吃逆
安孫は今日一日、ルクナンの護衛として控えた。王宮内に以前の衛兵の姿はなく、代わりに鎧を身に纏う兵らが警備にあたっている。あの見合いの席で反乱者らが言った言葉が蘇り、彼らが悉く、エルヴァの下へと合流したのだと悟った。
「ヒクっ……ヒクっ……」
俄かに吃逆が出始め、「あら、しゃっくりですの? ソンソン」と、庭園で優雅に紅茶を飲むルクナンが、クスッと笑った。
「申し訳ございませぬっ、今止めて、ヒクっ……参りま、ヒクっ……す、ヒクっ……」
「よろしくてよ、ソンソン。けれども困りましたわねぇ。月の世界では、しゃっくりは、不吉の前触れと言われているのですわ」
「不吉?」
「ええ。百回繰り返すと死んでしまうという、死へのカウントダウンなのですわ?」
「ええっ? 死? 某、吃逆で死んでしまうので、ヒクっ、ございまするか!」
「地球ではどうか知りませんけど、月の世界では、それでもう何万人と、しゃっくりで亡くなっていますわ? 正しく死を招く不吉の前触れ。百回の内に止まるといいですわね」
ガーンと安孫が落ち込んだ。
「某が、死ぬ……?」
絶望の表情を見せる安孫に、「おもしろいオモチャですわ?」と、ルクナンが陰で笑う。
「残り九十四回、着々と死に向かって、カウントダウンが刻まれていきますわよ? ソンソン」
ルクナンの脅しに血の気が引いた。護衛の務めにも身が入らず、出来る限り吃逆をしないようにと心掛けるも、「ヒクっ……ヒクっ……くそ、止まぬかっ……ヒクっ」と出てしまう。
「如何にかして止めねば、志半ばで死ぬ訳には、いかぬっ……ヒクっ」
意思だけではどうにも出来ず、「止める策を乞うて参りまする!」と、ルクナンの下から走り去っていった。
「ああ! ソンソンっ……もう、冗談ですのに……」
「――はあ? しゃっくりを止める方法?」
廊下を箒で掃くルーアンに、「左様。一大事なのでございます!」と安孫が懇願する。
「別にしゃっくりなんて、その内自然と――」
「一大事なのでございます!」
あまりの気迫に押され、「そ、そうねぇ、確か、白ウサギを捕まえると良いって、聞いたような……けどあれは確か、しゃっくりじゃなくて……って、二世? ウソ、いつの間に消えたのかしら?」
話も途中に、焦る安孫は急いで庭園へと戻った。そこで兎を探すも、どれも灰や黒といった色の兎ばかりで、肝心の白兎が見つからない。
「まずいっ……このままでは異郷の地にて死に絶えてしまう! 御役目を全う出来ずに某が死ぬことがあらば、それ即ち、春日家が末代までの恥! 何があっても主上より先に死ぬことなどあってはならぬっ……ヒクっ」
止まらない吃逆に、安孫は形振り構わず白兎を探す。