03.呪いを解く
……やけにあっさりとマテオは了承した。
流れ者で、世捨て人の俺なんかを、信頼するというのか? いったいなぜ……?
まあそれについては後で。
今は時間が惜しい。
俺は小屋を出て森の入り口に立つ。
「げほごほ……【探知】」
無属性魔法、探知。これは周囲一帯の生命反応を探知する魔法だ。
魔法には、火や水などを出して相手を攻撃する属性魔法と、それ以外無属性魔法に分かれる。
俺の職業、大賢者ならば、この世に存在するすべての属性、無属性魔法を使用可能だ。
……ただ、魔力量の衰えた今の体では、魔法をそうたくさん使うことができない。
「子供の位置を特定した。ただ……」
「ただ……?」
……探知には、子供の気配、そしてそのすぐ近くに、大きな魔物の気配を感じた。
多分今の俺では勝てないような、そんな相手。そこにこんなおっさんがいったところで、エサになるだけなのは目に見えている。
……だが、いく。
戦わなければいいのだ。
「【隠密】」
俺は他人から姿を見えなくする魔法を使い、気配のするほうへと向かう。
暗い森のなか、常人ではすぐに迷子になってしまうだろう。転んでけがをしてしまうだろう。
だが、俺は魔力を感知することができた。
これはスキルでもなんでもない、俺が後天的に身に着けた技能だ。
人間、動物、草木にいたるまで、この世界で生きてるものはみな、魔力を有している。
それら魔力の流れを感じ取ることで、敵の居場所や、地形にいたるまで、目をつむっていても感じ取ることができる。
魔力感知の技能と、隠密の魔法のおかげで、俺は魔物との戦闘をすべて回避し、目的地に到着することができた。
だが、到着した段階で体力がつきかけていた。戦いになれば命はないだろうな。
「……いた。子供だ。それに……これは……?」
森の中にあった、ひときわ大きな木のもとに、探してる子供はいた。
しかし、一人だけでなかった。
子供は何かを抱きかかえていたのだ。
「おいガキ。なんだ、それは……?」
「え!? だ、だれ……? どこから……?」
街の子供(5歳くらいの女児)がきょろきょろと周囲を見渡す。
俺は隠密の魔法の効果を薄め、子供から俺を視認できるようにする。
「マテオに頼まれて、お前を探しに来たものだ」
「マテオお姉ちゃんの……知り合い?」
ほっ、と子供が安どの息をついたのもつかのま、彼女が言う。
「お願い! この子をたすけて! ケガしてるみたいなの!」
子供は抱えてるものを俺に差し出す。
それは、小さな竜だった。全身から血を吹き出してる。多分、ケガではない。体に傷はなく、けれどうろこの間から血がにじんでる。
「呪いのたぐいだな……」
「そんな! 治らないの!?」
「……いや、治せる。解呪の魔法を使えば」
呪いを解除する強力な魔法だ。
だが、使用するには膨大な魔力が必要となる。今の俺の魔力量では、使うことができない。
「じゃあ使って! おねがい!」
……体内魔力では、解呪は使用できない。
しかし生命魔力をひねり出せば、いけるかもしれない。
生命魔力。生命力を燃やすことで発生する魔力のこと。
生命魔力を使いすぎれば、待っているのは死だ。
今このヘロヘロな体で生命魔力を使って、無事ですむだろうか……?
そもそも、呪いを受けた相手は魔物。
俺が、散々殺してきた相手。
人類の敵である魔物に対して、自分の命を削ってまで救う価値はあるのか?
『たす……けて……』
白い子竜がつぶやく。
……死にかけの、幼い姿。
そこに在りし日のジャークたち、そして、幼いころの俺自身の姿が重なる。
目の前にいるのは、魔物じゃない。守るべき命。
俺は迷いを振り切って、生命魔力を使い、魔法を発動させる。
「【解呪】!」
俺の前に魔法陣が展開。
聖なる光が子竜を包み込む。
パキィイインン!
何かが壊れる音とともに、子竜の体がみるみるうちに、変化していく。
血だらけの小さな竜から……白髪の、一人の美しい女性へと。
「ぴゅい? からだ、いたくないよぅ!」
突如現れた、全裸の白髪女が、嬉しそうに飛び跳ねる。
街の子供が呆然とつぶやく。
「ドラゴンちゃんが、人間のお姉ちゃんになった……なんで……?」
「ぴゅい! わたし、神聖輝光竜! 魔力おなかいっぱい食べた! だからおっきくなったのね!」
神聖輝光竜だと……?
フェンリルに比肩する、神獣の一匹じゃないか。
なんでそんなのがここに……?
いや、待て。ちょっと待て。どうして俺は無事なんだ?
生命魔力を使って魔法を使った。
さらにこいつは俺の魔力を食ったって言っていた。でも、俺の体はぴんぴんしてる。
それどころか、体全身から力があふれ出てるようだ。
「何が起きてるんだ?」
「ぴゅい! あなたがわたしを助けてくれたのねっ?」
人間姿の神聖輝光竜が俺に抱き着く。
「たすけてくれて、ありがとなのね!」
「ありがとう、おじさん!」
……久方ぶりに、人から感謝された。
何かをして、それに対して感謝される。当たり前のことが、しかし、傷ついた心にしみわたる。
助けてよかったって、心からそう思ったのだった。




