accident 2
決意は、もう固まっていた。
あとはスーフィングスさんに、それを伝えるだけだったのだけれど。
「……全然、帰ってこないじゃん」
床はフローリングでも畳でもなく、天然素材100%のゴツゴツした石の床。
お尻が限界で、もう座っていられない。
仕方なく、私はウロウロと穴の中を探索することにした。
……と言っても、探索するほどの広さはないのだけれど。
ものの数分で、あっさり“ただいま”である。
今度は、そこら中に並ぶクリスタルに目を向けてみる。
色はバラバラ。青、赤、黄色に緑――どれも神秘的で、目の保養になる。
地球にも似たような鉱石があるけど……これも同じなのだろうか?
「……触ってみても、いいのかな」
興味本位で、ふらふらと手を伸ばす。
数多くのクリスタルが放つ幻想的な光に導かれるように、私は――触れてしまった。
「は?」
眩しい光が、クリスタルから一気に放たれる。
それを認識した次の瞬間――目の前から、クリスタルが……消えていた。
「え、えっ!?」
……やばい。
ヤバい。
ババい。
なんか、まずいことしちゃった!?
『まさか、吸収したの?』
ビクゥッ!!
飛び上がるほど驚いて、振り返ると――いつの間にかスーフィングスさんと、あの大きな動物が戻ってきていた。
なんてタイミング。
いや、それよりも今は吸収ってなに!?
クリスタルを、私が……?
『きみ、大丈夫かい?』
心配そうに見つめるスーフィングスさん。
いや、逆に聞きたい。こっちが大丈夫じゃないかも。
『身体に異変は?』
慌てて体を触る。顔、髪、服――あ、上下スウェットのままだ。寝てた時のやつ。
着古したせいで毛玉だらけ。しかも……大きな動物に乗ったせいで毛まみれになってる。
ちょっと、恥ずかしいかも……。
『あの……服の心配じゃなくて、体のことを聞いてるんだけど』
ハッ……たしかに。
「は、はい。大丈夫……だと思います」
『だいぶ混乱してるみたいだね』
そりゃそうですよ。
クリスタル吸収した日本人なんて聞いたことないですからね……!
『……混乱してるところ言いにくいんだけど』
な、なに? それ。
『そのクリスタルってね……魔素がものすごく濃くて、吸収してしまった生命体は稀に“進化”してしまうんだ』
し、進化?
レベルアップ的な? RPG的な?
『もしくは……強すぎる魔素に耐えられず、命を落とすこともある』
「えっ……ええっ!?」
い、命を落とす!?
ウソでしょ……そんな死に方イヤすぎる……!
『でも君は……たぶん適性があったんだろうね。見た感じ、問題はなさそうだ』
「そ、そう……ですか……」
よ、良かった……!
こんな理不尽な理由で死んでたら、マジで成仏できないとこだった……。
『ただ――』
ただ? なに、その“ただ”って……まだ何かあんの?
『これで、元の世界に戻るのは……ちょっと難しくなったかもしれない』
……は?
なに言った?
いま、なんて言った?
帰るのが――難しくなった?
帰れなくなった?
私が?
『説明、するね』
スーフィングスさんは、私の帰還困難フラグについて――ひとつひとつ、わかりやすく説明してくれた。
まず、“魔素”と呼ばれる存在について。
この世界の生命体は、すべて――生まれ落ちた瞬間から、その体内に魔素を取り込まれている状態にある。
というのも、この世界では動物だけでなく、鉱物、化合物、そして空気に至るまで――あらゆるものに微量の魔素が含まれているのだという。
少量であれば、問題ない。
けれど、必要以上に魔素を取り込んでしまうと……危険が生じる。
たとえば、とスーフィングスさんが例に出したのは――立方体の箱。
その箱は、上面が空いており、内側は強く、外側は脆く作られている。
内側いっぱいに魔素を溜め込む分には何の問題もない。
けれど――もしその魔素が箱の外にあふれ、外殻に触れてしまったとしたら。
すると、外側には様々な反応が起きるのだという。
たとえば、割れて弾け飛ぶ。
たとえば、溶けて消える。
たとえば、燃えて灰になる。
それぞれ、別々の反応が出るらしい。
これが“物”ならまだしも、“生命体”だった場合――結果は、想像するだけで恐ろしい。
……つまり、スーフィングスさんが「異変はないかい?」と訊いてきたのは――私がいきなり割れて爆発したり、灰になって消滅する可能性を心配していた、ということだった。
いやいやいや。
それ、怖すぎませんか……?
とはいえ、まれに例外もあるらしい。
つまり――取り込んだ魔素に適応し、箱そのものが強化される場合もあるという。
その場合、魔素と同格の存在に進化する。
外見ではなく、あくまで中身が。
だから今の私は――「規格外の存在になりつつある」と、スーフィングスさんは言った。
クリスタルはこの世界でも希少で価値ある存在。
その魔素を丸ごと吸収してしまった私は、ある意味「歩くクリスタル」なのだと。
歩くクリスタル……何それ、なにそれ。
――そして、本題。
スーフィングスさんが「元の世界には帰れなくなったかもしれない」と言った理由。
それは――『君の体は、魔素なしでは生きられない身体に進化をしてしまっている筈だ』
という、衝撃のひと言だった。
地球には魔素なんて存在しない。
少なくとも、私が知るかぎりは。
もしあったなら、ニュースもSNSも大騒ぎになってるはずだし……そんな話、聞いたことない。
つまり。
いまの私が地球に戻ってしまえば――魔素を補充できなくなり、生命活動を維持できない。
この体は、“魔素依存”になってしまったのだ。
この世界なら、問題ない。
けれど、元の世界では――それは死と同義。
「なにか、方法はないの……?」
私は思わずそう口にしていた。
スーフィングスさんは、しばらく口をつぐみ――
それから、ぽつりと言った。
『なくはない、けど……』
「怒らないから、お願い。聞かせて」
私はその金色の瞳を見つめた。目をそらさず、一秒たりとも。
『神級の魔法を行使するしかない』
「神級? それって……私をここに呼んだやつと同じ?」
『そう。こういうクリスタルが多い場所でのみ、発動できる究極魔法なんだ』
「じゃあ……それを使ってくれれば、私は――!」
希望が見えた気がした。
なんだ、何とかなるじゃん……そう思った、その時。
でも、スーフィングスさんの表情は、まったく晴れていなかった。
「……なにか、問題でもある、の?」
『……それを、僕は使えない』
「……え? じゃ、誰なら?」
『分からない』
は……?
『僕も、その魔法があるって話を聞いただけで、使い方も使える人も知らないんだ』
「誰から、そんな話を……?」
『オルフェル』
「誰、それ?」
『君と同じように、300年前にこの世界に来た――異世界人だよ』
異世界人……私以外にも、いたんだ。
なら、その人に聞けば……ん?
『オルフェルは、もういない。死んでしまったからね』
「しん……だ?」
その言葉が、まるで風のように――私の希望を、まるごと吹き飛ばした。