表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/35

accident 2

決意は、もう固まっていた。


あとはスーフィングスさんに、それを伝えるだけだったのだけれど。


「……全然、帰ってこないじゃん」


床はフローリングでも畳でもなく、天然素材100%のゴツゴツした石の床。

お尻が限界で、もう座っていられない。


仕方なく、私はウロウロと穴の中を探索することにした。

……と言っても、探索するほどの広さはないのだけれど。


ものの数分で、あっさり“ただいま”である。


今度は、そこら中に並ぶクリスタルに目を向けてみる。

色はバラバラ。青、赤、黄色に緑――どれも神秘的で、目の保養になる。

地球にも似たような鉱石があるけど……これも同じなのだろうか?


「……触ってみても、いいのかな」


興味本位で、ふらふらと手を伸ばす。

数多くのクリスタルが放つ幻想的な光に導かれるように、私は――触れてしまった。


「は?」


眩しい光が、クリスタルから一気に放たれる。

それを認識した次の瞬間――目の前から、クリスタルが……消えていた。


「え、えっ!?」


……やばい。

ヤバい。

ババい。

なんか、まずいことしちゃった!?


『まさか、吸収したの?』


ビクゥッ!!


飛び上がるほど驚いて、振り返ると――いつの間にかスーフィングスさんと、あの大きな動物が戻ってきていた。

なんてタイミング。

いや、それよりも今は吸収ってなに!?

クリスタルを、私が……?


『きみ、大丈夫かい?』


心配そうに見つめるスーフィングスさん。

いや、逆に聞きたい。こっちが大丈夫じゃないかも。


『身体に異変は?』


慌てて体を触る。顔、髪、服――あ、上下スウェットのままだ。寝てた時のやつ。

着古したせいで毛玉だらけ。しかも……大きな動物に乗ったせいで毛まみれになってる。

ちょっと、恥ずかしいかも……。


『あの……服の心配じゃなくて、体のことを聞いてるんだけど』


ハッ……たしかに。


「は、はい。大丈夫……だと思います」

『だいぶ混乱してるみたいだね』


そりゃそうですよ。

クリスタル吸収した日本人なんて聞いたことないですからね……!


『……混乱してるところ言いにくいんだけど』


な、なに? それ。


『そのクリスタルってね……魔素がものすごく濃くて、吸収してしまった生命体は稀に“進化”してしまうんだ』


し、進化?

レベルアップ的な? RPG的な?


『もしくは……強すぎる魔素に耐えられず、命を落とすこともある』

「えっ……ええっ!?」


い、命を落とす!?

ウソでしょ……そんな死に方イヤすぎる……!


『でも君は……たぶん適性があったんだろうね。見た感じ、問題はなさそうだ』

「そ、そう……ですか……」


よ、良かった……!

こんな理不尽な理由で死んでたら、マジで成仏できないとこだった……。


『ただ――』


ただ? なに、その“ただ”って……まだ何かあんの?


『これで、元の世界に戻るのは……ちょっと難しくなったかもしれない』


……は?


なに言った?

いま、なんて言った?


帰るのが――難しくなった?


帰れなくなった?

私が?


『説明、するね』


スーフィングスさんは、私の帰還困難フラグについて――ひとつひとつ、わかりやすく説明してくれた。


まず、“魔素(まそ)”と呼ばれる存在について。

この世界の生命体は、すべて――生まれ落ちた瞬間から、その体内に魔素を取り込まれている状態にある。


というのも、この世界では動物だけでなく、鉱物、化合物、そして空気に至るまで――あらゆるものに微量の魔素が含まれているのだという。


少量であれば、問題ない。

けれど、必要以上に魔素を取り込んでしまうと……危険が生じる。


たとえば、とスーフィングスさんが例に出したのは――立方体の箱。

その箱は、上面が空いており、内側は強く、外側は脆く作られている。

内側いっぱいに魔素を溜め込む分には何の問題もない。

けれど――もしその魔素が箱の外にあふれ、外殻に触れてしまったとしたら。

すると、外側には様々な反応が起きるのだという。


たとえば、割れて弾け飛ぶ。

たとえば、溶けて消える。

たとえば、燃えて灰になる。

それぞれ、別々の反応が出るらしい。


これが“物”ならまだしも、“生命体”だった場合――結果は、想像するだけで恐ろしい。


……つまり、スーフィングスさんが「異変はないかい?」と訊いてきたのは――私がいきなり割れて爆発したり、灰になって消滅する可能性を心配していた、ということだった。


いやいやいや。

それ、怖すぎませんか……?


とはいえ、まれに例外もあるらしい。

つまり――取り込んだ魔素に適応し、箱そのものが強化される場合もあるという。

その場合、魔素と同格の存在に進化する。

外見ではなく、あくまで中身が。


だから今の私は――「規格外の存在になりつつある」と、スーフィングスさんは言った。


クリスタルはこの世界でも希少で価値ある存在。

その魔素を丸ごと吸収してしまった私は、ある意味「歩くクリスタル」なのだと。

歩くクリスタル……何それ、なにそれ。


――そして、本題。


スーフィングスさんが「元の世界には帰れなくなったかもしれない」と言った理由。

それは――『君の体は、魔素なしでは生きられない身体に進化をしてしまっている筈だ』

という、衝撃のひと言だった。


地球には魔素なんて存在しない。

少なくとも、私が知るかぎりは。

もしあったなら、ニュースもSNSも大騒ぎになってるはずだし……そんな話、聞いたことない。


つまり。

いまの私が地球に戻ってしまえば――魔素を補充できなくなり、生命活動を維持できない。

この体は、“魔素依存”になってしまったのだ。


この世界なら、問題ない。

けれど、元の世界では――それは死と同義。


「なにか、方法はないの……?」


私は思わずそう口にしていた。


スーフィングスさんは、しばらく口をつぐみ――

それから、ぽつりと言った。


『なくはない、けど……』

「怒らないから、お願い。聞かせて」


私はその金色の瞳を見つめた。目をそらさず、一秒たりとも。


『神級の魔法を行使するしかない』

「神級? それって……私をここに呼んだやつと同じ?」

『そう。こういうクリスタルが多い場所でのみ、発動できる究極魔法なんだ』

「じゃあ……それを使ってくれれば、私は――!」


希望が見えた気がした。

なんだ、何とかなるじゃん……そう思った、その時。


でも、スーフィングスさんの表情は、まったく晴れていなかった。


「……なにか、問題でもある、の?」

『……それを、僕は使えない』

「……え? じゃ、誰なら?」

『分からない』


は……?


『僕も、その魔法があるって話を聞いただけで、使い方も使える人も知らないんだ』

「誰から、そんな話を……?」

『オルフェル』

「誰、それ?」

『君と同じように、300年前にこの世界に来た――異世界人だよ』


異世界人……私以外にも、いたんだ。

なら、その人に聞けば……ん?


『オルフェルは、もういない。死んでしまったからね』

「しん……だ?」


その言葉が、まるで風のように――私の希望を、まるごと吹き飛ばした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ