄暗い夜道を、王宮から持参した、懐中電灯で照らしていく。
「小さき電力で此れほどの灯……あちらが世の松明とは、えらい違いにございまするなぁ」と、水影が懐中電灯で己の顔を照らし、言った。
「万一、彼の巨船がちきうを襲来すらば、我が故郷など、瞬時に廃塵と帰するな」
「此れほど技術が進んだ月が世に於いても、斯様な有様。我らに勝ち目などあるのでございましょうや?」
憂いに満ちる安孫に、
「なに。存外文明が進んだ月よりも、我らがちきうの文明が、彼奴らに一泡吹かせることになるやもしれぬぞ。それに、我らには神仏の御加護があるゆえ、案ずることはない」と朱鷺もまた、懐中電灯で己の顔を照らした。
水影が、そっと足を止めた。
「……神仏の類など、此の世に在るはずがございませぬ」
「水影殿?」
安孫が驚いたように振り返った。
「貴殿は、神仏の類は信じておられぬのですかな? 我が春日家においては、春日神社を厚く信奉し、武神の御加護を仰ぐ一族にございますれば、貴殿が三条家は、何処の神も仏も信奉されぬのですかな?」
「そなたら三条家は、代々あちらが世の記紀を研究し、その謎の解明に尽力せし一族。その記紀に、そなたが神の類を信奉せぬ謂れがあるのかのう? 水影」
「……否。記紀は関係ございませぬ。あくまで、私一存の境地にございますれば」
「境地のう。そなたはあらゆる事柄において達観しておるゆえ、真、敵に回すと怖いのう? ……して、並々ならぬ洞察力を持つ我が鳳凰は、彼の雷鳥を如何見た?」
涼しい顔で朱鷺が言った。ふうっと吐息を漏らした水影が、鳳凰紋が刻まれた脇差を手に取り、それをじっと見つめる。
「同じ翼を持ち、宙を駆ける鳥であろうとも、私は彼の御仁が如く、変化は出来ませぬでなぁ。……されど、私は優れた知恵で以って主を導く鳳凰——。必ずや、この窮地を脱してみせまする」
「水影殿……」
その時、森の奥から何十匹もの小動物が走ってきた。上空を鳥達も逃げるように去っていく。異様ともとれる状況に、さっと三人が刀を身構えた。
「巨船の再来でありましょうや?」
じっと森の奥、暗闇の先を見つめる安孫が警戒する。
「……否。其れにしては静かすぎる。ともなればっ……」
突如として上空に稲光が走った。
「神鳴りっ……雷鳥ぞ! 身構えよ!」
朱鷺の目にその姿が映った瞬間、轟音と共に、雷が三人の下に落ちてきた。
「——っつぅ……、大事ないか、水影、安孫!」
雷撃によりその身を吹き飛ばされ、木に激突しながらも、朱鷺は二人に安否を問いた。
「しゅじょ……某は、無事にございまする!」
「我が身も、大事、ありませぬっ……」
二人も同じく木に叩きつけられたが、折れた幹を払いのけ、どうにかして立ち上がった。二人とも狩装束が破け、頭や腕から血を流している。
「ふっ。其れでこそ、我が瑞獣よ。されど、此れにてはっきりしたのう。彼の雷鳥は、我らが敵であるとのう」
笑みを浮かべ、吐血を拭った朱鷺に、「主上っ……御血が流れておりまする!」と、安孫が慌てて駆け寄ってきた。
「案ずるでないっ! 此れしきの事、月が民の怪我に比べれば、大したことにあらず!」
珍しく殺気立つ朱鷺に、「主上……」と安孫が俯く。
「案ずるな、安孫。俺はそなたの前では死なぬ。そう約束したであろう?」
「主上……」
「それと、次に俺を主上と呼んだ暁には、折檻だけでは済まさぬぞ?」
無理にでも明るい表情を見せる朱鷺に、「心得ておりまする」と、安孫が気持ちを切り替え、敵の居場所を探る。
「斯様な場所で、命絶えてしまうものか。我が悲願は、未だ達成されておらぬでな」
再び三人の頭上に稲光が走る。そこに、エルヴァから伝言を受けたセライが、依頼の品を持って現れた。
「おおせらい殿、遅かったではありませぬか!」
「凡そ、スザリノ王女とイチャイチャしておられたのでしょう?」
「そんな暇じゃねえんだよ! ううん、……これでも貴方方の窮地に居ても立ってもいられず、車を飛ばしてきたのですがね」
セライが嫌味たらしく朱鷺と水影に、依頼の品——弓矢を手渡した。
「せらい殿! 恩に切りまする!」
「春日さんには、こちらを」
そう言って安孫に手渡したのは、狩猟用の銃であった。小型のドベルト銃より三周り程大きいものだ。
「これは……」
「使用方法はドベルト銃と同じです。ただあれよりも威力が増しているため、貴方方の中では、体幹がしっかりしている春日さんにしか、向いていない武器です」
セライもまた懐に入れていたドベルト銃を手に取り、四人が一斉に上空を見上げる。
「道具は揃うた。さあて、躾のなっておらぬ、雷鳥狩りといくかのう」
奇しくも狩装束姿の三人の公達。水影が弓籠手をぎゅっと引き、朱鷺が雷鳴轟く上空に姿を現した雷鳥を見据え、不敵に笑った。