07.勇者Side その2
《ジャークSide》
一方、勇者ジャークはというと、幼馴染と一緒に、王都冒険者ギルドへ来ていた。
ギルドに併設されている酒場にて。
「……はぁ」
「いつまでも落ち込んでんじゃあねえぞ、【ティア】」
酒場の椅子にちょこんと座っているのは、とても美しい、一人の少女だ。
ティア・セラージュ。17歳。
聖女の職業を持つ、勇者パーティの回復役だ。
ジャークの幼馴染でもある。
身長は150センチ。
美しい黄金の長髪に、澄んだ青空のようなきれいな瞳。
法衣の上からでもわかる、目を見張るほどの大きな胸に、くびれた腰。
ギルドにいる男たちの視線は、すべて、目の前にいるティアに注がれている。
「アベルさん……元気にしていますでしょうか……」
2週間ほど前、パーティーメンバーの一人、アベルを追放した。
アベル追放にはティアも合意してる、と言ったが……。
「引退した奴のことは忘れろよ。アベルは言ってたぜ? 持病が悪化したって。これ以上おれらに迷惑をかけられないから、出ていくってさ」
……なんとこのジャーク、ティアに対して嘘をついていたのだ。
ジャークはアベルを追放したくせに、アベルが自ら出ていったていを装っている。
「おっさんのはもう限界だったんだ。いつ冒険で大けがしてもおかしくなかったしよぉ」
「……そう、ですね。アベルさんの体はボロボロだった。このままだと最悪死ぬ可能性だってあったんです。だから、これで、いいんですよね」
これでいい、と自分に言い聞かすティアの表情は暗かった。
ぎゅっ、と下唇をかみ、アベルが居なくなった悲しみに耐えてる。
……その姿に、ジャークは激しく嫉妬した。
追放後、半月が経過してるというのに、ティアはアベルを忘れられないでいる。
それだけ強くアベルを思ってるということ。
……妬ましくて仕方なかった。
「あんな、いなくなったおっさんのことは、さっさと忘れちまおうぜぇ」
するとティアがジャークをにらみつける。
「忘れるですって!? 何を言ってるんですか! アベルさんは私たちの恩人なんですよ!?」
「わ、悪りぃ……そんな怒るなってティア……」
「今度そんな恩知らずなこと言ったら、絶交ですからね!」
「わ、わかったって……! もう言わないからさ……」
ティアは恩知らずのジャークとは違い、自分たちを拾い、育ててくれたアベルに対して、深い感謝と尊敬の念を抱いているのだ。
……そして、もう一つ。
「……アベルさん……何も言わずにいなくなるなんて、悲しいです。別れる前に、ちゃんと、気持ちを伝えておきたかったのに……」
ジャークの耳には、はっきりと、恋する乙女のつぶやきが聞き取れた。
ぎりりぃ……とジャークは歯噛みする。
(ちくしょぉ……まだあのおっさんのこと、思ってやがるのかよぉ、ティアぁ!)
ジャークは嫉妬で狂いそうになりながらも、その気持ちをぐっと抑える。
(まあいいさ。時が経てばあんなおっさんのことなんて、忘れるに決まってる。そうだよ、今のおれには大魔導士、そして勇者。二つの力があるんだ! かっこいいところを見せれば、ティアは絶対に、おれのこと好きになる……!)
……にや、とジャークはほくそ笑む。
が、そのときである。
「げほっ! げほげほ! げほぉお!」
突如として、ジャークはせき込みだしたのだ。
激しい胸の痛み、そして、吐き気を感じる。
「どうかしましたか、ジャーク?」
事情を知らぬティアが、いつも通り、ジャークに対して接してくる。
「な、なんでもねえよ……げほぉ! げほげほ! う、うぐ……わ、悪い……ちょっとトイレ」
ジャークは離席しトイレに駆け込む。
個室にこもり、大便器に対して……。
「うぐ! おええええええええええええ!」
胃の中のものをすべて、便器の中に戻したのである。
「ああ、くそ……ここんとこ飲みすぎてるからかなぁ」
アベルを追放してから今日まで、連日連夜、祝杯を挙げている。
無理な飲酒は冒険に響くからやめろ、というアベルの忠告も無視してだ。
アベルが居なくなってから、彼を注意し、行いを正せるものがいなくなった。
ジャークは今までのうっ憤を晴らすかのように、やりたい放題している。
昨日も、その前も、夜は酒場で浴びるように酒を飲み、散財してる……。
「きっと飲みすぎのせいだな、うん……。ん?」
……ジャークはそのとき、気が付く。
便器の中が、血まみれになっていることに。
「ひっ!? な、なんだぁ……!? 血、血ぃ!?」
胃の内容物に血が混じっていたのだ。
ジャークはとてつもない不安にかられる……。
「な、なんで血が……どうなって……げほげほ!」
咳が止まらない。体調もなんだか悪くなってきた。
立ち上がろうとするも、めまいのようなものを覚える。
「ジャーク、大丈夫ですか?」
長い間トイレにこもっていたからか、ティアが心配して、様子を見に来たようだ。
「だ、大丈夫だよ! つ、つーか男子便所に入ってくんなよ!」
ジャークは弱い部分を、ティアに見せたくないがため、強がってしまった。
ふらふらと立ち上がり、個室から出る。
「おらいくぞ! 今日はこれから、おっさんの代わりに入る魔法使いと会うんだからよぉ!」
アベル追放後、新しい魔法使いを入れる計画があった。
だがその前に、ギルドからの要請があり、聖女ティアは外国に出張に行っていたのだ。
その間、パーティでの活動は休止していたのである。
ちなみに、ティアが外国で聖女としての活動をしてる一方、ジャークは一人豪遊していた。
毎日遅くまで飲んで歩いたり、娼館に通ったりと、贅沢三昧していた。
礼儀正しくしろと、口うるさく注意してくるアベルがいなくなったこともあり、ジャークはやりたい放題していたのだ。
そして、先日ティアが帰ってきて、パーティ活動再開。
新メンバーも明日から加わる予定だ。
ジャークはティアを押しのけてトイレを出ていく。
(だ、大丈夫だ。問題ない。ちょっと飲み過ぎただけだ。血が混じってたのだって、その……あれだ、痔みたいなもんだろ!)
……そう自分に言い聞かせることで、ジャークは目の前の現実から目をそらす。
確かに吐瀉物が血管を切ってしまい、血を吐くという事例もなくはない。
が、ジャークのそれはもっと深刻な、体からの赤信号だった。
……だが、ジャークは自分が活躍することしか考えていなかった。
病院へ行き治療を受ける、なんて暇があるなら一匹でも多くの魔物を狩り、目立ちたかった。
(新時代を築くのはこのおれ! ジャーク・モンド様だ! 大魔導士の時代はもう終わったってことを、世間に……それに、ティアに思い知らせてやる!)
……ジャークは自分の体が発する危険信号を無視し、冒険へと出発する。
だが、彼は気づいていない。
アベルにかけた呪いが、ジャークのもとへ返ってきたことを。
勇者の力、そして自身の若さ。
そのどちらもが、呪詛返しの影響により、大部分が没収されている。
そして、呪いは今も進行中だ。
ここで身体の異常に気づき、素早く手を打っておけば……。
金、地位、力……そして……未来。
それら全てを、失わずに済んだというのに。