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208/210

208.

 キキョウをティアたちに任せた俺は、一人でマテオの茶屋へと戻った。

 店の奥にあるいつもの指定席。

 俺は椅子にドカッと腰を下ろし、深く息を吐き出した。


「お疲れさん。……で、どうだったんだ?」


 マテオが手際よく淹れたコーヒーを差し出してくる。

 俺は一口啜り、苦味と共に事実を飲み込んだ。


「邪教徒、らしい」

「ほう。厄介な響きだな」


 マテオが眉をひそめる。

 俺は頷き、誰もいない店内で指を鳴らした。


「ミネルヴァ。出てきてくれ」


 空間が揺らぎ、俺のスキル『全知全能』の化身――ミネルヴァが姿を現す。

 銀色の髪をツインテールにした、愛らしい幼女の姿だ。

 彼女は現れるなり、俺の膝の上にちょこんと座った。


「パパ! 呼んだ?」

「ああ。あの『邪教』について詳細を知りたい。教団の規模、拠点、目的。全部だ」


 俺が命じると、ミネルヴァは「あい!」と元気よく返事をし、ふんふんと鼻歌交じりに検索を開始した。

 だが。

 数秒後、彼女は困ったように眉を八の字に下げた。


「……ごめんなさい、パパ。わかんないの」

「は?」


 俺とマテオの声が重なる。

 全知全能。この世の全ての知識を有し、あらゆる事象を解析する最強のスキルが「分からない」だと。


「そんなこと、あり得るのかい?」


 マテオが呆れたように肩をすくめる。


「なんで知らないんだよ、ベルさんよぉ。あんたのスキルは万能じゃなかったのか?」

「すまん……」


 俺は頭をかくしかない。

 ミネルヴァは悔しそうに涙目になり、俺の服をギュッと掴んだ。


「違うもん! 検索対象が『隠蔽』されてるの! 真っ黒なモヤモヤがかかってて、パパのスキルでも見えないようにされてるんだもん!」

「隠蔽、か……」


 俺は顎をさする。

 俺のスキルすら及ばない隠蔽工作。

 それはつまり、相手がそれだけの力を持った「ヤバい連中」だという証拠だ。


「となると、向こうがこっちに攻めてくる可能性は?」

「……あるのです」


 ミネルヴァが即答する。

 幼い瞳に、冷徹な演算の光が走った。


「キキョウお姉ちゃんを保護したことで、ここが見つかるリスクが高まってるの。悪い奴らが襲ってくる確率は……九十八パーセントって出たよ」

「ほぼ確定じゃないか」


 マテオが「やれやれ」と溜息をつき、布巾でカウンターを拭き始めた。


「そうかい。じゃあ、対策を取らないとな」

「ああ」


 俺たちの間に、短い沈黙が流れる。

 マテオは手を止めず、背中を向けたまま言った。


「『追い出せ』とは言わないんだな」

「当たり前だろ」


 俺はコーヒーを飲み干し、不敵に笑う。

 ミネルヴァの頭を撫でてやりながら答えた。


「助けを求めてきた女の子を、敵が怖いからって見捨てるような真似、俺の趣味じゃない」

「だろ? 分かってるっての」


 マテオが振り返り、ニカッと白い歯を見せた。


「あんたはそういうお人好しだ。……ま、乗りかかった船だ。とことん付き合ってやるよ」

「頼りにしてるぜ、相棒」


 俺たちは顔を見合わせ、ふふふ、と悪戯を企む子供のように笑い合った。

【おしらせ】

※2/11(水)


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