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仲間 1

ーーーワン・グレイグ視点になりますーーー


ピッツァの町に帰ってきた。

マスターに頼み込み、命が懸かった依頼を受けて勇んで出発したものの――アクシデントが発生したとはいえ、何一つ成果も得られずに帰ってきてしまった。


いや、帰ってきたと言っても、果たしてそれを「帰る」と呼べるのだろうか。


ーーー


「引き返すぞ」


ガリスの声に、ピノンとミルフィも相槌を打って踵を返す。

ピッツァの町へ向かう道中、笑顔はどこにもなかった。

大鬼猫(オーガキャット)の射程圏から誰一人欠けることなく町に帰還できたというのに――会話すらもなかった。

むしろ、焦燥感に駆られている様子が伝わってくる。


あの顔の薄い女、彼女の存在が、お伽噺に出てくる最悪の魔人に関わっている可能性がある。

大鬼猫が可愛く見えるほど、事態は深刻だと、そう感じる。


急いでギルドに戻り、この一件の全容を伝えること――それこそが最も重要で、他のすべては小事に過ぎないということくらい、俺にもわかる。

わかってる、仕方なかったんだ。

まさかこんなことになるなんて、誰も予想していなかった。

こんな状況に遭遇したことがわかっていれば、俺だって日を改めたかもしれない。

それでも改めたところで意味はないかもしれないが――少なくとも、任務を途中で放棄するようなことにはならなかったはずだ。


ガリスたちが陰で見守ってくれていたなら、きっと俺がダメそうな時も手助けしてくれただろう――って、駄目だな。

こんなことばかり考えているから、俺はいつまで経っても上手くいかないんだ。


マスターに頼んで、ガリスたちに助けてもらう?

そんなので一人前になれると思っているのか?

俺を捨てたグレイグを見返すことなんて、できると思っているのか?


さっきだって、そうだ。

あの女の正体がわかる前、俺は大鬼猫に背を向けて逃げようとした。

女を犠牲にして、逃げようとしたんだ。


俺はその程度の存在なんだ。

蝙蝠猫を目の前にした時も、強張って震えて……本当に駄目な奴だ。


情けなくて、涙が出てきそうだ。


俺がこんなだから、グレイグに見捨てられたのも頷ける。

ほんと、どうしようもない奴だ。


もう、冒険者としての生活は終わりだ。

どんな理由があろうと、最後のチャンスを棒に振ったんだから。

終わりだ、終わり。

もう終わったんだ……。


「ワン」


静まり返った空気の中で、いつの間にかセンチメンタルな気分に浸っていた俺に、目の前にいたミルフィが声をかけてきたことに気づかなかった。


その瞬間、右頬に痛みが走る。


「シッカリしなっ! 冒険者になりたいんだろ?」


ミルフィに叩かれた。


なんで……?


「あんたの気持ちはマスターから聞いているけど、今回は仕方なかったんだよ。大鬼猫がその気なら、私たちは帰ってこれなかった。今、こうして生きていられるだけでも奇跡に近いんだ。だから、あんたのせいじゃないし、それに不貞腐れてる暇なんてないんだよ」

「あ、えっと……その」

「……いや、私も言い過ぎたかも」


ばつが悪くなったのか、ミルフィは俺から離れ、今度はピノンがモヒカンをゆさゆさと揺らしながら照れ臭そうに呟いた。


「悪りぃなワン……あいつ、俺が死ぬと思って苛ついてんだと思う」


その言葉を聞いた瞬間、脳裏に大鬼猫がピノンに襲いかかる光景が浮かんだ。


「だけどよ、それだけじゃねぇと思うぜ?お前、冒険者だろ? 冒険者ならどんな時でも報告は大事だ。特に今、事の顛末を知るお前が上の空だなんて、そんなので一人前の冒険者にはなれねぇぞ?」

「あ、あぁ……ごめん」

「ま、俺も偉そうなこと言えた立場じゃないけどさ。とりあえずギルドに戻ろうぜ」


ピノンに頷こうとしたその時、背中に鈍い衝撃が走った。

振り返ると、ガリスが喜色満面の表情で見つめている。


「ふふ。あぁ、行こう」


え? なになに?

なんで、ふふ、なの?


「なんつぅ顔してんだよ、ガリス」


ピノンも俺と同意見らしい。


「いや、お前ら。本当に仲間想いだなぁと――」

「うるせーよ! こ、この筋肉ゴリラッ!」


うわぁ、気持ちは分かるけど、ちょっとそれは言い過ぎなんじゃ――。


「あんたら、はやくしなよっ! そこのゴリラ顔っ! ワンに変に絡んでんじゃないよっ!」


おおぅ……さらなる追い討ち。


「なぁ、お前ら。俺にも少しは優しくしてくれてもいいんじゃないのか……?」


確かにちょっと気持ち悪かったけど……可哀想に。涙目になってるじゃないか。

あんなにガタイがいいのに、ガリスって意外とメンタル弱いんだな。知らなかったよ。

これからはもう少し優しくしてあげよう。

強そうな外見でも、中身は脆い――そんなこと、俺でも理解できるしな。


それにしても、なんだかアホらしくなってきた。

コイツらのおかげで、さっきまでくよくよ考えてた自分がバカみたいだ。


途中で任務を放棄したのも、あれはあれで仕方のなかったこと。

切り替えていかなきゃな。

臨機応変に対応するのも、冒険者にとっては大事な資質のひとつだろう。


そして、どんな結果になろうと、最後まで報告すること。

それが、俺の冒険者としての――いや、人としての責任ってもんだ。


「そんな顔すんなよ……言い過ぎた。わりぃわりぃ」

「ぐすっ……分かってくれたのなら、それでいい」


……ほんと。なんだかんだで仲がいいよな、この三人。

誤解してたよ。

信頼し合ってるんだよな。ちゃんと。

パーティーを組むってのは、背中を預けるってこと。

信頼なしにはできないことだ。


センチメンタルな気分でいた俺が、ほんと恥ずかしい。

でも今なら、俺もこの輪に――この信頼の中に、入りたいって思える。


ーーー


気持ちを新たに、ギルドに無事到着。……したのも束の間、マスターと視線が合った。


『やっぱりダメだったか』そう言いたげな、少し残念そうな顔。

いや、俺がそう思い込んでるだけかもしれない……でも、ちょっと胸がチクリと痛んだ。


そんな俺の内心を知ってか知らずか――ガリスが口を開き、報告を始めてくれた……土壇場でまた萎縮してしまう自分が、ほんと情けない。

さっきまで前を向こうと思ってたのに……またセンチメンタルの波が押し寄せてくる。


「……それは本当かい?」


マスターの声のトーンが、明らかに変わった。


急ぎギルドマスターに報告が行われ、

続けて手の空いている冒険者たちが次々と呼び集められていく。


そこからのマスターの采配は、もはや酒場の店主のそれではなかった。

状況を的確に把握し、指示を飛ばし、人を動かす――その手腕に、ただただ圧倒される。


……そんな中、俺はというと――おろおろと落ち着かずに立ち尽くしていた。

またしても、ミルフィの拳が軽く俺の胸をどついた。


「しっかりしなっ、半人前!」


……やっぱり、この人は頼れる姉御だ。


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