第16話 卑怯者
「私が今日からドラキュラさまに召喚魔法を教えることになります。どうぞよろしくお願いいたします!!」
その男は深々とドラキュラに頭を下げた。
ドラキュラは幼いことから、城内で英才教育を受けて育った。
男はその講師の一人である。
ムーンの頭の中でドラキュラと召喚魔法の講師とのやりとりが、断片的に、しかしそのひとつひとつは鮮明に蘇って(思い出されて)いく。
「召喚魔法というのは、異世界の住人と契約を結び、その力を借りるための魔法とお考えください。人には得手不得手があります。私のように腕力ではなく魔力に自信のあるものが、その長所を存分に活かせる。それが召喚魔法なのです。適材適所に合った住人と契約を結べるようになれば、あなたはもう無敵!!どんな困難も乗り越えていけるでしょう!!」
「召喚魔法は詠唱自体は非常に簡単です。しかし、一般的な魔法に比べ、膨大な魔力を消費します!!だからこそ、今現在、世界で召喚魔法を使える者はごく僅かしかいないのです!!」
「それでは、最初の召喚魔法から教えていきます!!」
「スゴい!!初日からそんな事まで出来るとは・・・、やはりドラキュラさまは天才ですね」
「今日は記念すべき10回目の講義です!!というよりも、まだ10回目なのですね・・・。ドラキュラさまの飲み込みが早すぎて、私はすでに50回くらいの講義を行なっている感覚になっています」
「ドラキュラさま!!今日は記念すべき50回目の講義ですよぉぉぉ!!」
そう言いながら、講師はドラキュラを驚かせようと勢いよく部屋のドアを開けて入ってきた。
バァァァァァンンンン!!!
力強くドアが開く。
「えぇぇぇぇぇぇ!!!!そ・・・、その方は・・・、もしかして・・・??」
男はドラキュラを驚かすつもりだったが、逆に自分が驚くハメになった。
「暇だったので先の方まで予習して、試しに召喚してみたら出来たぞ!!」
「か・・・簡単に言いますけど・・・。その方はXXXさまですよ!!!」
「ほう、貴様のような下級召喚士でもワシのことを知っておるのか??」
感情のないドラキュラとは対照的にXXXはとても嬉しそうに語った。
「えぇ、もちろんですよ!!あなたを召喚出来るようになることを目標に頑張っている召喚士もいるくらいです」
「そんなにスゴいやつだったとは・・・、さっきは倒してすまなかった」
「えぇぇぇぇ!!!!ドラキュラさまXXXさまと戦ったんですか??しかも勝ったと??」
「ドラキュラさま!!しっーーー!!!それは言わないお約束ですよ!!!」
XXXは恥ずかしそうに言った。
「ドラキュラさま・・・。あなたという人はどこまでも規格外なのですね・・・」
その言葉にドラキュラは何のリアクションも取らなかった。
「ドラキュラさま!!今日が私の講義、記念すべき100回目となっております。そして、今日で最後の講義となります・・・。とは言っても、本当に、心の底から、もうこれ以上ドラキュラさまに教えることはないと思っております。それどころか、あなたは私の遥か先を行かれているほどです。あなたは天才過ぎる。そんなあなたの講師として務められたことに、私は誇りを感じます!!どうか、これからも様々なことを学び、もっともっと強く、正義感に溢れた処刑人になってください」
「なぁ??ひとついいか??」
「えぇ、なんなりと・・・」
男は驚いた。
今まで100回講義を行なってきたが、ドラキュラから質問されることなどなかったからである。
もちろんそれなりに会話はあった。
しかしそれらは、前もって男がドラキュラに質問をしていて、それについてドラキュラが答えるといったものばかりであった。
自発的に何かを聞いてくることはなかったのである。
「俺は、やはり自分の力のみで勝負がしたい!!」
「・・・・・と言いますと???」
「だから、召喚魔法に頼って誰かや何かの力を借りるのが嫌なのだ!!それでは、血湧き肉躍る戦いのあの楽しさを存分に味わえないではないか!!」
「???????????」
男は呆然としていた。
ドラキュラが何を言っているのか理解できなかった。
「俺に召喚魔法はいらん!!しかし、こういう魔法がこの世に存在するということを教えてくれたお前には充分感謝している。もちろん褒美も遣わそう」
ドラキュラは淡々と話した。
そこに悪気は全くない。
むしろドラキュラは本当に感謝していた。
しかし、男にとっては自分を全否定されたような気がした。
"自分に力がないから、召喚した者の力を借りて戦う。"
まるで自分が卑怯者であるかのように言われた気がしたのである。
「そうですか・・・、ドラキュラさまにとって私は、誰かの手を借りなければ戦えない卑怯者ということですか??」
男は何とか理性を保ちながら、ドラキュラに敬語で尋ねることができた。
それほどまでに悔しかった。
「ふざけたことを抜かすな!!!!!」
感情のないはずのドラキュラが怒っているように見えた。
男は萎縮してその場に立ち尽くした。
「俺が卑怯者を尊敬しながら講義を受けるような男に見えるのか??」
「す・・・、すみません・・・」
「お前が何故そう思ったのかは俺にはわからん。しかし、お前のことを卑怯者だと思ったことは一度もない!!人にはそれぞれ得て不得手がある。腕力がなく魔力があるのなら、その武器を存分に活かして戦えば良い!!それの何が悪いというのだ!!それが強さだ!!それがお前の強さだ!!そのお前の強さが、俺を、そしてこの国を守ってくれている!!それが事実だ!!だから俺には感謝しかない」
「うっ・・・、うっ・・・」
男は泣いていた。
講義を通して、いつしか男はドラキュラの強さに憧れを感じるようになっていた。
自分は、召喚魔法という誰かの力を借りることでしか力を発揮できない。
少しずつ小さくなりかけていたコンプレックスが、ドラキュラと直接関わることで再び大きく膨らんでいった。
しかし今、ドラキュラは"ずっと自分のことを認めてくれていた"と知った。
憧れていた強者が、まっすぐな瞳で、自分を卑怯者ではないと言ってくれた。感謝していると言った。
それが嬉しかった。
「お前に剣術や体術が合わないように、俺は召喚魔法が合わなかった。ただそれだけだ!!これからも、"腕力ではなく、魔力で戦いたい!!""腕力よりも魔力に自信がある!!"そんな者たちの力になってやってくれ」
ドラキュラは深々と頭を下げた。
それに応えるように、男は涙を拭って平伏した。
「短い間だったが、とても有意義な時間だったぞ。ありがとう!!」
ドラキュラは平伏したままの男を通り過ぎて部屋の外へと出て行く。
「こちらこそありがとうございました。最後の最後まで、たくさん勉強させていただきました」
男は平伏したまま感謝の意を述べたが、ドラキュラが何となく笑ってくれたように思えた。
「さっきのことよろしく頼んだぞ!!バッハムよ!!」
ドラキュラは振り向くことなく、あいさつのように軽く右手を上げた。
「えっ????」
男はドラキュラに初めて名前を読んでもらった。
ギィィィィィィ・・・、バターン!!!
部屋のドアが閉まった。
ドラキュラは部屋を出て行った。
「卑怯者・・・・・」
バッハムは再び泣いた。
一時、部屋から出られないほどに、嬉しくて嬉しくて泣いた。
ドラキュラには感情がない。
それは即ち、いろんな出来事に対して思い入れがないということである。
"召喚魔法は自分には必要ない"
そう考えたドラキュラにとって、召喚魔法は忘れても良いものとなった。
どうせなら忘れたほうが良いとさえ思った。
そして実際に忘れた。
忘れたから、ムーンの思い出す能力とリンクした。
そしてドラキュラがムーンの血を吸った時、その記憶がムーンの中に入っていった。
「今の私にしっかりとした召喚が出来るかわからないけれど、とりあえずやってやるわよ!!」
「いでよ!!!肉肉人!!!」
ドラキュラの受けた講義をしっかり思い出したムーンは、その通りに詠唱を行い、生まれて初めての召喚魔法を成功させた。