表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/35

対話を信じて 1

ーーー青山鈴音視点になりますーーー


この世界の人たちが今後の方針を話し合っているあいだ、私は大鬼猫のムルカさんとともに、少し離れた場所へと移動していた。

室内……と言っていいのかは分からないけれど、同じ空間の中で、静かな場所だ。


私たちが動いたことに気づいたスーフィングスさんが、ちらりと一瞥をよこす。


『話は終わりそうかい?』

「いえ。ちょっと、話がしたいそうなので……」

『そうかい』


彼はそれだけ言って、再び目を閉じ、しゃがみ込む。

――まるで彼らには興味がない、とでも言いたげに。

けれど、その真意は、きっと私の中にある。


ーーー


三日前。


私は歩くクリスタルになった。


スーフィングスさんは、その治療方法が分からないと話していた。

このままの状態で日本に戻っても、魔素を取り込む術がないので生きられない……唯一症状をこの治せた人も、もうこの世にはいないのだと。


その言葉を聞いたとき、私の心は吹き飛んだ。


「ふざけんなっ!」


自分でも驚くほど、怒りが込み上げた。

スーフィングスさんに当たり散らしながら、私は叫んでいた。


「帰れないって何? 死ぬって何? 治療方法が分からないってどういうこと!? ふざけないでよ! 勝手に私をこんな世界に連れてきて……ふざけないでよ!」


怒りが抑えきれず、私は頭を抱え込む。


「やっと……やっと、やりたいことが見つかったのに……店長は、あんな私を受け入れてくれて……か、彼氏は――」


この世界に来て、どのくらい経ったのだろう。


本当なら今日は保護猫喫茶で働いていたはずだ。

こんなところになんて来なければ、今頃きっと彼氏と朝食を食べていたかもしれない。

好きなアニメの話をして、他愛もないことで笑って、「行ってきます」って、笑顔で見送っていたはずなのに。


日常、当たり前。

楽しくて、幸せで、生きがいだって見つけたのに――その場所に、もう帰れない。

……いや、それだけじゃない。

彼氏は今、どうしてる?

突然いなくなった私を探して、取り乱してるんじゃないだろうか。

店長は?

無断欠勤して、心配してるんじゃないだろうか。

私の悩みを聞いてくれて、働くことを許してくれた人を……私は裏切ったのか。


帰してよ。私のいつもに。

返してよ。私の当たり前を。


かえせ(・・・)って言ってるんだよ……ク◯野郎っ!!」


私は、スーフィングスさんの言葉など聞く気もなく、感情を剥き出しにして叫んだ。


『……なんだ……!?』


ムルカさんが異変に気づき、戸惑っている――え?


「え……な、なによ……なんなのよ、これ……!」


私自身も気づく。

青白い光が、私の身体から溢れ出している。


スーフィングスさんが心配して近づこうとした、その一歩に、私は過敏に反応して拒絶した。


「来ないでっ!」


その言葉と拒絶の感情が引き金となったのか――

光は形を成し、スーフィングスさんに向かって放たれた。

目にも留まらぬ速度で彼を襲い、小さな身体は吹き飛ばされ、壁に激突。

花火のような血飛沫が弾け、大輪の花のように壁に咲いた。


「え? なに……え?」

『き、貴様……』


大鬼猫のムルカさんが、私に敵意ある視線を向ける。

けれどそれ以上は何もせず、スーフィングスさんのもとへと歩いていく。

私はその場に崩れ落ち、目を覆った。

訳も分からず、ただ泣きたかった。

けれど……罪悪感だけは容赦なく私を襲う。


スーフィングスさんは、動かない。


私はスーフィングスさんの、命を奪ったのだ。


保護活動をして、苦しみや悲しみを背負う猫たちを支えたかった私が、その命を壊したのだ……私のこの手で。

絶望の底に沈むそんな私の耳に、聞き慣れた声が響いた。


『気は済んだかい?』


……え?


全く動かなかった筈のスーフィングスさんが、起き上がる。


『混乱してるようだけど、落ち着いて。僕はこう見えて、頑丈なんだ』


……頑丈ってレベルじゃない。

損傷していたはずの身体に、傷一つない。

壁に咲いたはずの血の花も、跡形もなく消えている。

私が見たのは……幻?


「な、なんなの? あなた、一体……」

『最初に説明したと思ったけど……もう一度言うね。僕は闇猫だよ』

「そうじゃなくって――」

『とりあえず、落ち着こう。今の君は、魔力がだだ漏れになっている状態だ。このままだと、魔素を使い果たして……死ぬ可能性もある』

「し、死ぬ……?」

『君の身体は、クリスタルと同じ性質を持ってる。魔素を失ったクリスタルは崩れ落ち、土に還る……君も、そうなりかねないんだ』

「で、でも……この世界にいれば死なないんじゃ……」

『死なないって言ったけど、それは普通にしていればの話だよ。君みたいに魔力を感情に委ね暴発続けていたら……魔素を取り込む前に、使い切っちゃうよ』

「……どうすればいいの?」

『簡単さ。君が正常に戻ればいい。君は感情の揺らめきで魔力を暴走させた。だから、落ち着きさえすれば光は自ずと抑えられるよ……あとは、ほら。僕が持ってきた果物でも食べれば、減った魔素はすぐ補える』


簡単、だって?


……簡単なわけあるか。

帰れないなんて言われて、どうして落ち着けるっていうの。

それに私は、さっきまで――命を奪ってしまったと、本気で思っていたんだよ。


『約束しよう。君を、必ず元の身体に戻すと』

「え、ちょっと待って……さっきは戻せないって言ってなかった?」

『たしかに僕にはその方法は分からない……でも、手段がまったく無いわけじゃない』


なんなの、それ……。

さっきまで絶望して、泣き叫んでたのがバカみたいじゃん。


『……それを言う前に、君が暴れ出したんじゃないか』


……あれ?

そうだったかも……いや、そうだった気もする。

つまり私、早とちり……?


『うん。君の協力があれば、なんとかなると思う。少し時間はかかるかもしれないけどね』

「でも……帰れるんですね?」

『うん』


たったそれだけで――ほんの一言で、心がふっと軽くなる。

帰れない、と言われるのと、帰れるかもしれないでは全然違う。

可能性があるなら……彼氏に、またあの人に会えるなら、どんな困難だって乗り越えてみせる。


『どうやら落ち着いたようだね』


――え? あ、ほんとだ。

いつの間にか、私の身体を包んでいた光が消えている。


『正確には、身体の中に戻った……というのが正しい表現だけどね』

「身体に戻る……そっか。私は歩くクリスタルなんだもんね」

『そう。だから、常に平常心を忘れないこと。

感情ひとつで、魔力が暴走してしまうみたいだから。特に今は、まだその身体に慣れていないだろうしね』

「……慣れるって……クリスタルの身体に?」

『君の現在(いま)の身体に、だよ』


……難しいな。

でも、とりあえず落ち着くことが大事なんだよね。


地球で落ち着くといえば、やっぱり深呼吸。

ひっひっふー……ひっひっふー……って、それ出産時のやつじゃん

でも、いつか。彼との間に子どもができたら、本当にやるのかも……子ども、育てられるかな、私に。

少なくとも、ちょとの事で動揺してるようじゃ良い親にはなれないよね。


『……話、きいてる(・・・・)?』


「あっ……すみません」


安心したからか、いつもの妄想ワールドへ旅立ってました。

……私が帰りたいのは、異世界でも妄想の中でもなくて、地球だっていうのに。


「わかりました。もう大丈夫です……それで、その方法とは?」

『オルフェル』

「オルフェ……って、誰でしたっけ?」

『……さっき話したじゃないか。君と同じ、異世界から来た人間だよ』

「ああ、あの人……でも、もう亡くなってしまったって……」

『うん。この世にはいない。けれど、この世界の人間たちは、オルフェルの亡骸を隠し持っている』

「隠し持っている……?それって、お墓ってこと?」

『いや、違う……その亡骸を奪い返し、オルフェルを復活させるんだ』


……復活?


300年前にこの世を去ったというオルフェルさんは、モンスターを救うために奔走していたという。

だが、結果的にこの世界の人々と敵対し、志半ばで命を落とした。

人々は、そんな彼をモンスターを操り、世界を混乱に陥れた大罪人として罵った。


そしてその罰として――彼には死してなお、荼毘だびされることすら許されず、遺体は見せ物として、今もこの国のどこかに展示されているのだとスフィングスさんは言った。


……それを知る者は、ほんの一握り。

けれど、その展示が実在することは確かで。

それはきっと、世界が大罪人を未来永劫許さないという、強い意思の現れなのだ。


私は――何も言えなかった。

……いや、正確に言えば怖じ気づいたのだ。


忘れていた。

この世界の人々は、命を奪うことに、あまりにも無頓着だということを。

ほんの少し前まで、私にもその刃を向けていたような人たちが――そんな相手に、私に何ができるというの?


もしかして、私も……オルフェルさんと同じように、殺されて、遺体を晒されて……?


そんな想像が、頭をかすめる。


体が、震える。

震えて――また、私の中の光が暴れ始める。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ