表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

別の世界ではただの日常です

背中

作者: 茅野榛人

「僕はそろそろ、次の星に行くよ」

「えー?」

「次の星にも、さっき倒した奴のような、悪いモンスターがいるんだよ」

「それは……ヒーローさんにしか倒せないの?」

「勿論だ、君達とお別れをするのは悲しいけど、平和と、笑顔の為だよ」

「ヒーローさん……行かないでよ」

「そうだよ! 行かないでよ!」

「戦っているヒーローさんの背中はカッコ良かったけど、お別れの時に見る背中は見たく無いよ!」

「……ありがとう……みんな……元気でな!」

「ヒーローさん!」


 泣ける……本当に泣ける……。

 去り際と言うのは、実に悲しみを呼ぶ物がある。

 背中には、不思議な力があるように思える。

 時には勇ましく、時には悲しく見える。

 人は顔だけでなく、背中でも感情を表すことが出来るのでは無いだろうか。

 僕はノートパーソナルコンピューターからDVDを取り出してケースにしまい、ヘッドフォンを外して就寝した。


 朝食を取ろうと居間に向かう途中、台所に向かい、料理をしている母の後ろ姿を見た時、何故か心に暗い感情が襲って来た。

 まるで……母が何処か遠くに行ってしまうような……。

 悲しい……辛い……行かないでくれ……行かないでくれ!

「どうしたの? 涙なんか流して」

 母が異変に気付き、振り向いたその時、心に襲って来た暗い感情が急に治まった。

「ん? いや……別に何でも無い……」

「どうして泣いてるの? 玉葱切ってる訳でもないのに」

「……何でだろうね?」

 結局原因は分からず、家族で朝食をとって学校に向かった。

 しかし学校に向かっている途中、僕の前を歩いている通行人の姿を見たその時、突然心に暗い感情が襲って来た。

 家で母の後ろ姿を見た時の感覚と良く似ていた。

 知らない人なのに……まるで僕と非常に仲の良い友人のように思えて……そして……何処か遠くに行ってしまうような……辛い……行かないでくれ……立ち止まってくれ……止まってくれ!

 しかし突然、感情は治まった。

 前を歩いていた通行人が、交差点で左側に歩いて行き、視界から居なくなった途端に、まるでスイッチを押したかのように突然感情が治まった。

 僕は通行人の歩いて行った方向とは別の、真っ直ぐ行く方向に向かう為、横断歩道の信号が青になるのを待った。

 しかしさっきから様子がおかしい……人の姿を見る度に心に暗い感情が襲って来る……。

 しかし必ずしも人の姿を見て感情が襲ってくる訳では無い。

 母の時だって、顔を合わせて話をしている時には感情は襲って来ていなかったし、前から歩いて来る通行人を見ても感情は襲って来ない。

 一体どんな法則が……。

 僕は先ほど通行人が歩いて行った左側の道を見た。

 通行人はまだ歩いていた。

 まただ……また来た……心に来るこの暗い感情……苦しい……息がしづらい……苦しい……苦しい!

 その時、横断歩道が青になった事を知らせる音が聞こえて来て、僕は前を見た。

 感情が治まった……一体この突然襲って来る感情は何なんだ! 気色悪いわ!

 

 学校に着き、教室に向かった。

 教室に着くまでに何度も涙を流し、重く苦しく辛い感情に押し潰されそうになった。

 一番前の席で授業を受ける。

 女性の先生が黒板にチョークで文章を書く。

 襲って来た……暗い感情が……。

 文章を書き終えてこちら側を向く。

 感情が治まった。

 何となくだが……原因が分かったかもしれない……。

 再び先生が黒板の方を向く。

 感情が襲って来た……。

 再び先生がこちら側を向く。

 感情が治まった。

 多分……原因は背中だ!

 僕は背中を見ると心に暗い感情が襲って来るんだ! きっと! 凄い能力を手に入れた! いや待て……何の役に立つんだ! この能力! 役に立つどころか不便じゃないか? 噓泣き位しか出来なく無いか? 背中を見るだけで苦しくなったり辛くなったりして涙が出てくる……辛いだけじゃないか!

「どした? そんな泣き疲れた後みたいな顔して」

「あ……すみません! 先生が……尊くて……」

「何を言ってんの! ってか話聞いてないでしょ!」

「はい……あ……いや聞いてます」

「はいって言ったじゃん……」

「言ってません」

「言ったよね? みんな聞いたよね? 聞いた人挙手、はーい」

「はーい!」


 帰り道……辛い……辛すぎる!

 生徒や先生の背中を見る度に心に暗い感情が容赦無く襲って来る……前を向いて歩きたく無い……。

 僕は下を向いて歩く事にした。

 しかしそんな歩き方をしていた所為で、通行人と肩がぶつかってしまった。

 その人は二十代後半位のように見える男性だった。

「す……すみません!」

「もう……気を付けて歩きなさいよ! 何下向いて歩いているんだよ!」

「すみません……」

「はあ……ちゃんと前向いて歩けよ学生!」

「はい!」

「あ……道こっちじゃないじゃん……」

 男性はその後、僕の前を歩き始めた。

 恐らく、道を間違えたのだろう。

 辛い……苦しい……息がしづらい……知らない人のはずなのに……何処か遠くに行ってしまいそうな感じがする……行くな……行かないでくれ……行かないでくれ! やめろ!

 気持ちが抑えきれない!

 僕は前を歩いている男性に向かって走り始め、背中から抱き付いた。

「行かないでくれ! ここに居てくれ! 遠くに行かないでくれよ!」

「なんだ学生! お前正気かよ! おい! 離れろって!」

「嫌だ……嫌だ! 行かないでよ……頼むからさ! 去り際の背中なんて……見たく無いよ!」

「何言ってるんだお前? マジで何だよ? おい! 警察呼ぶぞ! おい! おい!」


 メンタルクリニックに来た。

「ふーん、背中を見ると、苦しく、辛い気持ちになる?」

「はい……本当に……なるんです」

「ふーん、最近アニメとかドラマとかで、背中を見て辛い気持ちになった事はありませんでしたか? それも何回も」

「DVDのドラマでしょっちゅう背中を見て辛い気持ちになっています」

「ふーん、原因は恐らくそれでしょう」

「え?」

「ふーん、作品の背中を見て辛い気持ちにり、心が中途半端に辛い気持ちになってしまっているのでは無いかと」

「中途半端に?」

「実はアニメとか映像作品とかを見ても、心の底から感情が溢れていると言う訳では無いのです」

「え?」

「ふーん、例えば、感動するシーンを見て、涙が出ていても、実はそれは心の底から感動している訳ではありません。そして、心は、底から感情を溢れさせようと必死に努力をするのです。しかし、大抵は直ぐに気持ちは落ち着きます、必死の努力も空しく」

「でも……どうして僕はこうなっちゃっているんですか?」

「ふーん、それは恐らく、中途半端な気持ちを貯め込み過ぎたのでしょう」

「貯め込み過ぎ?」

「ふーん、気持ちと言うのは、何度も見たり聞いたり、嗅いだり感じたりしていく内に、少しずつ溜まって行くものなのです」

「と……言う事は?」

「ふーん、背中を見て辛い気持ちになると言うのを心に貯め込み過ぎて、落ち着かなくなってしまったのでしょう。ですから、作品と全く関係の無い背中を見た瞬間、心が必死に努力を始めるのでしょう」

「あの……治す方法は?」

「ふーん……」


 僕は引きこもりになった。

 背中を見ると、無条件で悲しくなり、苦しくなり、辛くなる。

 全ての背中が……大切な人の去り際のように見える……。

 僕が騒ぎを起こし、引きこもりになってから、父の様子は日に日におかしくなっていった。

「もう良い! 出て行け!」

「……嫌よ……それだけは嫌よ!」

「おい……危ないって! おい! おい……う……うう……」

 何かを刺すような音と、何かが倒れるような音が聞こえて来た。

 僕は嫌な予感がして部屋を出た。

 居間には包丁が刺さった状態で床に倒れている父と、泣きながら父を揺らす母がいた。

「母さん……」

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい!」

 母はその後警察を呼び、連れて行かれた。

 母が連れて行かれている時、僕は母の背中を見ていた。

 涙を流しながら、ずっと叫んでいた。

「行かないでくれ……行かないでくれ! 母さん!」

 母は警察に連れて行かれた……ただ……これで……僕の能力は解けたはずだ……。

 実は……メンタルクリニックに行ったあの日……治療法を聞いていたのだ……しかし……。

「あの……治す方法は?」

「ふーん……」

「あの……先生?」

「ふーん……実際に背中を見て辛い気持ちになり、心の必死の努力が報われれば、完治するでしょう」

「……あの僕……彼女も……友達もいないんですけど……」

「ふーん……しかし今の所……治療法はこの方法しか無いのです……」

「……」

「ふーん……離任式や……卒業式なら……チャンスがあるかもしれませんが……」

「え?」

 図らずも……心の必死の努力が報われた……。

 でも……涙が……全然止まらない……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ