絶滅危惧種 2
「救ってほしい、って……どういうこと……?」
スーフィングスはくるりと体を起こし、ゆっくりと周囲を歩きながら語り出す。
『僕にはね、尾が二つある。そのうちの一つを犠牲にして、君の世界に行ったんだ』
「え、犠牲……って?」
『ほんの短い時間だけだったけど、君たちの世界を見させてもらった。そこでも、人間じゃない命が殺され、海や山、自然は人間の欲望で壊されていく。 そこに暮らす存在のことなんて、誰も気に留めない』
「え……あ、あの……」
言葉が出なかった。
どこかで聞いたような環境破壊の話。
だけど、責められてるとは違う。
この猫は、私に問いかけているのだ――どう思う?と。
『その中には……絶滅危惧種もいるはずだ。あるいは、すでに絶滅してしまった種族も』
その言葉に、私は――温暖化という単語を思い出した。
二酸化炭素の排出、化石燃料の燃焼、地球の異常な気温上昇。
あと数年ほどで北極の氷が消える可能性があると、ニュースで聞いたことがある。
そうなれば生態系が崩れ、取り返しのつかないことになるかもしれないとも――。
『それと同じさ。この世界でも人間は、自分たちの欲のままに、僕たちを見つけては襲い、殺し、利用する。 僕たちからは、何もしていないのに……だ』
言葉が出なかった。
『だから、救ってほしい。 君は人間なのに、僕たちのような存在を守ろうとしてくれた。 ほんの少しの時間だったけど、そう見えたんだ。だから君に、僕たちの現状を見せた。そして君は、僕の期待通りに動いてくれた――どうか、お願いだ。僕たちを、助けてくれないか?』
「助けたい気持ちはあります。 こんな私でも……保護猫を、命を守りたいと思いました。でも、この世界は話が大きすぎて……私には、荷が重いと思います……」
スーフィングスは、立ち止まり頭を下げた。
『君にならできる。君にはその資格がある。 だって、君は人間なのに、僕たちの悲鳴に応えてくれた。 仲間を守ろうとしてくれたじゃないか!』
その圧に、本来の私が、拗れた性格の私が出てくる。
「私なんか……全然ダメですよ。 好きな人のことをク○野郎と言ってしまうくらい、口悪いし……私なんかより、保護猫喫茶の、店長のほうがずっと適任な気がします……」
『違う! 君は……君は、僕の名前を呼んでくれたんだっ! あのとき“スー”と――それは運命だと思ったんだ!』
「……偶然ですよ」
『このままだと、僕たちは滅ぼされる。 数が多い種族ならまだしも、弱くて少ない種族は……先に絶えていくだろう』
「助けてあげたいのは山々ですが、私……自分のこともうまくできないし、人の気持ちもわからない……気分屋というか、波があるというか、だから、いじめられて、ひとりになりかけて、情緒不安定で……彼氏がいなかったら、きっと――私はもう……やっぱり私は、どうしようもないやつなんです。 私には話が大きすぎます……ごめんなさい、無理です」
今度は、私が――頭を下げた。
あまりにも大きすぎる話だった。
重すぎる。
私に何ができるっていうの?
さっきだって……ぽっちゃり猫、羽猫を殺そうとしていた外人に、結局なにもできなかった。
もしあの大きな動物が助けに入らなければ、ぽっちゃり猫は――殺されていたかもしれない。
保護猫喫茶のハナちゃんも、きっとあんな恐い思いをしたんだろう。
想像力、足りてなかった。
『……どうしても、ダメかい?』
「ごめんなさい。私には無理です」
『……なら、君を元の世界に戻そうか』
「はい……すみません。彼氏も、店長も……きっと私が消えて心配してると思うので……」
スーフィングスは静かに踵を返し、近くの光るクリスタルに寄り添った。
『……このクリスタルは、魔力の塊なんだ』
……?
『こういう場所では、神級の大魔術さえ使える。 でも、僕は神じゃない……“闇猫”だ。 猫系統の魔獣の中では最上位だけど……神には、届かない』
なにを……言ってるの?
『だから僕は――尾を一本、犠牲にして君を呼び寄せた。 本来の力以上の術を使って……限界を超えた。 そして、君を戻すには……残るもう一本の尾を、使うしかない』
「……え?」
『つまり、君を元の世界に戻したら――もう誰も呼べない。 僕たちの最後の希望を、もう二度と……』
「そ、そんなっ……」
『卑怯だと、罵ってくれて構わない。 僕は人間を信用していない。でも君だけは――信じてみたいと思った。そんな相手の優しさに……すがろうとしているんだ』
「で、でも……絶滅なんて、しないんじゃ……? さっきの大きな動物だって、生きていたし……」
『言ったろう? 少ない種族もいるって。 滅びるのは、まず弱くて少ない種族から。そして、いずれは……数の多い者たちも淘汰される。人間は、僕たちより狡猾で、賢い。だからこそ、恐ろしいんだ』
……卑怯だ。
こんなの、あんまりだよ。
どうして……どうして、私なんかを選んだのよ。
『……君が元いた世界に戻るのなら、もう止めはしない。 けど、覚えていてほしい。 君が帰るということは――この世界の僕たちが、静かに、でも確実に滅びていくということを』
最悪だ。
最悪、最悪、最悪、最悪……さいあく。
――なんで、私なのよ……。
頭がぐるぐるして、もう何も考えられなくなってきた。
私は深呼吸して、絞り出すように言った。
「……少しだけ、考えさせてください」
『うん。分かったよ……あ、お腹減ってないかな? 果物とか取ってくるよ』
スーフィングスは、ぽんと軽く地を蹴ると――その小さな身体で、信じられないスピードと身軽さで壁を駆け上がり、そのまま外へと飛び出していった。
洞窟に、静寂が戻る。
「……どうしたら、いいの?」
ぽつりと漏らした声は、誰にも届かない。
私は頭を抱え、必死に状況を整理しようとした。
考えて、また考えて、何度も感情を押し込めて、整理して、現実を受け止めようとして――
それでも、どうしても答えが出なくて。
私は静かに、俯いた。