08.Sランク魔物、ワンパン
《アベルSide》
俺の小屋に瀕死の冒険者が運ばれてきた。
魔物に傷つけられ、毒をもらったようだった。
解毒を試みたそのとき、勇者にしかないはずの、鑑定スキルがあることが判明したのだった……。
「今帰ったよ、ベルさん!」
。
俺の小屋に、美人薬師マテオ・ケミストがやってくる。
女冒険者のヒトミはベッドで寝かしつけている。
マテオにはこのヒトミを連れてきた男から、事情を聞いてきてもらった。
「櫛形山のほうで朝から変な獣の声がしたようだ。様子を見に行ったところ、彼女【だけ】が倒れていたそうだよ」
「……その場に、モンスターは倒れていなかったんだな?」
マテオがうなずく。
やはりこのヒトミという冒険者は、櫛形山にモンスターを倒しに行ったのだろう。
だが、倒しきれなかったのだ。
「ヒドラはまだ生きてる可能性があるね」
「……そうだな」
その場に死骸がなかった以上、ヒドラが生きてる可能性が高い。
しかも手負い。そうなると、早晩、この街にヒドラが下りてくる危険性がある。
マテオと違って、俺はこの街に愛着はない。
この街には……な。
すっ、と俺はひとりで出て行こうとする。
「どこいくんだい? まさか、ひとりで、ヒドラを倒しに行くとか……?」
……勘のいい女だ。
「おまえには関係ない。ここでおとなしくしてろ」
「バカ言うんじゃあないよ! あんたひとりで、危ない場所に……二度も行かせてたまるもんか!」
どうやら同行するつもりのようだ。
「何故付いてくる?」
「じゃあ逆に聞くけど、どうしてよそ者のあんたが、この街のためにヒドラと戦おうとするんだい!?」
……この街には、知人の大事にしてる店がある。そして、姪のリンリンがいる。
俺はマテオの事情を知ってしまった。
俺にとってこの街に愛着はないし、どうなろうがどうだっていい。……けど。
街を、大事に思ってるってやつがいる。
その大事な物を……守りたいと思った。それだけだ。
「……ベルさんあんた……もしかしてあたいのために……?」
「……早合点するな。おまえのためじゃない」
「そっか……」
「ああ。付いてくるなよ。わかったな?」
俺は店の外に出る。
そして、飛行魔法を使う。
ふわり……と体が浮かんだ。
このまま飛んでいこうとした……そのときだ。
がぶっ。
「は?」
『ぴゅぃい! ちち……! どこいくのぉ!』
「おまえは……神聖輝光竜!」
~~~~~~
ステータス
名前:NO NAME
種族:神聖輝光竜(SSS)
状態:契約済み(アベル・キャスター)
~~~~~~
真っ白な鱗を持つ、とても美しい子竜だ。
ずっと淡く光り続けている。
……って、ちち?
父?
『ちち、ちーち! ぴゅいぴゅい! どこいくのー!』
神聖輝光竜が俺の顔にひっついて離れようとしない。
ああくそ、時間が無いというのに……。
「おまえは……家で待ってなさい」
『やー!』
「家に居ろっておまえ」
『いーやー! それに、おまえじゃ、ないもん! ちちの娘だもん!』
「俺は……」
『ちちの娘だもおぉおん!』
うるさいしやかましい……。
あとでしっかり話すとして……。
今はこいつを引き剥がすのが先決か。
「家で待ってなさい……ええと……」
こいつの名前はなんて言うんだろうか……?
ギャアギャアうるさいし、今は適当に着けておくか。
「ピュア」
神聖輝光竜からとって、そう名付けた。
そのときだった。
カッ……!
神聖輝光竜の体が強く光り輝いた。
『ぴゅいぴゅーい! ほんけーやく、成立だね! ぴゅあはちちの娘になりました!』
またわからんことが増えた……。
ああもう、次から次へ……。
「ベルさん外が騒がしいけど……って、ええ!? ぴゅ、神聖輝光竜ぅ!?」
……振り返ると、マテオが居た。
しまった……バレてしまった……。
「フェンリル、ベヒーモスに並ぶ伝説の神獣じゃあないかい! ベルさん、この竜はいったい……?」
『ぴゅい! ぴゅあは、ピュア! ちちの娘ぇ……!』
「父……父!? なんだって!?」
ああもうまたややこしいことに……。
今は一分一秒が惜しいっていうのに……。
『ちち、いらいらしてる? なぁぜなぁ~ぜ?』
「今急いでるんだ。櫛形山に行かないと……」
『じゃ、ちち、のってけのってけ~!』
かぷっ、とピュアが俺の首根っこをつかんで、思い切り持ち上げる。
「え……?」
ぽすんっ。
『ぴゅい! しゅっぱーつ!』
ピュアは翼を大きく広げると、力強く羽ばたく。
ぐんっ! と一瞬体に負荷がかかる。
瞬きしてる間に、あっという間に上空に居た……。
「これがドラゴンの飛翔……飛行魔法以上のスピードだ」
「すごいねベルさん! うちら、伝説の神聖輝光竜の背に乗ってるよ!」
「ああ……って、マテオ。おまえなんでここに?」
さも当然のようにマテオが、ピュアの背中に乗っていやがった。
付いてくるなっていったはずなのだが……。
「そうはいっても、ベルさんもこのピュアちゃんも、櫛形山がどこにあるか知らないだろ?」
「……それは」『あいどんのー!』
ね? とマテオが肩をすくめ、「あっち方向にまっすぐさ」と指示する。
ピュアがマテオの指した方へ超スピードで飛ぶ。
「……おまえな。ヒドラは強いんだぞ」
「知ってるよ。でも、だからこそ回復役がひとり居た方がいいだろう? ……ダーリンになにかあったら、嫌だもん」
きゅっ、とマテオが俺の背中に抱きついてくる。
体が、震えていた。
俺のことを思ってくれてるのだろう。
……そんな、まだ出会ってそんなに日も経ってないはずなのだが。
本当に俺のこと好きになったのだろうか。
俺は……どう受け止めれば良いのか、正直今はわからないでいる。
もう呪いのことといい、いろんなことが矢継ぎ早に起きて、少々疲れてきた。
一度、落ち着きたい。切実に。
「居たよ! ベルさん、ヒドラだ!」
眼下には一匹の巨大ヘビがいる。
隣にある大樹が、小さく見えるほどの大きさだ。
全身からは黒々とした粘液を分泌してる。
粘液が付着してる部分からは湯気が立っており、毒ガスを発生させていた。
あれが……ヒドラ。
Sランク冒険者が、パーティを組んで、倒すレベルの魔物。
俺も冒険者時代戦ったことがある。
だが非常に手を焼いた。
厄介なのは、体表から分泌される溶解毒。触れれば鉄の武器防具なんて一瞬で蒸発させる。
また、人間すらも溶かしてしまう、凶悪な毒を体からだし、しかも吸い込めば肺に甚大なダメージを受ける毒ガスも発生させる。
実質物理攻撃が無効。やつを倒すには魔法攻撃しかないのだが、ヒドラは魔法耐性も持ってるから、本当に厄介である。
「ベルさん、魔力の回復ポーションは、たんまり持ってきてるよ」
マテオは相手がヒドラと聞いただけで、長期戦になることを予想していたのだろう。
魔力を回復させるポーションを持ってきてくれてるようだ。聡い女だ。
「JURAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
ヒドラが上空に居る俺たちに気づいた。
先手必勝。
俺は右手を上空に掲げる。
俺の職業、大賢者は、あらゆる魔法を詠唱無しで放つことができる。
俺の持つなかで、最大火力の魔法を使う。
「極大魔法……煉獄業火球!」
才能のある魔法使いが、長い修練の末に会得するという、最強の攻撃魔法。
周囲一帯を焼け野原に変えるほどの火力を持つ、超高温の火の玉を相手にお見舞いする……
「ちょ、ちょ、ちょっとベルさん!? で、デカくない!? 煉獄業火球にしては!?」
……確かに。
現役時代にも、この魔法を使ったことがある。
出現した球体は、そのときより倍……いや、三倍ほどの大きさをしていた。
「まず……」
俺の放った超巨大火球は、まるで太陽かと思うほどの大きさと熱量を持っており……。
俺が魔法をキャンセルする間もなく……。
ドガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン……!
……目を開く。
そこには、焦土が広がっていた。
「や、山が……か、欠けてるじゃないか……!」
『ぴゅい! ちち、すごーい! ひどら、わんぱん!』
……超火力の一撃により、ヒドラは消滅していた。
死体すら残っていなかった。
なんだ……この威力……。
おかしすぎる……。
明らかに現役時代より、魔法の威力が上がって居るではないか
……まさか、大勇者に覚醒したことが、原因なのか?