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絶滅危惧種 1

ーーー青山鈴音(あおやますずね)視点になりますーーー


大きな動物に運ばれて、私は――ある場所にまで連れてこられた。

先ほどいた草原から、少なくとも30分は走ったと思う。


森へ入り、さらに奥へ奥へと進み……気がつけば、岩肌むき出しの山を登りはじめていた。

山といっても、日本の都心ではまずお目にかかれない、まるで映画のような風景。

ゴツゴツとした巨大な岩が密集し、道なき道を、動物はぐんぐんと駆けのぼっていく。


そして、その頂――そこに、ぽっかりと開いた大きな穴があった。


「え……ちょ、ちょっと……!?」


私が抗議する間もなく、動物は迷いなくその穴へと――飛び込んだ。


「きゃあああああっ!!」


私の悲鳴が、岩に反響したのは言うまでもない。


ドンッ!


そのまま落ちた先で、私は雑に地面へ放り出される。


「い、痛っ……もう、ちょっとは扱い考えてよ……こっちは女の子なんだから……」


身体をさすりながら顔を上げると、そこは意外なほど明るい空間だった。

洞窟の中とは思えない、光が差し込むような不思議な場所。


「ここ……どこ……?」

『連れてきだぞ』

「ひゃっ!?」


頭上から聞こえたその声に、心臓が跳ね上がる。


そして――。


『昨日はどうも』

「……え?」

『少し、僕の話を訊いてもらえますか?』


ゆったりと、優しい声。

その声の主は、私が“知っている”存在だった。


「す、す……スーちゃんっ!?」


目の前に立っていたのは、保護猫喫茶にいた、あの黒猫スー。

でも、どう見ても……しゃべってる!? なんで!??


ーーー


街道沿いの草原から森に入り、さらに岩山を登って……たどり着いたのは、ぽっかりと空いた穴の中だった。

光なんて入りづらそうな場所なのに、内部はなぜか明るい。

見上げると、そこかしこに――ぼんやりと光を放つ、クリスタルのような物体が生えている。


ひとつ、ふたつ、みっつ……いや、数えきれないほど。


私は、そんな幻想的な空間に“連れてこられた”わけだけど――もう頭がパンク寸前だった。


ここが夢なら。

アニメ好きの私からすれば、むしろご褒美みたいな状況かもしれない。


――でも違う。これは現実だ。


さっき触れた大きな動物も、猫のような小さな生き物も。

その体温も、鼓動も、ぬくもりも――ぜんぶ本物だった。


それに、彼らの“声”が、私には聞こえている。

それだけで、これは夢じゃないって分かってしまった。


……でも一応、確認だけはしておこう。


「……話す前に、ひとつ、いいですか?」

『なんだい?』

「これって……夢、ですか?」


その瞬間――『フザけたことを……本当にこんなヤツが必要なのか!?』


大きな動物が、怒りを露わにして叫んだ。

ふ、ふざけたつもりは……全然ないんだけど……。


『うん。ちょっと君は、黙っててもらえるかな?』

「あ……すみません。黙ります」


今度は黒猫――スーちゃんに怒られた。


『ふん……俺は反対だったんだ。異世界人だろうが、コイツらも所詮は人間。我々の敵なのだっ!』


え?

……て、敵??

なにそれ、怖いんだけど!?


『うん』


スーちゃんが、静かに歩いて近づいてくる……あ、私を通り過ぎた。

そのまま、大きな動物の前へと立ちふさがる。


『僕は「黙ってて」って言ったよね?』

『なにっ!?』

『僕は、彼女と話がしたいんだ。邪魔をしないでほしい……いいね?』


空気が、ピリッと張りつめた。


『お、俺はまだ認めたわけじゃ――』

『三度目は、ないよ?』

『!?』


……スーちゃんが、圧倒していた。

見た目は普通の猫なのに、明らかに大きな動物より強い。

空気ごと、支配してるみたいだった。


『うわーこわいよーごめんなさーい』


大きな動物は、それだけ言って口を閉ざす。

……と思ったら、今度は羽の生えた猫が騒ぎ出した。


『君も黙ってて』

『うわーこわいよーごめんなさーい』

『お願いだから、静かに――』

『うわーこわいよーごめんなさーい』


……あはは、なにこれ。

ゲームのNPCみたいに同じセリフしか言ってない。

しかも、ジタバタ暴れてるし、お腹ぷにぷにしてそう……かわいい……飼いたい……。


『……向こうにいる』


大きな動物が、ぽっちゃり猫――じゃなくて羽猫?を連れて、穴の外へと出ていった。


『ごめんね、騒がしくて』

「あ、いえ……大丈夫です」

『そうだね。まずは君の疑問を解消する方が、理解が早いと思う。質問から答えていこうか』


スーちゃんは、ちょこんと目の前に座った。

保護猫喫茶で、私と目が合ったあの時と、同じ姿勢で。


――スー、という名前。

あの時なぜか、頭に浮かんだその名前。


『じゃあ、最初の質問の答えから。ここは夢じゃないよ』

「あっ……やっぱり、ですよね」

『次の質問は?』

「じゃあ……ここって、どこなんですか?」

『ここは――“ネコヴァンニャの大森林”。 さっき君がいたのは、オルロック街道だよ』

「ネコヴァンニャ……名前からして、猫が多そうですね」

『うん。この森も、近くの草原にも、猫系統の生命体が多いよ』


……ネコヴァンニャ。

聞いたこともない地名だ。


「ちなみに、ここって……地球ですか?」

『違うよ』

「ですよね。そんな気はしてました……」

『してたんだ。なら、話が早いね』

「話が早い、って?」

『もし違うって言ったら、君が泣き出したり取り乱したりするかもって……それも想定してたから』

「ああ、そうですね。普通なら、そうかもしれませんね」


――普通なら、きっとそう思う。


帰りたいって願うのが当然。


私だって、本来ならベッドで彼氏と一緒に寝ていたはずで、気づいたら人が動物を襲っていて、その鳴き声に突き動かされて、飛び出してきて……でも、もし私が保護猫喫茶で働いていなかったら、彼氏との幸せな日々だけを守っていたのなら――今すぐにでも「帰して」と叫んでたかもしれない。

店長の好意で働かせてもらえた、あの場所。

ようやくこんな私でも、猫達(かれら)のような命を守れるかもしれないって思えた大切な場所もあるのだから。


『……沈黙してるね、大丈夫かい?』

「え、あ……はい」


意外と、大丈夫だとは思う。

きっと、私がここに来たのには何かしらの理由があるのだろう。

それにしても、ここは地球ではないのか。

地球ではない、地球ではない……?


あれ、帰れるの……?


「因みに……元の生活には戻れますか?」

『今すぐに、戻りたいかい?』

「いや、話は聞きますけど、私は……幸せに、楽しく暮らしてました。 あの生活を手放すのは、正直、嫌です。だから、地球に帰れますか?」


それは当然の答えだ。

まず、戻れるかどうかを知っておかないと、この世界のことを考える余裕なんて持てない。


『戻れるよ。君をこの世界に呼んだのは、僕だからね』

「……そうですか。それを聞けて、少し安心しました」

『でも、どうだろう……? すぐに帰るのでなく、僕の話も聞いてはくれないだろうか?』

「はい。そんなに時間が経ってるわけでもないですし、大丈夫です」

『ありがとう。それじゃ、本題に入ってもいいかな?』

「……あっ、ちょっと待ってください!」

『なんだい?』

「あなたの名前……やっぱり“スーちゃん”って呼んでいいのでしょうか? 最初に会ったとき、なぜかそう浮かんできて……」

『……僕も驚いたよ。まさか、自分の名前を知ってるなんて、って』

「……え、ほんとにスーちゃんなんですか?」

『本名はスーフィングスだけど……昔、スーと呼ばれていた時期があったんだ。種族は闇猫だよ』


スーフィングス……ちょっと語感かわいい。


「いえ、知らなかったんですけど……なぜか頭に浮かんだんです」

『それが、僕にとっては“決め手”だったんだ』

「……決め手?」

『うん。この人間なら、きっと……僕たちの味方になってくれるって』

「み、味方……?」


黒猫――いや、スーフィングスは、静かに微笑んだ。

……まさか、「僕と契約して○○少女になってよ!」とか言われないよね……?


『僕たちを、この世界で暮らす“人の手”から、救ってほしい』

「……え?」


……○○少女では、なかったらしい。

ちょっとだけ……期待してしまったのに。

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