鈴(りん)
鈴の音が聞こえた。
記憶にある限り、最初に鈴の音が聞こえたのは、幼稚園の頃だ。なぜそう言えるのかといえば、母が迎えに来たからである。小学生で母が迎えに来るとすれば体調不良の時だろうが、母に先んじて走っていたから、それはない。そう、一人家に向かって走っていた。すると、歩道に面した仏間から鈴の音が聞こえたのだ。何度か鳴ったような気がする。母を待って家に入った。誰もいなかった。誰も入った形跡もなかった。あったとすれば、母が大層慌てるはずだが、その記憶はない。母に鈴が鳴っていたと言った。母は聞いてなかった。
それから何度か鈴の音を聞いた。もちろん仏間で、ではない。テレビを見ていたとか、ラジオを聞いていたとかそういう場合と違う。それこそ小学生になり、帰宅中の通学路に一人でいた時、頭の上から聞こえたこともある。寝ていて聞こえた時はさすがに夢かと思ったが夢の中ではない気がして、目を覚ましたら聞こえなくなった。
その音は一定の規則があったわけではない。たしかに一定の律で鳴る時もあれば、やたらとリズミカルな時もあったし、五度短い節で鳴らしてから三度間をおいて鳴るとか、多種多様だった。
ふと気づいた。鈴の音が聞こえた後、父や母が通夜や葬儀に出ていたことだ。偶然かどうか。もちろん鈴の音が聞こえなくても、父や母が参列に向かったことは何度もある。それでも鈴がなぜ聞こえるのかは兄や姉も聞いておらず、まったくの非現実な感じだった。
大学進学で一人暮らしを始め、就職をし何年か経った。鈴の音がした。それから数時間後姉から珍しく電話が来た。母が亡くなったと言う。通夜、葬儀などが終わって数日してからだろうか、ふと思い出した。あの鈴の音を。なんとなくそれまでの鈴の律とは違っていたと思っていたのだが、それがなんなのか思い出したのだ。高校までの朝、起こされた時の布団の胸の辺りを叩く母の拍子と同じだったのだ。
それから何年も鈴の音を聞いてなかった。この間にも参列したことも一度や二度ではなかった。
なぜ、これを話したのかというと、今しがた聞こえたのである。鈴の鳴る音が。




