accident 1
「……やっぱり、無理」
結論が出た。
私はスーちゃんの……いや、スーフィングスさんの気持ちには応えられない。
そう、決意が固まった。
見知らぬ土地どころか、そもそもここは地球でも、日本でもない場所。
ありえない。
常識的に考えて、おかしいし、不安しかない。
これがアニメの中の話だったら――「異世界いえーい!」とか、軽く叫んでたかもしれない。
もし私の生活が、彼氏もいなくて、仕事もなくて……無職の引きこもりぼっちニートだったなら、「異世界うぇーい!」なんてはしゃいでたかも。
家族もいなくて、天涯孤独の身だったら――「異世界わんだふるぅ~そして、にゃんだふるぅ~♪」なんて、どこかのバラエティのノリで笑ってたかもしれない。
羽猫のお腹、あのポッチャリ加減はかわいい。
スーフィングスさんだって、見た目は普通の猫と変わらない。
大きな動物は怖いけど、でも、なんだかんだ楽しくやれたかもしれない。
動物と会話ができるなんて、こんな素晴らしいこと、他にはない――でも、違う。そもそもが違うんだ。
この世界に呼ばれた理由。
それは、動物たちを“救ってほしい”ということ。
楽しいなんて、あるわけがない。
あるのは――過酷で、凄惨で、残酷な現実。
最初にこの世界で出会った人間は、ポッチャリ猫を殺そうとしていた。
それだけじゃない。私にも――その刃を向けてきた。
なのに、どうして私の言葉が通じたのかは分からない。
日本語じゃなかったはずなのに……まあ、それは今はいい。置いておこう。
それよりも――彼の仲間らしき人たちも、いきなり矢を放っていた。
話も聞かずに、問答無用で。
そんな人間たちが、我が物顔で歩き回っている世界。
同じ人間でも、価値観が違う。
暮らす場所が違うだけで、考え方も、生き方も、何もかもが違う。
当然だよね。
外国人と日本人でさえ生活基準が違うんだから、世界が違えば……それはなおさらだ。
私が働いていた保護猫喫茶。
あの国には保護団体や愛護団体があった。
でもこの世界は、スーフィングスさんたちを殺しても構わないと思っている人たちがいる。
きっと彼らは、命を奪うことに――罪悪感なんて、ない。
そんな相手に立ち向かえって?
そんなの……無理。
考えるだけで、怖い。
いま思い返せば――あのとき、私は凶器を持った相手に凄んでいた……一歩間違えたら、殺されてた。
――血の気が引いた。
冷静に考えたらわかる。
いや、普通に考えたってそうだ。
あんな人間たちを相手に、私がどうやって止めるの?
止めさせるの?
どうやって??
無理だよ。
住む世界が違いすぎる。
私はまだ、死にたくない。
保護猫喫茶に戻りたい。
あの町に帰りたい。
彼氏に会いたい……。
いつもの日常に、戻りたい。
それに、なんとか魔法?尾を犠牲に……?
いや、説明ざっくりすぎでしょ。
猫のしっぽに、何があるっていうの。
いや、猫のしっぽに興味がないわけじゃないけども。
ただ私が知ってる猫のしっぽって……あったかくて、かわいくて、ふわふわしてて、愛情のかたまりで――お尻をぽんって叩いてあげると、しっぽをフリフリして……顔を近づけたら、しっぽでペチッと優しくぶたれて……うん、あれ、可愛いよね。幸せになるよね、ぐへへへ。
「はっ……いけない、いけない」
妄想終了。
軌道修正。
カムバック、わたし。
こんなやばい私のことを何も知らないスーフィングスさんは、資格があるって言っていた。
でも、本当に――そんな資格あるとは思えない。
性格は悪いし、自分のことしか考えないし。
アニメが好きすぎて妄想ばっかりしてるし……正直、私と対等に歩けるのは彼氏以外にいないと思ってる。
資格があるって言うなら、彼氏の方がよっぽどある。
店長だって、私なんかより何倍もシッカリしてるのは間違いない。
それなのに私が選ばれた理由は、偶然、名前を呼んだから――しかも、フルネームじゃなくて愛称で、だ。
……なんか、怪しくない?
「この壺を買えば、金運爆上がり♪」
「この石を身につければ、幸せが舞い降りますよ~」
そんな、どこかの怪しい勧誘と変わらない気もする。
ただ適当なことを言ってるだけ。
本当は、口から出まかせなんじゃないか?――なんて。
……でも、そんなふうに不審に思ってしまうのは、私の性格が腐ってるせいだ。
終わってる、どうしようもない私だから、そう思ってしまうのかもしれない。
けど私だけじゃない。
地球での人間の歴史だって、かなり歪んでる。
人間中心の生活。
他の命があるのに、それを無視して、人間だけを第一に考えてきた。
そのエゴで温暖化が進み、他にも――森林伐採。
森が減れば、大気に汚染物質が増え、土や水、自然が汚され、生き物たちに悪影響を与えるって聞いたことがある。
地球も、この世界も――人間って、結局、自分勝手な生き物なんだと思う。私も含めて。
アクセサリー感覚で動物を飼う人だっている。
自分のほうが先に死ぬのをわかっていて、寂しいからって理由で飼い始める人も。
……自分が死んだあとのことなんて、これっぽっちも考えてない。
もちろん、そんな人ばかりじゃない。
ちゃんと命と向き合ってる人もいる。
でも、人という枠を超えて、地球という視点で見れば――私たち人間は、平等に“害”なのかもしれない。
あまりにも大きすぎる。
私には、手に負えない。
……それでも、本当に私に資格があるのなら。
一つだけ、もし発言できることがあるとすれば、それは「その問題は私たちの世界の問題であって、あなたたちの問題ではない」ということ。
そしてそれは、そのまま、「この世界の問題も、私の問題ではない」ってことにつながる。
冷たいって思われるかもしれない。
でも、違う世界の問題に、私みたいな人間が首を突っ込んでいいとは、どうしても思えない。
――だから、決めた。
申し訳ないけど、私は帰る。
帰らせていただく。
そう、決めたのだ。