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喫茶店と男の娘、そしてバイト君

「ーーそれでここが君が使っていい部屋だから。必要なものがあったら気軽に言ってね」


 青年、おそらく同い年ぐらいであろう彼の名前は高山俊輔というらしい。

 漢字で書いてみてくれと言われたら数分迷って辞書を開く字だ。

 喫茶店の一階、店の区画とカウンター、キッチン、そしてその奥にある業務用冷蔵庫を見せ一通り紹介し終える。


 なんせ初めての後輩だ、少し緊張している。できるだけ先輩風を吹かせるために強がってはいるが、相手がどう思ってるか知る由もない。

 彼の容姿は一言で言えばお世辞にもいいとは言えなかった。

 というか、容姿が見えなかった。伸び切った長い前髪に肩口まで伸びた髪。見えるのはすっとした鼻と無精髭。

 一見すればホームレスに見えるが、小綺麗な靴が違和感を醸し出している。


 彼はどこか落ち着かない様子でソワソワしている。

 まあそうだろう、引きこもっていたのに突然喫茶店でバイトしろだなんて言われたらたじろぐに決まっているだろう。


「……ぉそっ、その」


 口を開き、声を吐くがうまく単語にならないようだった。

 その様子に少し懐かしさを感じながら振り返る。


「そっその、名前、きっ、聞いても?」


「ああ、まだ自己紹介してなかったね。私の名前は青山鏡花、よろしくね」


「青山さんで、いいですか?」


「構わないよ。じゃあ明日から喫茶店の仕事を教えていくんだけど……」


 やはり、髪が長いのが気になるし、無精髭はどうしたものかと思う。

 それに視界が塞がってるのではと思わせるほどの前髪の長さ。若干すえた臭いのするジャージで店に出すわけにはいかない。


「その前に、身だしなみを整えよっか」


「……はい」


 ボソボソと、ひどく聞き取りにくい声で彼が言った。



 ーー



「常連さんに散髪のプロの人がいたんだ。喫茶店に来て、カウンター席でいろいろ教えてくれてね。何度か髪を切ってもらったことがあるんだ」


 ハサミでチョキチョキと長さをみながら髪を切っていく。

 洗面所、床に古い新聞紙を敷いて伸び切った髪を整える。

 まさかこんな時に役に立つとは思わなかった、あの時だってあの人も話の種に教えてくれただけだったし。


 いや待てよ、もしかして自分の髪を切る時の為にって教えてくれたのか?確かまだあの時は喫茶店を出れなかったし。


 取り敢えず先ほど起きてきた叔父さんに服を用意してもらった。

 本来ならば自分と同性なのだから服を貸し与えられたらいいのだけれど、今の自分のクローゼットには女物しか入っていない。

 そしてその女物がフィットしてしまう自分の体が恨めしい、もうちょっと男らしくなれればいいのだけれど。


「そっその……喫茶店、長いんですか?」


「私?一年ちょいだよ。高校でいろいろあって今じゃ喫茶店の店主やってる」


「高校?……高校生なんですか?」


「一応。高校が新しく始めた制度があってね。通信制の授業で、学校から送られてくる課題を毎日やって学校に提出してる。それを三年生の終わりまでやれば高校卒業と同じ扱いにしてくれるんだって」


 毎日喫茶店を閉めた後にぼちぼちとこなしている。叔父さんと、常連さんの一部の人がいろいろとしてくれたんだと思う。

 ある日突然教育委員会の人と、学校の校長先生を名乗る人が来て叔父さんに説明して帰って行った。


「……知らなかった。うちの高校には多分ないですよ」


「まあ高校によりけりだろうね」


 前髪をチョキチョキと切り終えれば鏡に彼の容姿がくっきりと映る。

 顔はある程度整ってる方だ、無精髭を剃って、ある程度容姿に気を遣えば学校でもモテるだろうに。

 視線が鏡越しに合うとすぐに彼は目を逸らした。


 まあしょうがないだろう、時間がかかるものだ。

 自分だって喫茶店から出る一歩を踏み出すために一年かかったのだから。

 人には人のペースがある。彼にも彼のペースがあるのだろう。



 ーー



 人に髪を切ってもらうのは、一体何年ぶりだろうかと思う。

 部屋に引きこもって、他人と拒絶する前に母さんが切ってくれた、確かあれが三ヶ月前だったから、大体一年とちょっとぶりか。


 鏡をチラリと見れば赤毛の女性の顔が見えた。後ろの髪を切るのにひどく集中しているようでこちらの視線には気づいていない。

 やはりどこか現実離れした容姿だなぁと思う。まるでアニメやライトノベルから飛び出してきたと言われても信じてしまいそうだ。くっきりとした青い瞳に本当に綺麗な赤毛。顔はとても整っている。肌はどこか触れただけで壊れそうなほど白くて危うい雰囲気がある。


 髪を切っている合間に、頭皮に彼女の指が当たる時があって、それだけで緊張する自分がいる。髪を整えて、髪型を考えながら思考し悩む姿も、可愛くてしょうがない。


 童貞のクソ気持ち悪い一人称してんだなと自虐をこぼしていると、彼女と目が合って、思わず視線を逸らす。


 ああクソッタレ、間違いなく自分は一目惚れしてしまっている。

 しかも同棲だ、同じ家に住み働く、一体どこのギャルゲーだと嘆きたくなる。けれどそんなことを言うつもりはないし、さっきからキョどってしまってろくに話せていない。何より距離が近い。胸がぎゅっとするような甘い香りは反則だろう。彼女の長い髪が顔の近くを過ぎるたびに理性がチリチリと焼けていくのがわかる。


 こう言う時は素数を数えよう、そうしよう…….



 ーー



「さて、これぐらいでいいかな?」


 やはり散髪のプロには見劣りするものの、ある程度の形になったと思う。

 脳内でその常連さんが六十九点と呟くのを想像してしまってフイッと顔をそらす。

 いや失敗しちゃいない、いないけれど、なんとなくコレジャナイ感があるのはわかっている。

 わかってはいるのだけどやっぱり何度かミスったなと思う場面があった、申し訳ない。

 恐る恐る彼の顔色を窺ってみれば、まじまじと自分の新しい髪型を見つめてから。


「……一生髪型変えません」


「なんで!?」


 いやいやそれはあれか、失敗したんですよこの店主と一生ゆするためか!?

 そんなにいい髪型じゃないだろう、いや別に外を出歩いても違和感はないけれども最良かどうかと聞かれれば改善の余地のある髪型だ。所々直したい部分もある、けど、髪でそうやって直し続けると最終的にスポーツ刈りになる未来が見える。


「いや、ほら、これは一旦ある程度の髪型にしたってだけだから、変えたくなったら、というか行けるなら散髪屋行ってね?紹介するから」


「……いえ」


「なんでそこだけ強情!?」


「これで……いや、これがいいんです」


「そんなに気に入ったのか……いや、そりゃあ本人が気にいるのが一番なんだけどさ」


 男子高校生の思考はよくわからない、いや自分も男子高校生なのだけれど、散髪とかはもう人に丸投げしているので自分でのこだわりとかそういうのがカケラもない。けれど野生の男子高校生はもっと、こう、なんか前髪を気にしてワックスで整えてとするものじゃないのだろうか。


 取り敢えず散髪道具を軽く手入れして道具箱にしまう。どうやら叔父さんが着替えを持ってきてくれていたようで部屋の前にジャージと、シャツにチノパン、茶色のエプロンが畳んで置かれていた。

 ひとまず仕事具一式は洗濯機の上に置いて青年に着替えのパンツとジャージを渡した。


「そこ、まっすぐ行った場所が風呂場だから着替えはこれ。髭剃りは叔父さんが予備を使っていいって言ってたから赤色のやつを使ってね」


「…..ぅは…..い」


「タオルはこれね。じゃあごゆっくり」


 着替えとタオルを持たせて風呂場に向かっていった。後ろ姿を見ていると、やはりどこか危うい印象を受ける。男子高校生にしてはヒョロヒョロだし、足取りもどこかおぼつかない。蹴れば折れてしまいそうな様子だ。


「取り敢えず片付けるか」


 そう呟いて新聞紙を丸めてゴミ箱に放り込むのであった。



 ーー



 風呂から出て着替え終える、青山さんの叔父さんが用意してくれたジャージはサイズがぴったりだった。

 久しぶりに髭を剃って覗いた自分の顔を見れば少々不恰好だけれど、きちんと整えられた髪型があって。思わずにやけ笑いをこぼしそうになるが、それは気持ち悪いなとなんとか耐えて。


 自分に与えられた部屋は一見ホテルの一室のようだった。元から二階はホテルとして使ってたのだろうかと思う。

 部屋にもシャワー室と併設されたトイレがあって、自分の考察を裏付ける。


 箪笥や、クローゼット。後は小物入れと机。もちろんPCなどはない。父が渡してきた新品のスマートフォンが机の上に置かれてるのが見えた。横に付箋が貼られていて、父の電話番号と、何が目的か学校の担任の電話番号が書かれていた。あったところで連絡を入れないことぐらい理解しているだろうに。


 ひとまずそれを無視してベッドに転がる、自分の家とは違う匂いがする。

 古き良き木造建築の匂いだ、ベッドからは新品のシーツの真新しい香りがする。


 そして何より。


「知らない天井だ」


 お決まりの台詞を吐いて、ゆっくりと目を閉じた。









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