仲間 2
冒険者ギルドと併設されているバリスの都は、今や貸し切り状態だった。
一般の客の姿はなく、見渡す限りギルド関係者ばかり――目算で三十人ほどか。
冒険者が二十人と少し、ギルドで働く事務員が数名、それにバリスの都の従業員が二人。
静かな緊張感が漂っている。
「ギルドマスターとの連絡が付きました」
「何て言ってた?」
「はい。随時、任せるとのことです」
「そうかい……じゃあ、会合を始めようかね」
事務員とやり取りをしているのは、俺が“マスター”と呼んでいる女性――マーマレード・レイリオット。
その名の通り、甘そうな印象とは裏腹に、どこか豪胆な雰囲気を持つ膨よかな女性だ。
ギルドに顔が利くとは聞いていたが、まさか本部にいるギルドマスターと連絡を取れるような人物だとは思ってもいなかった。
ちなみに、遠く離れた地と連絡を取る手段は“専用の巻物”を使うらしい。
かなり高価なものだそうで、俺は未だに実物を見たことがない。
「なに、知らなかったの?」
隣にいたミルフィが、頼んでもいないのに解説を始める。
その瞳には、どこか“憧れ”がにじんでいた……というか、完全に恋する乙女の顔じゃないか。
マスターはかつて、王都で名を馳せた冒険者チームの副リーダーで、ギルド経由で王国からの依頼を多数こなすエリート中のエリートだったのだという。
ミルフィの口調にも、自然と熱がこもる。
そのエリート集団のNo.2だったマスターには、なんと「太陽道」という通り名まであったらしい。
実力、人気、美貌――どれも王都で知らぬ者はいなかったとか。
ちなみに、「昔は痩せていたそうだ」とのこと……なるほど。美貌の方は今もどこかに片鱗がある。
けれど、どんなに強くても、マスターもひとりの女性。
ある遠征の折、彼女は運命の出会いを果たす。
その相手が――ジョブス・レイリオット。
現在、バリスの都の“夜の顔”でもあるマスターの旦那だ。
当時の遠征先がここピッツァの町で、任務を終えたマスターがたまたま立ち寄ったジョブスの店。
そこで提供された料理に、心も身体も鷲掴みにされて――まさかの一目惚れ。
冒険者生活を辞め、マスターの方から求婚したらしい。
「いや、ジョブスさんがマスターの旦那ってことは知ってたけどさ」
「いやいや、それ知らなかったら逆にこっちが驚くわよ」
まぁ、俺も厨房を手伝ってる立場だからな。
でも、そんなエピソードがあったとは……意外だった。
それからというもの、ジョブスの料理に日々心酔し、気づけばマスターはふくよかな女性へと変貌。
ちょっとだけ、昔の美貌のマスターも見てみたかった気がするけど。
「ガリス、ピノン、ミルフィにワン。前に出て報告を」
マスターの語りが一段落したところで、いよいよ本題。
俺たちはカウンター前に進み出て、集まった皆に向き直る。
……人、多っ。
全員がこっちを見ている。心臓が緊張で暴れてるのが分かる。
そんな俺の動揺を察したのか、ガリスがちらりと覗き込む。
「あ、ありがとう、ガリス。 大丈夫」
……言い聞かせるように、姿勢を正す。
そして俺は、オルロック街道での一連の出来事を報告した。
蝙蝠猫の討伐と羽の採集。突如現れた謎の女。
そして、彼女の声に反応して現れた大鬼猫。
その巨大な魔獣と、女が何らかのやり取りをしていたこと――最後には、その背に乗って草原の奥へと去っていったことも。
正直、自分でも信じがたい話だった。
だが、すぐにガリスが俺の話に補足を加え、信憑性を高めてくれる……さすが、上級冒険者のガリス。
メンタルこそ繊細だけど、こういう時の対応力は本物だ。
俺も見習わないとな。
現実離れした話にも関わらず――ガリスの言葉もあり、集まった誰一人として疑う素振りは見せなかった。
みんな、この話を……信じたのだ。
報告を終えたあと、場の空気を読んだマスターがそのまま会合を仕切り始める。
「まず、調査が必要だと思う。蝙蝠猫が逃げずに鳴き叫んだことも――それに、大鬼猫が人を背に乗せたことも……どれも普通じゃあり得ない。決して、見過ごしていい案件じゃないよ」
……もし、本当に魔人の復活や、それに近しい“何か”が起きているのだとしたら――それは、災厄の前触れなのかもしれない。
お伽噺が、実話になる時が来たのだ。
「さっそくだけど、今から調査団を編成するよ。行き先はオルロック街道の南――大鬼猫が去った草原地帯を中心に、念のためネコヴァンニャの大森林まで調査範囲とする」
ネコヴァンニャの大森林。
あそこは以前、大鬼猫が現れた場所でもある。
冒険者20名で挑んで、やっとの思いで撃退したあの森だ。
強力なモンスターが多く、いまだ全域マップすら完成していない未知の領域。
「今回の任務の依頼主は――冒険者ギルド本部、ギルドマスターから。正式な手続きはまだだけど、私が請け負ったからには、ちゃんと報酬は出るよ。必要なら、巻物の持ち出しも惜しまない」
マスターの顔は、いつになく真剣だった。
「それと……この任務は、上級以上のランクの冒険者に限定する。でも、呼ばれた者の中に死にたくないって奴がいたら辞退しても構わない。それくらい、危険な任務だということは理解してほしい」
沈黙を破ったのは、カウンターで頬杖をついていた冒険者だった。
「そんな生ぬるい奴、ここにはいねぇっすよ」
――アウィル。正直、俺はこの男が苦手だ。
以前、俺が仕事を失敗した時に睥睨して笑ったのが、こいつだった。
ピノンやミルフィのようなからかいじゃない。
あいつのは、純粋な見下しだった。
それでも、アウィルは銅銀級。
実績だけ見れば、ガリスよりも上だ。
「俺たちのほとんどは、マスターに憧れてここに集まった奴らだ。マスターが行けって言うなら行くし、死ねって言ったら死にますよ」
「私はそんなこと言わないよ」
「分かってますって~。あくまで例え、ですよ。た・と・え」
アウィルの視線がまた、こちらを射抜く。
……報告の時には見せなかった、明らかな敵意。
うっわ、気まずっ。
と思った瞬間――アウィルと俺の間に、ガリスが割って入ってくれた。
でかい体で、堂々と。
きゃ~素敵よ、ガリス。
俺が乙女なら惚れてるわ。
ーーー
マスターは調査団を10名選んだ。
当然、女の姿を知るガリス、ピノン、ミルフィの3人は含まれていた。
……そこに、アウィルもだ。
俺は初級。参加資格なんてない。
というより、蝙蝠猫討伐任務を途中で放棄した俺には、冒険者としての居場所すら怪しい……そう思っていたら、マスターから“任務一時保留”というありがたいお達しが。
――首の皮一枚、つながった。
良かった、マジで良かった。とりあえず、命拾いした!
と思っていると、調査団の出発はすぐだった。
もう、ギルドの入り口では全員が準備を整えていた。
「ガリス、気をつけてな」
「ああ、行ってくる」
「ワン~、帰ったら旨い飯、頼むわ!」
「おう、任せろ……って、俺は冒険者であって従業員じゃねぇ!」
「そうだよピノン。失礼なことを言うんじゃないよ? ワンは従業員じゃなくて――シェフなんだからさ?」
「うんうん。従業員なんて失礼しちゃうよね……って、こら! そうだよの意味が違うだろ!」
……ほんと、こいつらは相変わらずだ。
けど、昨日までの俺は……こいつらを仲間だなんて、思ってなかった。
使えない俺を見下してる――そう思い込んでただけだった。
「みんな、無事に帰ってこいよ」
「ああ! 行ってくる!」
喜色満面のガリス。
それをまた、軽口でからかうピノンとミルフィ。
そんな背中を、俺は――見えなくなるまで、見送った。
「ずいぶん、仲良くなったじゃないか?」
「マスター……ええ、本当に」
「とりあえず、腹減ったろ。スープでも飲むかい?」
「いいんですか?」
「どうせ今日も、時間いっぱいまで働いてもらうんだからね?」
「あ、そういうこと……って、マスターまで!俺は従業員でもシェフでもなく、冒険者なんですからね!?」
「はいはい」
「そこ、流すな~~!」
でもまあ……アイツらが帰ってきたら、旨い飯でも作ってやるか。
そう、俺は思った――思い始めていたのに。
ーーー
三日後。
調査団からの連絡が――途絶えた。