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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

幽霊汽車

「君にミッションだ、鈴木君。幽霊汽車が出現しているようなので、解決してきてくれ」

「はあ。何だかよく分かりませんが、それで、場所はどこなんです、課長」

「NR線だ。始発駅から調査を始めてくれ」


 という訳で駅、正確にはその跡地だが、ホームに降り立つ。

 当然だが誰もいない。廃線だからあたりまえ、というより以前に、そもそも駅舎すらほとんど残っていない。

 線路は・・・枕木は焼失しているが、レールは辛うじて残っている。

 うーん、幽霊汽車なんて、出たくても出る余地はなさそうだが。


 しばらく気を張って監視していたが、まったく何事も起きないし、気温は嫌になるほど高いしで(軽く千℃はありそうだ!)、いつのまにか居眠りしていたらしい。

 ハッと目が覚めると、目の前に列車がとまっていた。2両編成らしい。指令室との通信回線を開く。


「課長、緊急連絡です」

「ん? どうした、鈴木君」

「汽車じゃなくて、電車が現れました」

「何? 映像を送ってくれ。どれどれ・・・なんだ、汽車じゃないか」

「え? きしゃ、って(いつの時代の人だ!)・・・任務を続行します」

 脱力しながら通信を切る。


 一両目に乗り込むが乗客は誰もいない。車両の前の方に歩いていく。

 運転席には運転手がいた、当たり前か。ワンマン運転らしい。運転時刻表をチェックしている。おもむろに車内放送用のマイクでアナウンスを始めた。

「本日もNR線をご利用いただきありがとうございます。この列車は、15時35分ウォーターゲート発しらゆり23号ロッキーキャッスル行きです。発車まであと五分少々お待ちください」


 野菜の籠を背負ったおばあさんが乗り込んできた。

「あれ、お兄さんどっから来なすった?」

「ええっと、あの、東京から・・・仕事で・・・」

「はー、たいそう立派な服を着てなさるが、お役人様け?」

「お役人・・・ああ、いえいえ、違います違います、民間企、えーっと、普通の会社員です」

「ほれ、ミカン食いなされ」

「あー、これはどうも。いただきます」

 冷凍みかんは妙にうまかった。


 やがて列車は、ガタンゴトンと景気よく走り出したが、おばあさんは話を続けていた。こちらと言えば、「ええ、そうですね」とか、「そうなんですか」くらいの適当な相槌しか打ってないが、話し相手がいるのが余程うれしいのか、おばあさんの話は尽きなかった。

 いわく、野菜は自分が畑で育てたものであること、嫁は気が強いが仲は悪くないこと(気が強いと言っているところを見ると多少は対立することがあるのかも知れない)、この時間帯に”汽車”に乗る者はほとんど決まっていて、顔見知りであって、私のような者は珍しいこと、近所のネコのこと、最近近所にできたというデパートのこと、亡くなっただんなさんのこと、等々。


 次の駅で、ランドセルを背負った男子小学生が、ダッシュで乗り込んで来た。

 ダダダダーっと、私の立っている列車の先頭まで走って来て、運転席をガラス越しにのぞき込んだ後、こちらを見て笑いかけてきた。たぶん、「運転席ってカッコイイよな!」と同意を求める笑いなのだろう。おなじく私もカッコイイと思うので、ニヤリと笑い返した。

 少年はしばらく運転席を見物していたが、飽きたのか、一両目の後方に、またもダダダダーと走って行った。野菜売りのおばあさんが、これ走りなさんなと注意して、彼にも冷凍みかんが支給された。少年は大人しくおばあさんの指示に従い、座席に座って冷凍みかんを食べ始めた。


 次の次の駅で、セーラー服の女学生2名が乗り込んで来た。二人は最初、部活か何かの話をしながら入って来たのだが、私の存在を認めるや、急にひそひそ話を始めてクスクスと笑い出した。一体、どんな話がなされているのか、非常に気になるところだ。もしかして、密かに爪先立ちをしてアキレス腱を鍛えていることに気付かれたのか、いやそれはないな。1~2mmしか踵を浮かせてないし。いやいやいや、それ以前に鏡の中の自分の顔を思い出してみろ、どう見てもおまえは三枚目だろうが。まあそれはともかく、彼女らの健全で陰湿さの全くない瞳のせいでメンタル的に傷付くことはない。

 なお、この二人にもおばあさんから冷凍みかんが支給されたが、彼女たちからはチョコ菓子がお返しとして渡された。おばあさんは、ここではすぐに食べないらしく、礼を言いながらチョコ菓子を紙に包んで懐に入れた。チョコが溶けないとよいが。


 その後は、乗ってくる者も降りる者もなく、列車は進んだ。


 おそらく夢を見ているのだろう。あるいは幻覚か。

 いつのまにか列車は、緑の山々と青い海の間を走っていて、窓から入ってくる風がとても爽やかだ。

「いやー、このあたりは実に風光明媚ですねえ」

と、おばあさんに話しかけたが、おばあさんは居眠りをしていたので返事がなかった。

 独り言みたいになってしまったので、ごまかすように前方の風景を見ることにしたが、この一部始終を見ていた例の女学生二人組が必死に笑いをこらえているのが分かった。だがついにこらえ切れなくなり笑い出した。

 くっ、ここはひとつ、大人の余裕を見せなければ。彼女たちの方を向いて、てへぺろ宜しく微笑みかけたが、これは逆効果で、彼女たちの更なる笑いのツボにはまってしまったらしかった。

 ま、まあ、道化を演じるのも大人の役目だ、きっと。

 その後、笑いのおさまった彼女たちは、国語辞典を取り出して何か調べていた。どうやら、風光明媚、を調べているようだ。素直で勉強熱心だ。

 ちなみに少年は、と言うと、アニメか特撮か何かの主題歌らしい、勇ましい歌を、独り言のように歌い続けていた。


 列車が終点一つ前の駅に停車した。

 めずらしく、運転手が客車に入ってきた。

 なぜか他の乗客も皆、一斉に不安そうな顔で私を見る。

「お客さん、次が終点ですが、ここで降りなくていいのですか」

「降りる? えーと、この列車は、終点まで行くのですよね?」

「ええ、行きますが、途中のトンネルが崩落していますから、列車では通れないのですよ」

 私以外の全員の顔色が少し青ざめた気がする。

「え? 終点まで行くのに通れないのですか」

「はい・・・」

 よく分からん。

「えーっと、ここから終点まで歩くと、どの位かかりますかね」

「そうですねえ、歩きなら10kmはないでしょう。下り坂ですから2時間ってところですね。ハイヤー(タクシー)ならすぐですが、山の中なのでつかまらないでしょう」

「二時間歩くのはちょっとつらいので、このまま乗せてもらうのはダメですか」

「ダメではないですが、それでよろしいのですか?」

「はい、お願いします」


 運転手はうれしそうに運転席に戻って行った。ほかの乗客も皆、喜んでいるようだ。先ほどの女学生二人組も、クスクス笑いでなく年相応の幼さで微笑みかけてくれた。

 おお、何かよく分からないが、よそ者扱いじゃなくて仲間に入れてもらえたってことだな! これが仲間意識というものか、素晴らしい。

「信号、ヨシ! 出発進行!」

 さっきまでとは違い、指差喚呼も元気いっぱいな感じだ。

 列車は山間のカーブを順調に進み、終点が近づいてきた。

「まもなく~終点、終点です。どちら様もお忘れ物のないようお仕度下さい~」


 前方の山肌にトンネルが見えてきた。あれを抜ければ終点か・・・いやまて、トンネルの入口が黒くない、というか白い。入口全面、コンクリートで固められている。え? このままじゃ、列車が衝突して大破するんじゃないの? と思ったが、ブレーキがかかる気配はない。おわっ、あと20m、振り返ったが、乗客にも全く変化がない。もしかして、コンクリートは幻影か何かってこと? あと10m、3m、ゼロ! 列車の先頭と運転手がコンクリートの壁の向こうに吸い込まれるように消えた。何、何っ、やはりコンクリートは幻影? 目の前に壁が迫る。

(ゴンっ!)

 およそ時速 50㎞でコンクリートに叩きつけられた。おでこが痛い。

 私をコンクリート壁に縫い付けたまま、列車も乗客もどんどん壁の向こうに、つまりトンネルの中に吸い込まれていく。


 瞬時に状況を知覚する。

 私の体をトンネルの壁に引っかけたまま、すでに一両目は全部トンネル内に入ってしまった。

 車両の間の貫通扉がたまたま開いていたので、私は一両目後方で車体に引っかかることなく、二両目に入っている。しかし二両目の最後尾の扉は開いていない、さてどうするか。

 このまま、様子を見るというのも一つの手だ。

 もしかすると、そのまま列車だけが幻のようにトンネルを通過して何事も起こらない、という結果になるかも知れない。

 しかし、だ。私は壁を通り抜けられないが、私は、まだ滑るように流れる客車の床を踏んでいる。

 つまり今、私にとって列車は実体だ。となれば、私はコンクリート壁と車両筐体にサンドイッチにされるだろう。だがそれは、どちらかというと問題ではない。

 列車にとっても私は実体だ、という点がむしろ問題だ。

 懸念されるのは、列車が”私に引っかかって”急停止してしまう可能性がある、ということだ。そうなればどうなるか?

 乗っているおばあさん達に全くなんの影響もなし、とはならないだろう、慣性とか加速度の話として。それは絶対に避けたい。


 瞬時に決断する。

 長らく使っていなかった技を使う。真空飛び膝蹴りで最後尾の扉を突き破り、外に出る。

 列車は最後尾扉が開いたまま、何事もなかったかのように、全部トンネルに吸い込まれていった。着地する。

 トンネルの奥の方から聞こえてくる走行音からして、列車に支障は出なかったようだ。

 やれやれ、よかった。

「えーと、歩きで2時間だっけ? いや、違った。もう終点近くだったな」


 当然だがトンネルは通れないので、山を越える。

 トンネルの出口側にたどり着いた。

 こちら側はコンクリートで固められてはいなかったが、崩落したと思しき岩や土砂で埋まっていた。

「列車が見当たらないな。トンネルの中ってことかな? 掘り出すのは厳しいなあ」


 ふと後ろを振り返ると、下り坂の線路のずっと先、平地に列車が停車しているのが見える。

 さらにその先には終点の駅がかすかに見える。視界右側は海だ。

 列車に向かって歩き出す。

 止まっている列車に追いついた。

 思うところあって先頭車両の前に出る。

 軽くジャンプして車内の様子を見る、運転席と客車に骨が見えた。

 独り言をつぶやく。そうか、トンネルの崩落事故ではなかった、ということか。


 最後尾に回り込む。

 いつのまにか、さっき蹴破った扉が開いていた。中を覗き込む。

「あっ!」

 少年が目敏く私を発見し、運転手のところに走っていく。それに気づいた女学生二人組やおばあさんも前の車両から移って来た。運転手が到着したので質問する。

「運転手さん、途中下車しちゃいましたが、この切符で乗せてもらえないですかね。おまけで」

「もちろんおまけしますよ! ただ、残念ですが、あと少しというところで列車が止まっていますが」

「押しましょうか?」

「え?」

「ニュートラルに入れてみてもらえますか、マスコン」


 列車は問題なく押せた。スピードを出す必要はないので、歩く速さくらいでゆっくり押していく。

 その様子を見て、おばあさんが話しかけてくる。

「あれま魂消た、まるで鬼神おにがみ様だわ」

「鬼神というのは聞いたことないですが、腕にはちょっと自信があるんですよ」

 少年が「スゲー!」とか言ってはしゃいでいる。突然、つり革で懸垂を始めた。いやはや元気があるなあ。

 おお、何か女学生二人も尊敬の眼差しを向けてくれている、ような気がしたのだが、いや、あれは面白いオモチャが戻って来たって感じだな。私に対する彼女たちの評価はお笑い芸人といったところか。

「がんばってください!」

 おっと、お笑い芸人よりは評価が高いようだ。俄然、やる気が出てきたぞ・・・って、仕方がないな、男ってやつは。


 列車が駅に入った。

「運転手さーん、停目がよく見えないです!」

 大声で叫ぶ。車内放送が流れる。

「速度落として下さい、あと5m、2m、50cm、はい! OKです! 非常ブレーキ、ヨシ!」

 続けて車内アナウンスが流れる。

「本日もNR線をご利用いただき誠にありがとうございました。列車は只今終点に、244年68日11時間45分遅れで到着いたしました。お急ぎのところ、本日は列車が遅れましてお詫び申し上げます」


 列車の扉が開き、乗客が改札に向かう。

 またしても少年はダッシュで改札をくぐる。駅舎を出たあたりでこちらを振り返り、バイバイと手を振ってきた。こちらも小さく振り返した。定期はランドセルの横に入っていたが、期限切れではなかっただろうか、などと野暮なことは言うまい。

 女学生二人組は、改札を出たところで礼儀正しくお礼を言ってきた。こちらも一礼する。彼女たちもまた、走って出て行った。

 おばあさんは、改札を出る前に私に礼を言ってから、そのままこちらは振り返らず歩いて行った。

 それぞれ皆、家に帰ったのだろう。姿が見えなくなった。


 さっきの運転手さんと、駅長だという別の男性がやって来た。列車の車庫入れを手伝ってくれないかという。快諾した。

 実はポイントが切り替わらないのですがというので、二両の連結を解除し、一両ずつ持ち上げ、車庫行きのレールに乗せ換えた。二人は、車庫から離れた駅のホームで作業を見守っていたのだが、おおやったなどと言っているのが聞こえた。

 二両を再び連結し、押して車庫に入れ、車輪止めを固定した。車庫の扉を閉めて施錠する。車庫の前から遠くのホームにいる二人に向かって、両手で〇の合図を送った。二人とも、帽子を振って謝意を伝えてきた。


 急に警笛がふぁん、ふぁんと2回鳴った。

 何事が起きたのか二人に質問しようと思ったが、既にホームには誰もいなかった。車庫の扉を開けると中は空だった。

 車庫入れの前に、車内に残留者がいなかったことは確認済なので、故障等以外で警笛が鳴るわけがない。さっきの警笛はお礼だったのだろうか、列車の。


 などと考えているうちに、のどかで自然豊かな風景が一変した。いや、変わったのではなく、元の灼熱地獄に戻ったようだ。


「こちら鈴木、指令室応答願います」

「おおー鈴木君、ご苦労様。それでどうなった、終わったのかい?」

「えーと・・・」

 周囲を見渡すと、駅舎のあった辺りに”本日の業務は全て終了しました。ありがとう”と書かれた看板が立てかけられていた。おそらく駅そのものからのメッセージだろう。

「えーっと、はい、終わりでいいようです。皆さん、お疲れ様でした! 私も帰還します」

(了)


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