父親と息子②
ーーWiFiが切れてから二週間が経った。
父の作戦はつまりはこうだ、WiFiを切ることにより虚しさという最強の病を発症させること、だ。
虚しさ、それは癌だ、感情に芽生える癌であり、それは刻一刻と時が経つうちに成長し人を殺しうる。
ネットでしか人との交流がない人間を殺すならば最良の一手であり、チェックメイトと父は確信している。
だからこそ俺が情報を得ているという情報を持っておきながら泳がせていたのだ。
けれど父は理解していない、ゲーマーという人種を。
ゲーマー、廃人である自分にとってゲームは食事だ、オンラインゲームももちろん嗜むが、オフラインゲームこそ嗜好。
AP○Xの今シーズンはもう無理だろう、F○Oのログインは切れるだろう、だがこれは戦争だ、犠牲はつきものだ。
オフラインゲー、それも死にゲーを延々と縛りプレイで挑戦し続けるという行為は、今やRTAとなっていた。
無限に食える、もはや敵の行動パターン、アルゴリズムすら完全に把握している。
RTAのタイムはバグを抜きにして加速の一途を辿っている。。
父はおそらく俺が出てくると想定していただろう、天照大神は外のどんちゃん騒ぎで天岩戸を開いたが、父はあそこまで馬鹿じゃあない。
天照大神に睡眠薬を盛るぐらいはするだろうし、なんなら空気を一才封じ、酸欠で瀕死に追い込むことだろう。
それが父であり、自分の敵。
子供の頃近所の子にいじめられた時に父は言った。
『敵の弱みを握りなさい、徹底的に、完膚なきまで、再起不能になるまで追い込むために情報を集め、敵に取るに足らない相手と錯覚させ、油断させなさい。ありとあらゆる手段を講じ、一気に畳み掛け、潰せ』
父は正しかった、近所の子に媚を売り、情報を集め、ありとあらゆる行動を把握しそのスケジュールすらパターン化した。
結果的に万引きや暴力、そして家の金の使い込み、それらの事実を把握し確固たる証拠を集め、外堀を埋め、被害者側の店や家庭にそれらをリーク。
相手の親も呼び出し、完膚なきまでに叩き潰した。
子供に言うことじゃないだろう、話し合いで解決しろと、一般的な親ならば言うだろう、父も同じことを言ったけれど、最終的にこう付け加えていた。
『話し合いで解決できるならしなさい、できるかどうかの情報も集めなさい、けれど世の中には度し難い愚か者というものもいる。脳みそが詰まっているのかどうかすら怪しい愚か者すらいる。そいういうものは取り合うだけ無駄だ。潰せ』
と。
父は味方につければ最強の切り札となりうる。
けれどこうして敵に回った今、厄介でしかない。
念のために部屋のドアにバリケードを作り、鍵を閉め、最大限の対策をしたのち、父が部屋の前においた食事に手をつける。
感触、味も問題なし、結構美味しい。
冷めても食べられる冷やし中華というのは父なりの配慮だろうか。
と、普通の人間ならば思うことだろうーー意識が遠のくのを感じながら、俺は密かにそう思った。
ーー
二週間がたち、天岩戸は開かない。
ならばすることは一つ、次の一手を打ち、徐々に、確かに、確実に追い込む。
WiFiが切れて尚息子は部屋から出てくることはない、そりゃあそうだ、あいつは私の息子だ。
戦うと決めた今、無条件降伏も、条件付き降伏も、一切合切拒否することだろう。
冷やし中華の出汁に十分な量の睡眠薬を溶かし、息子の部屋の前においてから十分。
頃合いである、出てこないのであればこういう荒手にも出なければならない、それも息子は想定していただろう。
だからやることといえば鍵を閉めるぐらいか。
こういう時に、家を建てた際なぜ内開きにしたのか恨みたくなってくる。
確か家を建てようとなった時に息子がこういった、籠城戦をする時に内開きの方が守りやすい、と。
それに関心したんだった。
だが、今日戦いは終わる、私の全面勝利で、だ。
時間が経てば経つほど厚生するのが難しくなってくる。自分の行き先をきめ、どうするかを考える時間は必要だが、時間は待ってはくれない。
息子の部屋のドアのぶを回すがむろん開かない、そんなこと想定済みだ。
鍵がかかっている、ならば鍵を使えばいい、簡単な話だ。
けれど無論息子がそんなことを想定しないはずがない。引きこもる前に自分の部屋の鍵を家中からかき集め、自分の部屋に隠した。
「ーーそんなことで、私を止められるとでも思っているのか?息子よ」
敵企業に忍び込む際、正攻法でいけないことが多い。
社員証を偽装しようにも、入り口で指定されたパスを使わなければいけないことも多いし、そういう聡樹に役立つのがピッキングだ。
東京は狭い、ビルはぴたりと横並びだ。
非常階段が隣のビルの屋上に出れる陽になっており、それを利用し敵企業の屋上へ潜入。
大体が警報器付きの鍵がかかったドアだ。
けれど監視カメラがないことが多く、鍵と言ってもデジタルではないものがほとんど。
非常用ということもあって結構簡単な作りとなっている。
そういう時にピッキングを使う、ピッキングし、一切の強い衝撃を与えることなくドアを開けることで会社への潜入は完了する。
無論息子の部屋の鍵の形状は記憶している。
ピッキングツールを使い、回せば息子の部屋の鍵が開くのが分かった。
ドアノブを回し、ある程度の力を込めて押すが、やはり部屋は開かない。
かなりの力、全体重をこめておすが息子の部屋のドアはピクリともしない。
そういえば昔強盗が入ってきた時の対策としてバリケードの設置方法と室内での戦闘について教えたなと思い出した。
これ以上押すのは無駄だろう、押したところで壊れないようにバリケードを作るだろうし、息子は愚かだが馬鹿じゃない。
作戦の第一目標は達成した、今日はこれぐらいでいいだろうと思い、息子の部屋の前から去った。
ーー
ちゅんちゅんとスズメの鳴き声がする、これが朝チュンかと馬鹿みたいなことを思いながら目を覚ます。
時計に映る時刻は朝の九時、昨日の冷やし中華には|睡眠薬が混ぜられてはいなかった《・・・・・・・・・・》。
最近製薬会社が本気を出して、睡眠薬に色をつけていると聞いた。
もし出汁に混ぜたとしてもその痕跡は残る、冷やし中華にかけでもしたら丸わかりだ。
つまり、睡眠薬が散布されていたのは食器か、もしくは皿の周り。
無論冷やし中華になんらかの、それこそ市販ではない睡眠薬が撒かれていた可能性は十分にある。
父の目標は詰まるところ、疑心だ。
おそらく二つの目標があったことだろう。
第一目標はまず俺を睡眠薬で眠らせ、その隙に部屋に侵入。無理矢理にでも運び出し、バイト先にでも預ければ俺はどうしようもなくなる。
だからこそバリケードを気づいた、父の足音が聞こえた瞬間、階段の軋む音のデシベル数値と歩幅の感覚、それらを計測し父が来たと理解した。
父の侵入は防いだ。あまりにも危険な賭けだったが無事に勝利し、バリケードが突破されることはなかった。
問題は第二目標だ。
俺には今、正確に、どれに、どう、どういう睡眠薬が使われたのか検証する力がない。
つまるところ、昨日の一連の行動は実質降伏勧告だ。
これから母が置く食事も、母からのものか判別できない、もしかしたら母が敵かもしれない、父と組んでいるのかもしれない、もしかしたら自分をはめるためになんらかの手段を講じてくるのかもしれない。
そう、疑心だ、疑心というのはどうやっても、計画的な人間ならば最も警戒すべき物だ。
言外に父はこう言っている、降伏しろ、部屋から出てこい、食事も取れずに餓死をする気か、と。
ーー馬鹿にしている、こんなことを想定していないとでも思っていたのか。
ーー
更に、一週間が経った。
息子はいまだに、部屋から出てきていない。
人間食わなきゃ生きていけない!
ひきこもり、どうするんだ君は!?
食料の供給がなくなった今、どうなっちゃうの!?
次回、引きこもり死す。 紅茶スタンバイ




