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喫茶店とダージリン

ーー二週間もすぎる頃には、バイト君もある程度働けるようになっていた。

バイト初日から彼は見違えるほどのやる気に溢れていた、具体的にいえば聞き取りづらい声が聞こえるぐらいの声になった。モゴモゴとまるで虫の囁きのような声が今ではオウムの返事ぐらいには聞こえる。ハキハキと喋るようになったし、その結果相手もバイト君の確認する声が聞き取れてオーダーミスも減った。忙しさはいまだに続いているのだけれど、バイト君が戦力になってくれてかなり楽になったと思う。


基本的には私がキッチンで調理を担当し、バイト君がオーダーを取り出来上がった料理を客に持っていく。それを九時から五時まで続ける、売上も前と比べれば倍を通り越しているし、きちんとバイト代や諸経費を差し引いても黒字になっている。


今まで知らなかったが、叔父さんが凄まじい金額を稼いでいることがわかる。持ち家でやっているから賃料はないのだけれど、やはり光熱費は発生するし、食材の仕入れにも金がかかる。店を開くだけでもある程度のまとまった金がなくなるのだから、喫茶店とバー、その両方を維持する叔父さんの経営手腕は天才的と言えるだろう。


今日も、無事に閉店時間までやりくりすることができて、ラストオーダーを取ってから店内は落ち着いた雰囲気になっている。

洗い物を食洗機に並べながらバイト君がふと、私が整理している紅茶の収納棚を見て首を傾げた。


「前々から気になっていたんですけど、同じ紅茶の名前なのに何種類も缶があるんですか?」


「ほう!いいところに目を付けたね!」


「恐縮です」


カップを食洗機に均一に並べながらバイト君は言った。

何がいい質問かといえば紅茶に関する質問は全ていい質問だ。それに紅茶のことをよりよく知ろうとするなんてバイト君も隅に置けないじゃないか。喫茶店のバイトとして自覚が湧いてきたのだろうか、まあそうだろう、なんせ紅茶は素晴らしいのだから。


「まず最初に説明しなくちゃいけあいのは紅茶の旬の季節だ」


「旬?紅茶って全部同じ葉っぱでしょ?旬とかあるんですか?」


「そう、紅茶も、なんなら烏龍茶や緑茶、それらも全部カメリア・シネンシスという植物なんだ」


「え、なのにあんなに味が違うんですか!?」


おうおう、この初々しい反応、これぞ私が待ち望んだ反応だ。

食洗機の準備をするバイト君を尻目に私はいくつか紅茶の茶葉が入った缶を取り出してカウンターに並べ始める。

カウンターに座っていた親子がふとその様子を見て紅茶を見つめる。これは紅茶を布教するチャンスと思い、四つのカップを準備する。


「結局のところ、味の違いは二つの要素によって大きく左右されているんだ。一つ目は発酵の違い。例えば緑茶は不発酵茶と言って発酵をあえて止めているんだ。ちなみに紅茶は発酵茶で、烏龍茶は反発酵茶。二つ目は取れた状況。例えば季節とか、環境とか」


一番違いのわかりやすいダージリンの缶を三つ並べると小学生ぐらいの少女がカタカナと睨めっこをして読み上げる。


「ファーストフラッシュ……にセカンドフラッシュ?それとオータムフラッシュ?ママ、でもみんなダージリンてかいてあるよ」


「あら、そうね。ダージリンは知っているのだけれど、このファーストフラッシュとか、セカンドフラッシュというのは何かしら?」


「良い質問です。このファーストフラッシュや、セカンドフラッシュというのはズバリ採った時期です。紅茶の旬のシーズンというのは年に三回あって、三月から四月のファーストフラッシュ、五月から六月のセカンドフラッシュ。そして十月十一月のオータムフラッシュがあります」


「ダージリンって……戦車に乗ってそうな名前ですね」


ポロッとバイト君がそうこぼして口角を上げる。

お湯が沸いた音がして火を止める。


「さて、ここからが重要です。採った季節によって味や香りが同じ茶葉でもかなり変わって面白いんですよ」


三つポットを出して丁寧に手順を踏んで三種類の茶葉を淹れる。並んだカップに一種類ずつカップに注いでいくと、少女は興味津々に目を輝かせる。並んだ三つのカップ、それぞれには同じ銘柄の紅茶が入ってる。


「色が違う!」


「そう!時期によって色合いがかなり変わるんだ。特にダージリンはオータムフラッシュが一番色が濃くて、ワインレッドに近い色を出すんだ。味もその分渋みがあって、いうならば大人の味なんだ」


「でも青山さん、他の二つはほぼ一緒じゃないですか?色も光の加減では違うように見える場合もありますけど、オータムフラッシュとやらと比べればほぼほぼ同じに見えるんですが」


食洗機のスイッチを押したバイト君がカップに入った紅茶を見比べてそうこぼした。

確かに一つ目二つ目はほぼほぼ色合いが変わらない、三つ目の深い味わいある色と比べれば些細な違いといって差し支えないだろう。けれどその二つ目の違いは色ではないのだ。


「バイト君、どっちも試してみたまへ」


「どうして若干口調変わってるんですか……?別にいいですけど」


カップを口元に運ぶバイト君を羨ましげに、さも私も試したい!と言った顔の少女に笑みをこぼして。


「お嬢ちゃんにはまだ早いかな。紅茶はカフェインも入ってるし、夜眠れなくなっちゃうよ」


「そうよ、昨日だって全然寝れないってなって夜怖いって言ってたでしょう?」


「もう私大人だもん!紅茶も飲めるもん!」


プンっと頬を膨らましてふて腐れる。まあここまでは想定通りだ、というかむしろそうなるのをまっていたところまである。冷蔵庫に入ったミルクポットを出して少しの紅茶と、やや多めのミルクを混ぜてミルクティーを作り少女の前に置いた。


「ミルクティーっていう大人の飲み物だよ。あと、もしよかったら試してみてください」


ファーストフラッシュとセカンドフラッシュ、それぞれが入ったカップを母親の前に置く。


「いえいえ、いただけません!すみません娘が。こらっ、きちんとありがとうってお姉さんにいうのよ!」


「せっかくなので試してみてください。無料ですので」


ほらほら試すといい、美味しいよと内心で呟きながら営業スマイルを一つ。


「それにこうやって試して頂いて好きになってもらえたらまた来てもらえるでしょう?だから店にとってもプラスですし」


そういうと迷うに迷って逡巡を重ねた後、お母さんはありがとうございますと言ってからカップを口に運んだ。隣でセカンドフラッシュを飲んだバイト君はあーと一言呟いてから。


「この何か日常的にあるものなのに名前が出てこない感じがもどかしい」


「…..紅茶なのにどこかワインみたいな香りがして不思議…..」


「ちなみにダージリンのセカンドフラッシュの呼称にマスカットフレーバーという名前が使われます」


「マスカット?マスカットってあの黄緑色の果物ですか?」


「いえ、大体の人がマスカットと聞くと誤解するんですけど、正確にはマスカットから作られたワインを指すんです。

日本語で書くとマスカットなんですが、実際英語ではMuscatel、果物のマスカットはMuscat。ほぼほぼ同じスペルなんですが意味合いは全然違うんです」


「英語って聞くだけで頭が痛くなってきた、つまりは紅茶のマスカットフレーバーはワインで、果物を差してる訳ではないんですか」


「そう。マスカットフレーバーは重みのあるワインのような風味を持つ紅茶を指すんだ。けど近年少し香りがよかったらじゃあそれはもうマスカットフレーバーだって感じで味のコクというか、重みがないものもマスカットって書かれるようになって来てたりもする」


マスカットフレーバーというネームバリューがあるのは確かだし、人によっては味よりも名前で買っていくことが多い。正直なところ紅茶なんて気に入っていればそれで十分だと思うのだけれど。

ここでファーストフラッシュを二人分淹れてどうぞと促す。


口に含むと、バイト君はその両目を見開いた。

まさに驚愕と言った顔で手に持ったカップに入った紅茶を見る。


「なんだか、すごく普通ですねこれ!?」


「あっさりしてて、最初の二つに比べて全然クセもないし」


思わずニヤけ顔が止まらず、口角を上げてしまう。この反応が欲しかったのだ、リッタ先生は全部がぶ飲みして、これが美味しいとセカンドフラッシュを指して寝初めてしまうし、蜜柑さんはセカンドフラッシュを飲んだ後、上司にワインセラー巡りされた時のトラウマをフラッシュバックしてしまうし、それはもう大変だった。この初々しい反応が逆に新鮮すぎて、思わず感動を覚えていた。


「同じ紅茶でも、採れた時期によって千差万別、だからこうしてちょっと高いとこのブランドだとこうやってわざわざ明記して出してるんだ」


「へーだから、こんなに何種類も茶葉があるんですね。ってあれ?ダージリンってだけでも七缶ぐらいありませんか?」


……そっと紅茶をしまう収納棚を閉めて、営業スマイルを2人に零す。


「さあ!閉店の時間も近いし店を閉める準備をするか!」


「というかこの前注文表にダージリンの名前を見た覚えがあるんですけど、一体何缶あれば気が済むんですか?」


「しっしらないなーいやーほらー在庫がないからなー注文しただけだからさー」


「その缶全部数百グラム入ってるよいうに見えるんですけど。というかその奥にある缶なんですか?一段高級そうに見えるんですが……」


ささっと収納棚の中の缶を移動し奥の缶を隠す。


「しらないったら知らないな!ほらバイト君、閉店する時のお約束の曲流して。あの日本人が聞いたら帰りたくなる曲流して」


「しらばっくれるつもりですね……というか缶何缶あるんですかそれ?少なくとも二十個はーー」


「またのご来店をお待ちしております!おーっと、店の前に落ち葉が落ちているね、ちょっと掃いてくるよ!」


裏口の近くに置かれた箒を持って店の前に出てぱっぱと落ち葉を掃いていく。いやー落ち葉を掃くのは楽しいな!これこそ店主としての生き様というものだろう、閉店時間近くに掃除を初めて、店の前をいつだって綺麗に保っておく。我ながら素晴らしい店主っぷりに惚れ惚れしてしまう。


ーーふと、視界の端、遠くに停まっていた車が動き出したことに鏡花が気づくことはなかった。











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