麒麟の願い
定期交信にて、麒麟から筑紫島の悲劇を聞かされた朱鷺らは、鷲尾院の挙兵に絶句した。
「何故今更鷲尾院がっ……」
安孫もヘイアンの惨状に、居ても立っても居られない。
「……して、都が様子は?」
じっと目が据わる朱鷺に、「都は未だ平穏にございますが、いつ鷲尾院らの兵が攻め込んでくるか分からぬ状況です」と、モニター越しに麒麟が伝える。
「鷲尾院は、隠岐へと流罪となられていたはず。日夜監視されておる状況で、何故挙兵などという暴挙に出られたか……」
考察の構えを見せる朱鷺に、「誰かが院を、救出奉られたのでございましょう」と水影が冷静に言う。
「恐らくは、烏丸衆一派の謀かと」
「烏丸衆……。禁中に掬う闇は、以前、某が父、春日道久と、水影殿が御父上、三条晴政様が、その勢力を抑え込んだはず。それが何故、挙兵など……」
「道久は何をしておる?」
朱鷺に訊ねられ、「評定の席にて、太政大臣様が烏丸衆一派への牽制を行われましたが、決別……。相容れぬ状況となっております」と麒麟が答えた。
「そうか……。『美麗狩り』とは、叔父上は未だ美醜の念に囚われておいでか。ところで麒麟、満仲は如何した? 諸国全般の妖退治より帰還したのであろう? 姿が見えぬが」
「霊亀様は……都には、おられぬようにございます」
「なにっ? ……まあ、彼の者のこと。考え有ってのことか」
「やはり、霊亀様は、烏丸衆に……」
「まんちゅうが寝返るなど、有り得ませぬっ……!」
机に拳をぶつけた安孫が、その潔白を訴える。
「落ち着きあれ、安孫殿。我らは主上が瑞獣。各々に役目が有るのは分かっておいでにございましょう? 誰も満仲殿が裏切り者であるとは思っておりませぬ。満仲殿が性分を一等分かられておいでの貴殿が、左様に取り乱されて、如何する?」
水影に諭され、「……面目有りませぬ」と安孫が冷静さを取り戻す。
「ふむ。此れは何時までも月にて視察などと言うておる場合にあらぬな。はくれい殿が朝裁の行方と、新国王が戴冠を見届けた後、我らヘイアンへと帰るぞ。良いな、水影、安孫」
「御意」
水影だけの返答に、「安孫?」と朱鷺が、項垂れる巨漢に目を向ける。
「何時までも、るくなん王女に執着するでない、安孫。そなたも男であるならば、好いた女人の幸せを願わぬか」
「……御意」
小さく返答した安孫に、朱鷺も鼻息を漏らす。
「水影、そなたはせらい殿が下へと向かい、何時でもちきうへと帰れるように支度を整えてくださるよう、申し伝えよ」
「御意」
立ち上がった水影が、中央管理棟へと向かった。
「安孫、そなたは早う身支度を整えておけ。部屋にて飼うておる兎と別れるのも、しのびなかろう。そなたは、何時までも引きずるでな」
「……御意」
安孫もまた、自室へと向かった。
モニター越しに二人きりとなった麒麟に、朱鷺が訊ねる。
「……俺に話があるのであろう? 麒麟」
うっと面喰った麒麟が、「……さすが主上。見事な洞察力で……」と、視線をそらし、主を称える。
「して、我が影、麒麟は如何した?」
穏やかな表情で、朱鷺が訊ねる。モニター越しにも伝わってくる、優しさの裏にある強要に、「あー……」と、三条家から発信する麒麟が言葉を濁す。
縁側には、カーヤの姿がある。その腹には、新たな命が芽生えていた。
(同意あってのことだけど、かあや姫を孕ませたとは、言えねー……)
麒麟が両手で顔を覆い、秘密を打ち明けるべきか、迷いに迷う。
「麒麟? 如何した?」
「あ、の、ですね、主上、実は……」
「——月の交換視察団の方々が、其方が世に帰りたいと、左様に仰せにございまする、主上」
そこに、突如として実泰が割り込んだ。
「おお! 三条実泰か。久しいのう!」
「お久しゅうございまする。我が弟は、主上の助けとなっておりますでしょうや?」
「案ずるな、十二分の働きぞ。それよりも、かあや王女らも、月が世に帰りたいとな?」
「実泰様……?」
突然の実泰の介入に、麒麟がぽかんと口を開く。
「左様にございまする。長らく故郷を離れれば、誰もが哀愁の意を抱きましょう」
実泰の言葉に、庭でゆうと洗濯をしていたフォルダンが、「はあ? 別に月に帰りたいなんて――」
「黙ってなさい、フォル。実泰殿は、麒麟殿に助け舟を出しているのですよ」と、レイベスが口を閉じるよう、指示する。
「されど、麒麟はかあや姫を月に返したくないと、駄々をこねておるのです。共に月に昇りたいと、左様な想いを主上に願い出たくおるようで……」
やれやれと、実泰が麒麟を見て、言う。
「そうか。左様な願いがあってのことか、麒麟」
実泰の気遣いに、ぐっと麒麟が唇を噛み締めた。
「……鷲尾院の『美麗狩り』の脅威から、絶世の美男美女であらせられる、かあや姫やれいべす、ふぉるだん殿らをお守りするためにも、方々を、月へと帰すべきと存じます」
麒麟が思いを胸に、考えを示す。
「そうだのう。して、我が影、麒麟は、共に月に昇りたいと?」
朱鷺の問いに、麒麟は、ぎゅっと唇を噛み締めた。
「そなたは我が瑞獣が一人、麒麟ぞ。だが、そなたの人生だ。如何生きるかは、そなたに委ねる」
「……はい」
麒麟が恭しく平伏する。そこでモニターの映像が途切れた。立ち上がった実泰に、麒麟はそのままの姿勢で、「……御礼申し上げます、実泰様」と告げる。
「なに。可愛い弟は一人だけにあらぬでな。されど、主上はお優しい御方よのう」
「はい」
「まあ、かあや姫との件を報告するは、もう暫し先でもよかろう。主上ならば、祝福されるであろうが。……そなたの人生じゃ。主上が仰られた通り、自由に生きるが良い」
心のままに生きるのが幸せだろう、縁側に座る愛する人を前に、麒麟は覚悟を決める時が訪れたと、固く自分の中で自問した。
ちょうど100話となりました。今現在、第3章「月の王の戴冠」のラストの執筆中です!......なかなか苦戦中です(泣)感想などいただけましたら、大変励みになりまするー!