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対話を信じて 2

その夜は、スーフィングスさんの提案で無理をせず休ませてもらうことになった。

まずは落ち着くことが一番だと、果物を少しだけ口にして、体を横たえる。


……そこで、一つ気づいたことがある。


この世界の岩肌のような床。

本来ならゴツゴツしていて、横になるには痛すぎるはずなのに――痛くない。まったく。

不思議に思って尋ねると、それは私がクリスタルを吸収したことと関係しているらしい。


身体が、内側から強くなっているのだと。


スーフィングスさんは言った――変わるのは、内面。でも、それに応じて、少しずつ身体も変化していくのだと。

岩の上に寝転び、手を岩肌にぶつけてみても……痛くも痒くもない。

そう、私はもう完全に普通の人間ではなくなってしまった。


彼氏に会いたい。


アニメの話をして、一緒にご飯を食べて、笑って、横になって、あの胸の中で甘えたい……あのぬくもりを感じたい。

体が痛くなることは、もう無くなった。

けれど、この岩には温もりがなかった。

ひんやりとしていて、とても冷たい。

帰りたい。

いや、帰りたいんじゃない――帰るんだ。


私は、帰る。

彼氏に会いに、店長に会いに、あの場所に帰るんだ。


――この日、私は心に決めた。


いつもの日常や当たり前の毎日を、誰かに返してもらうんじゃない。

自分の力で、取り戻すんだと。


そう、決意したのだ。


ーーー


翌日、私はスーフィングスさんと共にオルフェルさんの遺体を探すことを約束した……けれど、そこで問題が起きた。


『異世界人の力を借り……これで、人間どもを皆殺しにするのだな』


隣にいた大きな動物――ムルカさんが、恐ろしい言葉を口にしたのだ。


「な、何を言って――」

『皆殺しにはしないさ。ただ……邪魔な人間を排除すればいいだけ。人間は狡猾で、徒党を組む生き物。正面からぶつかれば、我々が負けるからね』


スーフィングスさんまでもが、物騒なことを言い出した。

ちょ、ちょっと待って!


「人を殺しちゃダメですっ!!」


私は思わず叫んだ。

だけど、その言葉に二人は疑問を浮かべるばかりだった。


『人を殺さずに、何ができると言うのだ!』


ムルカさんは、私の言葉に耳を貸そうとせず、強く反論してきた。


……でも、それだけは絶対に違う。


人も動物も、無闇に殺してはならない。

それは、絶対に、絶対に越えてはいけない一線だ。


『君には……何か方法でもあるのかい?』

(はいっ! もちろん!)


……なんて、言えるはずもない。

方法なんて、何もない――けど、それでも殺し合いだけは、絶対にしちゃいけない。

そう思う。強く、強く。

人間にも、この世界の動物と同じように……心があるのだから。


「話し合いましょう……! まずは、それからです!」

『ハッ!』


ムルカさんは、鼻で笑った。

けれど――私には、それしか思いつかない。


『無理だよ。やつらはそんなに甘くない』

「でも……話し合ってからでも、遅くはないでしょう?」


――ドン!


ムルカさんが地面を蹴り上げ、大地が震えた。


『くだらぬ! こちらが殺そうとせずとも、奴らは我々の尊厳を踏みにじってきた!住みやすい環境とやらのために命を奪い、我々の棲み家を奪い……そうして自分たちだけの世界を築こうとしてきたのだ!そんな奴らに話し合いなど通用するはずがない……あるのは、殺し合いのみだ!』


その怒りと絶望が、震動とともに私の心に押し寄せてくる――けれど、それでも私は、決めたのだ。


「……あの、あなたのお名前は?」

『人間ごときに名乗る名はないッ!』


ムルカさんは、まるで親の仇を見るような目で、私を睨みつけてくる。


「私は、青山鈴音といいます……保護猫喫茶で働いていました」


その言葉に、ムルカさんの耳がほんの僅かに動いた。

聞いてくれている……と思いたい。


「保護猫喫茶というのは、傷ついた動物たちを人間が守り、支え、幸せに暮らせるようにする場所です」


だから、私は――想いを、伝えた。


「もちろん、私のいた世界だからこそ成り立つものかもしれません。でも、現実には、成り立っていない国も、地域も、まだまだたくさんある……私の国ですら、すべての動物を守れているわけじゃありません」


私は胸に手を当てた。

店長の言葉、保護猫たちの姿、お客さんたちの笑顔――全部、頭に浮かんできた。


「それでも……理解者は、いるんです。守ろうとした人がいたんです。いつか、どこかで、誰かが立ち上がって――その想いが広がって、今の形があるんです」

『……何が言いたい』

「だから、殺し合いじゃなく……話し合いから、始めてみませんか?」

『話し合いなど、やつらが聞くものかッ!』

「それでも……私が話します。私が、伝えます」


私は、深く頭を下げた。

殺し合いたくない。

そんなこと、私にはできない。

殺されたくないし、死にたくもない。

私は、五体満足で――帰りたいんだ。

彼氏のもとへ。保護猫喫茶へ。私の世界へ。


『……甘い。君の考えは、あまりにも甘すぎる』


スーフィングスさんまでが、そう言った。


「……もし私の考えに賛同してくれないのなら……私は、協力しません」

『……本当に、それでいいのかい? 帰れなくなるかもしれないんだよ?』

「……帰りたいですよ。帰りたいです……でも、人を殺してまで帰って……何になるんですか?さっき私は、あなたを殺してしまったと思って……その罪悪感に、押し潰されそうでした。 あんな想い、二度とごめんです」

『僕は、あの程度じゃ死なないけどね』

「そういうことじゃないんです……心の問題なんです。それに、人を殺して帰ったとしても……元の生活が送れるとは思えませんし」


もう一度、頭を下げた。

さっきよりも、もっと深く。


「お願いします……どうか、話し合いましょう。

殺し合いじゃなく、話し合いで――」

『……わかったよ。けど、振りかかる火の粉は……払わせてもらうよ』

「いえ、そのときも……絶対に、殺してはいけません」

『フザケルナッ!!』


再びムルカさんが、大地を蹴り上げた。


「ふざけてません! 最悪の事態でも――命を奪ってはダメなんです!」


その怒りを、スーフィングスさんが鋭く睨み、制止してくれる。


『……なら、気絶させるくらいなら……いいかい?』

「……それなら、まだ……」

『……さっき、草原地帯で人間たちの姿を見たそうだ』

「……え?」

『おそらく、ここにも来るだろう』


――どういうこと?


さっき? “さっき”って、いつの話!?


『とりあえず、彼らが来たら殲滅ではなく、気絶させる。それでいいかい?』

「はい。大丈夫です……お願いします」

『……で、その後は? 彼らをどうするつもりなんだい?』

「……話し合います」

『話し合い、ね』

「ええ。ちゃんと、わかってもらえるように頑張ります。だから……お願いです。私に、協力してください」


何度目だろう――私はまた、頭を深く下げていた。


『ふふっ。いつの間にか、立場が逆転してるね。お願いする側が』

「……確かに。そうですね」

『僕はいいよ。賛成だ……ムルカはどうだい?』


――ムルカ?


スーフィングスさんは視線を大きな動物へと向けた。

……え、今のがムルカさん? お名前、初めて知った。


『……ふん。好きにしろ。だが――失敗した瞬間、お前を食い殺してやるからなッ!』


ムルカさんはそう吐き捨て、怒気を纏いながら穴の外へと飛び出していった。


『……彼も、ネコヴァンニャを守る者のひとりなんだ。無礼を許してほしい』

「あ……いえ、大丈夫です」

『改めて、約束しよう。君が話し合いの場を持てるよう、僕たちも協力することを』


こうして――私はスーフィングスさんたちの力を借りて、この世界の人々と話し合いをするための機会を得た。


ーーー


――そして、現在。


スーフィングスさん、ムルカさん……そして、森の仲間たちは、私の想いに協力してくれている。

森に侵入してきた人間たちを、殺すことなく、生け捕りにしてくれた。

……もっと良い方法があればよかったのだけど、正直、私にも不安があった。

相手は、私たちの事情を知らない。

出会い頭に攻撃してくるかもしれない――だから、まずは無力化する必要があった。


意識を失わせ、武器を奪い、そして話し合ってもらうためにこの洞窟へ連れてきてもらったのだ。

彼らを見守ってくれている二足歩行の猫たちには、「絶対に危害を加えないように」とお願いした。

彼らは、にこにこと楽しそうに頷いてくれた。


それだけじゃない。

森や洞窟に暮らすモンスターたちにも、スーフィングスさんの協力のもと、順番に許可をいただいて――因みに、全員に自己紹介も済ませた。

……ムルカさんのように好戦的な考えを持つ子もいたけど、温厚で、こちらの話をきちんと受け入れてくれる子たちもたくさんいた。


だから今――この森に、洞窟にいる生き物たちは、みんな、協力的だ。

その想いを、無駄にしないためにも――私は、やらなきゃいけない。

この手で、信じた道を、ちゃんと歩いていかなきゃいけない。


殺し合いじゃない。

話し合いで解決する。


その願いを叶えるために――私は、全力で奔走する。


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