王女と宰相の息子
「――どうだ! 策通りとなったであろう!」
自室で朱鷺が鼻高々に笑った。
「策を立てたのは変人でしょ?」
「何を申すか! 暴漢共に隙を見せたは、俺が腕相撲で彼奴を引き付けた甲斐あってのこと! 肝となる友情を芽生えさせる策――『窮地を共に脱する』は、この都造朱鷺あっての成功と言えよう!」
「はあ……。『勝負事で友情を芽生えさせる』は表向きで、その実、せらい殿が暴漢に襲われる可能性があると、るうあん殿より情報を得たことで、『窮地を共に脱する』が真の友情を芽生えさせる策であったと、せらい殿の耳に入れば如何ばかりのことか……。されど、斯様な危のう策は、もう御止め頂きとうございまする、水影殿」
「何を御案じ召されます。私は安孫殿あるからこそ、此度の案を朱鷺様に献策差し上げたまでのこと。父君以上に、真の日の下一の武人と名高い安孫殿が、必ずや朱鷺様を御護り下さると信じておりましたゆえ」
「水影殿……!」
安孫の表情が華やいだ。
「水影殿も御強うございますれば、人は見かけに寄りませぬなぁ。水影殿はただの切れ者にございませぬ。文武尊徳に生きる、真の文人にございますれば、某など到底太刀打ち出来ぬ御方にございまするな」
そう言って誰もが惚れそうな笑みを浮かべた安孫。無表情の水影がその鳩尾を殴った。
「なにゆえにっ?」
鳩尾を押さえ、えええ? と困惑する安孫に、平然と水影が言った。
「安孫殿のくせに、生意気にございます」
「はあ? 御褒めしただけで、貶めてはおりませぬが! それでは話が違うございまする! 今のは、るうあん殿の基準ではございませぬでしょう?」
「基準以上のことをなされたがゆえ、生意気なのでございますよ」
「はあ?」
「一体何の話をしてるの、アンタ達……」
静観していたルーアンが、呆れたように言った。
「この者らのことは如何でも良い。結果として、許可証の発行を認めたでなぁ。……されど、彼奴の言動には、些か疑問が残る。彼奴は、何故暴漢共に反撃せなんだか」
朱鷺の疑問に、目を伏せたルーアンが答えた。
「セライは、この国の宰相の息子なの」
「宰相?」
「恐らく、あちらが世の摂政と同等のものかと」
「国の政の最高権力者か。されど、月が世には王族がおろう? 王妃自らは、政には参加せぬのか?」
「王妃や王族は、ただの国のシンボル。まあ、お飾りみたいなものね。実際、国を動かす政治をしているのは、宰相以下、月暈院の議員達。彼らはお父様……前国王が亡くなったのをチャンスと捉え、お母様を第一王妃の座から引きずり降ろし、第二王妃であった、エトリア様を担ぎ上げたの。その結果、お母様は僻地に追放され、姉様は地球に交換視察団として組み込まれ、私はメイドに落ちた。それに反感を抱いた何人かの臣下が、今日セライを襲ったエルヴァ達。前にもセライが何者かに襲われたって聞いたけど、まさかエルヴァ達だったなんて。私がこうして王宮でメイドをしているから、反乱なんて起こさないと思っていたのに……」
「探せば、そなたの味方は、もっといそうだがのう」
「いたとしても、名乗り出るはずがないわ。だって宰相は、セライの父親のハクレイは、とてつもなく恐ろしい男だもの……」
「ほう、左様な恐ろしい摂政とな? それはさぞかし、偉大で尊敬の眼に値する父君であろうのう?」
朱鷺が俯く安孫を一瞥した。
「して、その恐ろしくも偉大な父君を持つ二世殿は、父君への憎悪を一身に我が身にて受け止める、左様な聡明深き息子であると?」
「聡明? ……セライは宰相とは不仲だから、そういった美談じゃない気がするけど。本当だったらもっと上のポストが適任なんだろうけど、頑として今のポストを譲らなくて。課長と言っても、官吏の中じゃ中くらいのポジションだし」
聞き慣れない言葉の羅列に、「恐らく、ぎり殿上人かと」と水影が解説する。
「ぎり?」
次第に月の世の文化に染まりつつある水影に、安孫は更なる実践の予兆を感じた。
「ふむ。如何やら、ただの七光りの石頭ではなさそうだが……」
スザリノという名前が出た時のセライの言動に、朱鷺は引っ掛かるものを感じた。
「何はともあれ、明日には許可証が発行されるんだから、良かったんじゃない?」
「如何もあれはしっくりこんでなぁ。王女と、宰相の息子か……」