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喫茶店とバイト君

今日もまた忙しい毎日が始まる。

店を開ける前にまず、起きる同時に顔を洗い、全力で気合を入れて野菜の仕込みをする。

基本的に軽食しか扱っていない、例えばサンドウィッチとかサラダとか、その辺のものだ。

常連さん、特に大島さんのためにはハンバーグやらスパゲティやらを作るけれど、繁盛し始めてから来なくなった。


だから用意するものはサラダ用野菜とサンドウィッチ、前もって作っておいて業務用冷蔵庫にある程度の数を貯めて、紅茶は効率的に入れられるようにメニューを減らした。

頼まれない紅茶というのは確かにあった。一部の物好き、例えば蜜柑さんとかしか飲まない奴があった。

けれど彼女はもう来ないし大体の人はアールグレイかイングリッシュブレイクファースト。その二種類と、淹れやすい物を残してメニューを変えた。


デザート系のメニューも手間がかかるばかりで、あまり出ない物は無くした。

元からメニューには載ってるが、無い、常連さんもよく冗談をこぼしていたけれど今だとお客さんにこれはないのかと聞かれてしまう。

なのでそういうメニューを失くして簡易化した。


できるだけ効率的にお客さんに食事と紅茶を出せるメニューになったと思う。

最近使い始めたのだがある程度負担が減った。


普段は開店してからしばらくお客さんは来ない、けれど最近は別だ。

開店時間近くになると、店の前にもう人が並んでいる。

なのでそれまでにできるだけ店の掃除をして、食器類をチェック。

朝出るメニューを脳内で反芻し、意を決して開店。


それから一日、注文を取り、皿を洗い、紅茶を淹れ、食事を出し、注文をとり皿を洗い……。

まさに延々と同じ作業を続ければあっという間に日は暮れて閉店。

カウンター内、収納棚に置かれた小説を開くことは最近ないに等しい。


働き詰めで、全力で食事を出し紅茶を回す。仕入れの量も必然的に増えたし、疲労も数千倍だ。

いつも泥のように眠り、毎日同じことをする。


今日もまたお客さんが写真を撮るだけで残した食べ物をゴミ袋に入れて捨てる。


店の中の掃除も前よりも大変だ。

他の店で買った飲み物とかを店に持ち込んでそのままゴミを置いていく人がいる。

こっちが仕事で忙殺されて、注意とかそういうのもできずに我が物顔でそういうことをしていく。


段々と心がずりずりとすり減っていくのがわかる、正直な話辛い。疲れ果ててると言っていい。


いつも通りシャワーを浴びて、寝巻きに着替えて部屋に戻ると、叔父さんが椅子に座っていた。

夜はバーのため、叔父さんはバーテンダーの服装をしている。

今日も相変わらず同じで、きっちりとした格好をしながら真面目な顔で座っていた。

普段のふざけた顔とは似ても似つかず、首を傾げる。


「どうしたの?」


「……その、喫茶店は大丈夫なのか?忙しいようだけれど、一人じゃきついだろう。俺も昼間手伝ったほうがいいんだったら言ってくれ」


なんだそういうことか。


「いや、この店だって維持費ほとんど夜のバーから出てるでしょ?喫茶店の売り上げと桁が一つ違うし、今はまだどうにかなってる。心配しないで」


「だがな、いつもだったらこの小説面白かったとか、お客さんの話をしてるお前が、最近じゃあ疲れ切った顔で風呂に入って寝る、その繰り返しだろ」


「そりゃあお客さんが増えたから疲れるけど、でも、やりがいがあるよ。前までが静か過ぎたって気づいた」


「……」


「それに最近は仕事中に休むのも上手くなってきたし、大丈夫」


「……お前の父さん、俺の兄に当たる人も働き詰めで体を壊したことあるんだ」


神妙な顔で、叔父さんは続ける。


「会社の人に迷惑をかけられない、今が踏ん張りどきだって頑張りすぎて、精神をおかしくしちまって病んじまった。治るまで何ヶ月もかかったし、お前の母さんも凄い疲れてた」


「……」


「お前も父さんに似て、責任感が強いし、何より頑張っちまう。けど頑張らないことも覚えておいてくれ。いつでも逃げていい、維持費はお前も言った通りバーで出せる。だから最悪店を閉じてしばらく休んでも俺は文句を言わない」


すごく真剣な顔で、叔父さんはそう言うと部屋を出て行った。


確か同じような表情を前に見たことがあった。

いつだっただろうかと考えて、思い当たったのは家族を亡くして引きこもっていた自分と話していた時の叔父さんで、同じく家族を亡くしたはずなのに、自分を気遣ってすごく優しくしてくれた。


浮遊感と、罪悪感が湧いてきて、思わず息を飲んだ。


店は繁盛している、お客さんも前より増えた。けど、これが僕がやりたかった喫茶店なのだろうかと聞かれても、今は頷ける自身がなかった。




ーー




夜のバー、静けさに包まれた中、時計の音が響き渡る空間。

バーテンダーである浩二は客の前にカクテルを出し、グラス磨きに戻る。

今日来ている客は常連の社長さんの、その部下の一人だった。

部下と言っても年齢はある程度行っている、浩二よりも年上だし、何より表情と雰囲気が老いをありありと表していた。


カクテルを少し口に含み、眉間の皺を解すと、そっとその口を開いた。


「……息子とは、どう接すればいいんでしょうね……」


酒の力を借りなければ話せないこともある、だからこそ今日来たのだろう。

バーテンダーとしていつも通り浩二はグラスを置いて耳を傾ける。


「あいにくと、私は独身なので分かりかねますが、確か息子さん高校生でしたよね」


「はい。最近反抗期真っ盛りというか、私の顔を見るなりにらんで、逃げて、母さんは甘やかすばかりで現実を見ちゃいない……」


「難しい年頃は誰にでも来ますよ」


「難しい年頃だろうと、未来を考えれば引きこもりなんて言語道断、学校で問題を起こして家にこもり、食事の席にもつかない。いったい私はどうすればいいんだ……」


「引きこもり、ですか。うちの甥もこの前まで家から出られない状況だしたよ」


「その言い方から察するに、出られたんですか」


「ええ、状況は違いますが、きっかけが重要だったんじゃないかと思います。この店から出られず、自身を守っていた。けれど他にも大切なものができて踏み出そうと決心した、そう言うきっかけで外に出れた」


鏡花が外に飛び出して行ったのを、二階の窓から見て、涙したのを覚えている。

漫画家先生とやらと共に、走ってよく来る女の子のために鏡花が動いたのだ。

その時のことを思い起こせばまた涙が出てきそうでよくない、歳をとると涙脆くなる。


お客さんはきっかけ、きっかけかと呟いて。


「この際、無理矢理家を出すべきですかな」


「それは悪手じゃあ……?何か条件付きで出してみてはどうでしょう。例えばインターネットを止めて、バイトをするなら再開すると言うとか」


「……そうか、息子がハマっているネットゲームとやらもできなくなる、そうなれば嫌々外に出るかも知れない」


「ええ。学校は流石にハードルが高すぎて、インターネットよりも優先してしまうかもしれない。だからまずは外に出す、小さいハードルを次々に越えさせて、最後の学校に誘導すれば……」


「自ずと息子は学校に行くようになる、と」


「おそらく、ある程度の変化は起きるでしょう。念のため自殺できそうな道具は全部隠しておいてください。精神的に参ったら人が何をするかわかりませんから」


「体験談ですかな?」


「ええ、甥のね。……そうだ、もし良ければうちでバイトしませんか?」


「バーですか?いやでもそれでは昼夜逆転生活が……」


「違いますよ。今甥がやっている喫茶店がだいぶ忙しくて。猫の手も借りたいぐらいなんです。甥には私から説明しておくのでこれから始まる夏休みの間バイトとして雇いましょう」


「いいんですか、でも流石にそれだけやっていただくわけにわ……」


「いえいえ、どちらにしてもバイトは探す予定でしたから」


「……今度菓子折りを持たせて息子に来させます。その時に面接でもしていただいて、雇う雇わないはそちらで決めていただければ」


「わかりました。水曜日が定休日なので明後日空いているなら」


「もちろん、息子は世間一般で言う引きこもりですからな。絶対に向かわせます」


「それと、折り入ってご相談なのですがーー」


ーー


翌日、また疲れ果て、ベッドに寝転がり眠ろうと部屋の扉を開くと、またしても叔父さんが椅子に座っていた。

前置きは無しにしてと、一言呟くとバイトを喫茶店で雇う話を始めた。知り合いの息子さんが引きこもりで、今どうにかしたいと言っていること。話の流れで初めてのバイト先をこの店にするとしたこと。水曜日に面接すること。


「と、言うことでバイトを雇うことになったから面接頼む」


「うん、突然すぎてどうすればいいのかわかんないんだけど…….?」


思わず僕はそうこぼすのだった。

どうなってしまうのだろうかと、疲れ切った脳みそで考えるのであった。


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