02.辺境での暮らし、舞い込む依頼
ジャークたちのもとを去ってから半月が経過した。
俺は王都から遠く離れた、ミョーコゥという北方辺境の街に身を置いていた。
ミョーコゥは王国の北端に存在する街だ。西部に櫛形山と呼ばれる大山脈、南部に奈落の森と呼ばれる魔物うろつく大森林。
それら二つの難所に囲まれてるためか、交通の便が非常に悪く、そのせいで街の文明レベルは非常に低い。
街には水源が豊富にあること、水はけのいい土地があることから、農業が盛んであり、食いものに困っている様子はない。
とは言うものの、珍しい品が獲れるわけではないので商人が居つくこともなく、また近辺に出現する魔物のレベルが高いわけではないため冒険者が拠点にすることもない。
ここを訪れるものは、変わり者か、世捨て人、あるいは事情があって世間から身を隠してるものくらいだろう。
そんな世間から隔絶されたような土地に、俺は望んでやってきた。
家族のように大事に育てた子らから拒まれたことで、心に傷を負った俺は、他人とのかかわりを避けるようになった。
一人にしてほしかった。だから、このミョーコゥへとやってきたのだ。
俺はミョーコゥの外れ、奈落の森付近にある、使われてない小屋を買い取った。
そこで、何をするでもなく一人でボーっとして過ごした。
金がなくなったら奈落の森へ入り薬草を取って、それを街の薬屋に売ることで、必要最低限の金を得る。
魔物を倒すことはできないが、魔除けの呪いについての心得があるため、森に入っても平気なのだ。
薬草を取り、それを売った金で食料を買い、あとは小屋でぼーっとする。そんな生活を半年くらい続けた。
ミョーコゥの人たちとは全く交流してない。
ここへ来た当初は、街の連中からいろいろ詮索されたが全部無視したら、そのうちだれからも声をかけられなくなった。
それでいい。俺はもう、誰ともかかわるつもりはない。
このまま一生誰ともかかわらず、一人で過ごし、そして一人でひっそりと死のう……。
そんな風に思っていたある日、事件が起きた。
★
「子供が森に遊びに行って帰ってこない……だと?」
俺のもとへやってきたのは、知り合いの薬屋の女性、マテオ。
この街で生まれ育ち、一度街を出ていったが、また故郷へと戻って個人で店を開いている。
そんなマテオが夕刻、俺のもとに来て、相談事を持ちかけてきたのだ。
「ああ。今朝、街のガキども3人が、度胸試しに森に入っていったんだ」
「……馬鹿なのかそいつら?」
「まあ否定はしない。大人は、街の子供らに、櫛形山と奈落の森には決して入るなって厳命してるからね」
大人の言いつけを破って、その子らは森の中に入ってしまったわけだ。
「ガキども3人のうち2人は帰ってきた。でも途中で一人はぐれちまったみたいだ」
「…………」
森には魔物がうろついてる。夜になれば、よりやつらは活発になるだろう。
子供一人では魔物に対処しきれないだろうから、早晩、食い殺されてしまうだろうな。
「…………」
子供が死ぬかもしれない。
そう聞いても、俺の心はみじんも動かない。俺には関係ない。
その子を助ける義理は俺にはない。そもそも大人の言いつけを守らない子供が悪いのだ。
「わかってる。ベルさん。あんたが訳ありで、あんま人と関わりたくないんだってことはね。でも……頼むよ」
「……そいつはマテオの子供なのか?」
「いんや。違うよ」
だろうな。マテオは未婚の女だと聞いたし。
「なぜ関係ない子供を助けようとするんだ? その子の親から金でももらってるのか?」
「金なんてもらってないさ。ただ……このまま見殺しにはできない。その子もあたいも、同じ故郷の大事な仲間だからさ」
……故郷を持たぬ俺からすれば、マテオの言ってることに、共感はできなかった。
俺はよそ者だ。この街の人間がどうなろうと、関係ない。
「…………」
その時ふと、俺の右手にはめられてる指輪が目に入った。
それはジャークたちからもらったプレゼント。結局、俺はそれを捨てられずにいた。
……森に入って死にかける子供。
俺はふと、ジャークたちを思い出していた。そうだ、あいつらと出会ったのも森の中だった。
勇気と無謀をはき違えた彼らは、森で遭難しかけ、魔物に食われそうになっていたな。
……なんで、そんな見ず知らずの子供助けたんだろうか。あのとき。
……そうだ。あのときの、俺は。
大魔導士と呼ばれるようになった頃の、俺は。
この大きな力を、自分の腹を満たすだけじゃない、誰かの幸せにするために使いたいってそう思っていた。
だから、見ず知らずのジャークたちを助けたんだった。
「……わかった。協力する」
「! いいのかい……?」
断られると思っていたのか、マテオは目をむいていた。
「ああ。ただ、捜索は俺一人でやる」
「でも……」
「今の俺では、大人数を守るほどの力は残ってない」
自分一人の身を隠し、子供を探すくらいの規模の魔法しか使えない。
大人数でいって、魔物との戦闘となったとき、彼らを助けることはできないのだ。
「わかった……あんたに任せるよ、ベルさん」