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喫茶店と小説家

お待たせ

喫茶店というのはいてして静かな物である。

聞こえるのは本を捲る音、食器を置く音すら静かに流れる時間の効果音のようだ。

人々が各々に好きなことをしながら、趣味を自分の机の上に広げてそれぞれ喫茶店という空気を味わっている。


なるほど確かに、繁盛している店からすれば長く居座る客は迷惑だろう。

忙しい時間などは丁重にお帰りを願うかもしれない、けれどそれは繁盛していればの話だ。


ここは商店街の裏通りと呼ばれる道にポツンとある喫茶店。

知る人ぞ知るーーといえば聞こえはいいのだけれど、決して繁盛していない閑散とした店。


それぞれ好きなことをするお客さんを見ながら、クイーンを動かせばチェックメイト、眼前から唸る声と待ったの一言が聞こえる。


見下ろせば黒髪をポニーテールのように短くまとめ、無精髭を生やす中年に片足を突っ込んだ男性がいる。

ポロシャツにジーンズ、椅子にかけたジャケット。


「待ったは無しですよ。それにこれもう五回目じゃないですか」


「ふむ、繰り返しは世の常だよ君。と言うことで八ターン前まで戻っていいかい?そこからならやり直せる気がするんだ」


ドヤ顔でそんなことを言う、整った顔で言おうが馬鹿っぽいことに変わりはない。

それに。


「仮にやり直すんだったら34ターン前まで戻らないとダメですよ」


「34?それぐらい戻れば勝てると言うことか!よしもどそうじゃないか!盤面を覚えているかい?」


「そりゃあもちろん。まずポーンをあなたから見て二列目にまっすぐ並べてください」


「うんうん」


「そしたらキングをクイーンの隣に。それからーー」


「ふむふむ、うんぶっちゃけ最初からやり直さなきゃ勝てないって言ってるのかなぁ!?」


おっと、珍しく察しがいい。


「繰り返しは世の常、とか格好つけてましたけど、あなたが締切から逃げるのも世の常なんですか?冬月さん」


「ふむ、凶器はしまっておくべき物だぞマスター君。特に作家にその凶器は聞くからね、ざっくりといく」


「別に僕はどうでもいいんですけど、編集さんが店に来てコーヒーに酔って帰るの知ってるでしょ?」


「そうだねぇ、酔った彼女これまた面白いからね、まあ善処するよ」


「止める気がないとしか聞こえなかったんですがそれは」


「何、喫茶店に来てまで仕事の話はよそう」


チラリと、冬月さんの手元にあるラップトップに視線を落とす。

たまーに、冬月さんはふらっと店に来る常連さんの一人だ。

こうやってラップトップ片手にマスター君、いつものを頼むよと格好をつけてラップトップを開く。

そして数十分作業したかと思えば話しかけてきて駄弁る、ある程度するとまた戻る、その繰り返しだ。


大体月の半ばに来るのが多く、多分その辺りが冬月さんの出版社の締め切りの時期なのではなかろうか。


冬月さんはグダグダと何かを言ったかと思えば、そういえばと話を切り出した。


「ちょっとしたアンケートいいかな?」


「これまた藪から棒に」


「棒は棒でも今回は面白い物だよ。新作のヒロインの容姿を決めあぐねていてね。いつも通り短髪黒髪美女で行こうとしたんだが、編集さんに『いつもそれじゃないですか!?今回異世界なんでそれっぽい容姿でお願いします!』と言われてしまってね」


「はぁ、それでアンケートですか」


「ああ。今考えているのは喫茶店をする赤毛美少女がバイトのヒロインに、これじゃあお店潰れちゃいますよーって言われる感じの話だ。それで転がり込んでくる事件を解決し大金ゲット、って感じの」


「赤毛、ですか、珍しいですね」


小説とかではあまり多くない気がする。異世界といえば金髪か銀髪ではなかろうか。

ヒロインで赤毛はあっても主人公で赤毛はあまりない気がする。


「君が言うと説得力があるよ。まあそれは置いておいてヒロインの容姿何か、意見はあるかい?」


「歳は決まってるんですか?」


「うん、大体高校生ぐらいの予定だね。ロマンのために」


「そうですか、ロマンは大事ですね。高校生でヒロイン、なら銀髪とか……」


「ほう、想定外だな。てっきり君のことだから黒髪長髪の女性に行くのかと思っていたんだが」


「どう言う意味ですかそれ……?」


なんとなく思い浮かんだ色を言って見ただけなのだけれど。


「ほら、OLの女性がよく来ているだろう?紅茶を飲み干しメレンゲを貪る幸薄そうな子」


「蜜柑さんですか、それ絶対本人に言っちゃダメですからね……?最近新人がDQNで精神的にやばいって泣いてましたから」


「まぁそれぐらいの分別はあるさ。それじゃあ髪の色は銀髪で。長さはどれぐらいがいいかね?」


「長髪とかどうですか、イラストとかにした時に映えますし」


グラスを拭きながら、適当に浮かんだ姿を答える。


「随分と業務的な理由だな。まあ銀髪長髪か。それで瞳の色は?」


「瞳の色、ですか。黒眼でいいんじゃないですか?銀髪とコントラストで映えるし」


やはりグラスを磨くのはいい、心が落ち着く。


「ふーん、随分と具体的だね。体型は?すらっとしているか豊満な感じか」


「セクハラですか?もし僕が女性だったら普通にセクハラですからね?」


「わかってるさ。照れる君を見て面白がっているだけだ、許してほしい」


「許す理由がありませんけど、やっぱり豊満でいいんじゃないですか?」


「ふむ、マスター君は巨乳好きと。まあ大体これぐらいの情報があれば十分だろう」


色々と否定したい要素があるけれど、満足げに頷いて冬月さんはラップトップにメモの内容をタイプしていった。


ちゃりんちゃりんと、静かな喫茶店に鐘の音が響く。

時刻はそろそろ四時半、この時間に来る人物といえば。

ふんわりとした銀髪が風に運ばれて揺れる、藍色の制服と短めのチェックのスカート。

女子高生らしい制服に黒色のタイツ。


彼女ーー飯田さんは満点の笑顔を浮かべて。


「鏡花さん、こんにちわ」


「いらっしゃい」


いつも通り彼女はカウンター席の左から四席目、ちょうど僕の目の前あたりに来る場所に座った。

肩掛け鞄を机の上に置いて、深呼吸を一つ、薄く紅色が入った頬から見て走ったのだろうか。


「学校どうだった?」


「大変でした。期末テストが近いので友達も結構嘆いてて。私も勉強しないとまずいかもしれません」


「もうそんな時期か。それと注文はいつもので?」


「ええ。鏡花さんは、今日何かありました?」


「チェスで二十回勝った以外にはそこまで」


「ちょっと待った、君たち。主にマスター君。僕は二十回も負けていない、十八回だ」


二席開けて座っていた冬月さんがムッとした顔で話に入った。

素早い動きで荷物を動かし、飯田さんの隣に座ると、なぜか妙に納得した顔を浮かべて。


「十八回だ」


「そっそうなんですか」


「近くて女子高校生が怯えてますよ」


「なあに怯えられるのは悪い気はしない。下手に好意的に話しかけられるよりよっぽど素直で話しやすいさ」


「相手からしたら逆ですけどね」


「そうとも言うかもしれないね。ところで君はマスター君とはどう言う関係なのかな?具体的に、簡潔に聞くならば彼女かな?」


違う、そう否定しようとするが、飯田さんが怒りか何かでぷるぷると震えている。

しかも顔も赤い、怒ってるのだろうか。


「かっ彼女なんてっ!違いますよ!」


ふっと、彫金屋のおっちゃんが笑う音が聞こえて。本を捲る音が止まり。タイピング音が消える。

静かな店で、全員が聞き耳を立てていることに気づいて、飯田さんは口を閉じてシュンっと座り込んだ。


「違いますね」


「なんだ。つまらないな。君らは高校生なのだからモテるモテないで一喜一憂するものだろう?」


「そうですね。確かに小説とかではそう言うのが多い気がします」


「君も若いんだ、いい子を紹介しようか?うちの編集君なんてどうだい?」


またまたご冗談を、そう零そうとするけれど理解はしてくれないし、野暮という物だから黙っておく。


けれど飯田さんはなぜか焦った様子で口を開いて。


「だっだめですよ!鏡花さんはその…….」


「?」


「ほうほう、その……なんだい?」


「ですから、その、いえ、なんでもないです…….」


「まあ冗談だから心配しないほうがいい、それにマスター君に言いよる女性がいたら厳正なチェックのもと身辺調査をさせてもらうからね」


「…….やってませんよね?」


つい聞いてしまった。

けれど冬月さんはハハハと笑うだけで答えを濁して荷物を持った。


「さて、編集君が来ているし、僕はもう行くよ。では若者たちよ、青春を楽しむことだ」


窓の外、黒のスーツにタイトパンツの編集さんが来るのが見える。

黒髪短髪、すらっとした体型。


「あれで多分気づいてないんだろうなぁ」


ヒロインに黒髪短髪しか使ってこなかったーー多分それはそう言うことなんだろう。お代をおおめにおいて、釣りはいらないよと言って冬月さんは出ていった。


その背を見て。


「本当に気づかない人も結構いるんですね」


「?まぁ、そうだね」


「はぁ……そうですね」


なぜか思い切りため息を吐かれてしまった。




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