追い回し
双六盤の上で朱鷺が黒コマを前進させる。机で向かい合うようにして座る水影が、二つのサイコロを振った。
「それで、月が民に羽衣装束を着せるには、如何したら良いか、ということにございますな?」
「ああ。良い策が浮かばぬでな。そなたならば何か浮かぶでないかと思うて、斯様に相談しておるのだ」
「ふむ……」
水影が地球から持参した双六盤上の白コマを前進させる。朱鷺がサイコロを振った。両方とも一の目が出た。
「乞い目だ。二度俺だな」
そう言って、朱鷺が再び二つのサイコロを振った。水影が扇子で口元を隠しながら思案する。
「ほれ、次は水影の番ぞ」
朱鷺に促され、水影がサイコロを振った。乞い目が出て、白コマを前進させた。黒コマの最後尾に追いつく。
「ああ、尻がかじられてしもうたな。真、水影は『追い回し』が得手であるのう」
「賽の目によって決まる勝負。ほぼ運にございますれば、得手も不得手もございませぬ。ただ、物事は運だけでは進みませぬ。賽を振るが如く、初めの一歩を踏まねば、何事も始まりますまい」
「左様。その初めの一歩、如何にして踏もうかのう」
「我らは互いの世の交流が為に、斯様に遠い地より参った者にございますれば、やはり、文化交流をせねばなりますまい。さすればここは、我が世が如何に素晴らしいか、朱鷺様御自ら御披露あそばされれば宜しいかと」
水影が朱鷺を見上げて、微かに笑みを浮かべた。
「水影、そなた、如何ばかりか垢抜けたのう?」
「然程のことでもありますまい。ただ、月が世の暮らしは刺激が多く、文官としては、記録が為に、より多くを吸収しとうだけにございます」
「左様か。ならば一層励むが良い。だがあちらが世の素晴らしき点を披露するには、如何すれば良いかのう?」
「天女と言えば羽衣伝説。その伝説を、舞にて御披露あそばされれば宜しいかと」
「舞か。宴ではあまり称賛を得なかったでな。ここは舞ではなく、何か異なる表現で、月が民に羽衣装束を着たいと思わせる手段を講じねばのう。ところで、安孫は如何した?」
「安孫殿ならば自室に籠っておられまする。あれは、極力外を出歩くことを、避けておられる御様子ですなぁ」
「まったく、月の都に着いて三日が経とうと言うに、まだ恐れておるのか、彼奴は」
「勇猛果敢な武官の姿は露と消えましたなぁ。あれもあれで、如何にかせねばなりますまい」
勝負が決し、勝者である水影が、黒コマと白コマを片付けていく。
「追い回し、か……」
朱鷺が二つのコマを手に取り、双六盤の中央に置いた。白コマが逃げるのを、黒コマが追いかける。
「上手く相手の尻をかじり、我が方へと惹きつける。簡単に見えて、その実、難儀なことよのう」
「月が民には、我らが舞や歌では想いが伝わりにくうございましょう。もっと簡単に。それこそ男が天女から羽衣を隠したが如く、単純に。左様な方法が、月が世では、正攻法に思われまするなぁ」
「ふむ。であらばここは一つ、単純明快な策といこう」
水影との談義で何やら閃いた朱鷺は、策の用意を整えると、ルーアンの下へと向かった。