1話
ガチャっと。
部屋から出た私は、その先に広がる景色に感嘆した。
とても豪華な廊下だ。
廊下と呼ぶのも間違っているのかもしれないが。
金の装飾が目立つ華やかな床(ラグ?)に、壁は真っ白な大理石、至るところに絵画が飾られている。
はるか遠い天井にはシャンデリアが等間隔に並んでいて、まるで権力を見せつけているようだ。
これはとんでもない家の子に憑依してしまったようで、身が固くなるのを感じる。
そしてこれを見たあと、ちらっと自らが出てきた部屋を確認した。
この廊下と比べてやはりどこかくらい雰囲気だ。
掃除も行き届いていない。
部屋より廊下の方が綺麗ってどういうこと。
クローゼットの中も酷いものだった。
お金持ちなのだろうと思い、少しワクワクしながら開けて見ると、恐らく誰かのお下がりか....何年も使っているのかくたびれたドレスが2、3着出てきた。
コルセットはきついしスカートフリフリだし気分は最悪である。
挙句の果てには化粧台が見つからない。
髪は梳かすことしか出来なかった。もちろんメイク道具なんてある訳がない。
それでも様になってしまうのがなんというか、キャラ立ちしていると言うか....
助かったと言える。
もんもんと考えながら扉を閉め、辺りを見回した。
相変わらず誰もいない。でも気配はする。
下の階で、足音がいくつか聞こえる。
とりあえずそれを目指すことにして、私は歩き出した。
目が覚めてから1時間くらいたったか。
この体の記憶が朧気ながら私の頭の中に浮かんできた。
この子の名前は、ルフィーナ。
ルフィーナ・ヴァシーリエフ。
代々国王の右腕、国防の要として仕えてきた公爵家の血筋だ。
ルフィーナが生まれると同時に母は亡くなり、それから1年後に継母ができた。
さらにその時にはお腹に赤ん坊がいたらしく、弟のラファエルは私とは1歳差である。
とはいえ互いに早生まれと遅生まれなので約2年ほどの差があるが。
この継母から、まぁ。
よくある童話のように嫌われていた。
細々とした嫌がらせは日常茶飯事だったし、父がいない時はさらに酷かった。
食事に毒物を入れたり、冬の寒い日にルフィーナの部屋に鍵をかけたり。....夜が明けるまでしゃがみこんでいたこともあった。
家の中では1番の権力者である継母に逆らうことが出来ず。
ルフィーナの周りから召使い達は次々に消えていった。
そうしてルフィーナは家から居場所を無くしてしまったのだ。
男児がいる以上家門はラファエルが継ぐだろう。
となると女のルフィーナにできることは、誰かの婚約者になって家門同士を結ぶこと。
公爵ほどの身分なのだ。例えば、
「王子殿下の婚約者....」
とか。ありえない話では無いはずだ。
だんだん流れが読めてきた気がする。
よじれた家庭でよじれた性格に育って、無事殿下の婚約者になったと思ったら、ヒロインちゃんに婚約者の座を奪われて、家族からも勘当されて国外追放?
そんなストーリー展開が予想される....
「......」
知らんけど。
そもそもこの世界のこと全く知らないし。
てかそうなったとしてもあと10年とか先の話だろう。
今は気にする必要ナシ。
早急の問題はまず、家族関係の改善だ。
1階へ降りる大きな階段を息を荒らげながら降りきる。
「ふー....」
堪らず壁に寄りかかり、深呼吸をした。
体が貧弱すぎる。
己の細い腕を見つめ、ふと思った。
どれだけいじめられてきたのかが分かるようだ。
そのまま手を握ったり開いたりしてまた考え込む。
「....」
継母....お母様を黙らせて、安全に家で過ごす方法....
そんなものは1つしかない。
お父様と弟を味方につけることだ。
お父様は、私のことが嫌いな訳ではない。ただ関心がないだけだ。
あと弟の後継者としての教育など、他に気にするべきことがあるから。
なにか関心を持たせるようにすれば良い。
それが難しいのだが....
弟、ラファエルは気弱な子だ。
実の母親でさえ怖がっている。
幼いながらに彼女に潜む暗い部分を感じ取っているのかもしれない。
お母様に気づかれないように近づいて仲良く?
どうだろう。
過去のルフィーナはラファエルを嫌っていたようだ。
体が覚えている。
「....んー。」
拳をぎゅっと握りしめた。
簡単ではないな。
ここまで家庭環境が悪化しているのはあまり類を見ない。
しかし今後この世界で生き抜くためには力だけでなく、家族の支えも必要だ。
それに....ラファエルの成長にも悪影響を及ぼすだろう。
転移先の弟とは言え、弟は弟だ。
健やかに育って欲しい。
顔は思い出せないが。
すまん。
壁に手を当てて少しづつ廊下を進むと、騒ぎが大きくなっていくのを感じた。
そしてついに曲がり角を曲がると、そこには、慌ただしく動き回る使用人達がいた。
廊下の清掃に勤しんでいる。
「?」
何をそんなに急いでいるんだろう。
私は使用人達に近づいた。
よいしょ。
「.....ねぇ。」
「?!」
ビクッとした1人の小柄なメイド(?)さんは怯えたように振り返り、そして私を認識すると、少し息をついた。
イラついたような顔で私を見下ろす。
「なんでしょうお嬢様。今忙しいのが分からないのですか?」
「.....」
なるほど。
その挙動で大体のことはわかった。
前世では人間観察が好きだった私は、何となく、人の動きで考えていることや次の行動を予測することが得意だった。
彼女はお母様に虐められている私を見下していい存在として認識している。
さっきビクッとしてたのは私が一瞬お母様かと思ったから。
怯えたような顔は、いじめを見ている第三者と似たような心理が働いているのだろう。
次虐められるのは私かもしれない。と。
私はふーっと息を吐き出した。
そして彼女を見上げ、にこっと笑みを浮かべる。
「すいません。忙しい所を。私はなぜそれほど忙しそうなのか聞きたかっただけなので。特に理由が無ければ良いのです。」
前世で最後に好きだったキャラは、敬語で、物腰柔らかな男装女子だった。
少しやってみたくてつい口調を寄せてしまった。
変だっただろうか。
ちらっと彼女を見上げると、目を見開いてこっちを見ていた。
私はなぜそんな反応をするのか少し考えてはっとした。
そうだこの体幼女だった。
背中に冷や汗が垂れる。
子供の口調じゃないなこれは。しかししてしまったものはしょうがない。
私はまた笑顔でこの場を去ろうとじりじりと後ずさる。
「いえ、忙しいのならいいんです。すいません。私.....部屋!部屋に戻りますね!」
そして踵を返して走り出した。
5秒で力尽きた。
玄関の目の前、大きな階段を登ろうと向かったが、その階段にたどり着く前に、膝をついて息を荒らげてしまう。
くそう。
この体は不便すぎる!
体力のなさは生まれつきか?それとも…
かつっ。
音が。
「.....っ」
自然と体が硬直した。
ああ、嫌な予感がする。
私は音のした、階段の上を見上げた。
彼女は、
豪奢な金の装飾をつけた華やかな衣服を身にまとい、すらっとした体つきで、姿勢正しく、私を見下ろしていた。
蔑むような視線をオプション装備されて。
「.....」
いくら顔を覚えていないほど記憶があやふやでも、さすがに雰囲気でわかった。
お母様だな。