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喫茶店と大島さん

夏休みに入り段々と外の気温も本領を発揮し始めているようで、朝起き他時に非常に汗をかいていることが多い。なにぶん煉瓦造りの建物なので、熱がこもるし、それが逃げることはない。よって蒸し風呂状態になることが多々有り夏場は本当に辛い。


朝の日課はあいも変わらず喫茶店の掃除をすることからだ。入念にゴミが落ちていないかを確認し、机や椅子は綺麗に掃除が行き届いているか見て、汚れがあれば布巾で綺麗に拭く。せっかくお洒落な雰囲気の店に入っても、ゴミが落ちていたりすれば興醒め甚だしいというものだろう。


あまり汚れるようなものを出していないこともあって、軽くメレンゲの欠片や埃などを清掃すれば汚れ一つない店に変わる。空調の電源を入れて、店の電気をオンに。しっかりと光が灯るのを見て満足げに頷く。LEDを使っていないせいで電球の寿命が短いのだ。無論の方が明るい上に寿命が長いというのはわかっているのだけれど、LEDの光は何故か暖かさとかそういうのが感じられなくて、使う気にはなれない。


さて、本当ならば軽く料理の下拵えを終えて、朝食をつまみ、本を読み始める所だがそうもいかない。下拵えを前の数十倍しなければいけなくなってしまったのだ。数日前に店に訪れたブロガーの男性が有名だったのか、記事が受けたのか知らないけれど、連日大盛況が続いている。客の回転率が非常に高く、二十食かそこらしか出ていなかった料理も、今となってはゆうに百を超えていた。普通の飲食店と同じぐらいなのだろうけれど、この大通りとは外れた通りの店としては上々だろう。


流行りと言うのは凄いもので、うちの店に今まで一度もなかった行列というのができていた。店の前に椅子を少し出しておかなければいけないほどで、忙しい時は何十人も並んでいる。しかもまた、行列というのは集客効果があるのか、どんどん人が来てすく事はない。やっとこさ落ち着けるのは閉店一時間前ぐらいで、それまでテキパキと働き料理をし続けなければいけないほどだった。紅茶も素晴らしいほど売れていて、淹れるのが間に合わないほど。ティーパックを使いたくなるが、高級品の茶葉達が勿体無いし、こだわりというのがある。


売り上げは数十倍、この店初めて以来快挙の黒字だ。常に家計簿が真っ赤だったというのに今は黒が並んでいる。利益というのはまさにこのことで、ゆっくりとだが貯蓄ができてきている。今までバーの売上で賄っていた仕入れ料なども、今は店の売り上げでできるようになってきていた。


店としては健全、閑散とした店が今はどこかに消えている。夢の黒字だ、客がたくさん入っていることも願ってやまなかったことだ。けれど、何故か、何故かほんの少しだけ違うような気がするのだ。


きっと今の利益、というか夢が現実となった事態に脳が追いついていないだけで、じきになれるだろう。手にしたものが大きすぎて困惑するのは誰にでもあることだ。


考え事をしながら、単純作業で切っていた野菜の数々をボウルに入れて冷蔵庫にしまい、店の外に出た。生暖かい空気を浴びて、今日も暑くなるだろうなと思う。


あの日、大島さんを誘いに忍び込んだ時にリッタ先生が連れ出してくれたおかげで、今は外を出歩けるようになった。まだ学校とかそういうのには少し抵抗があるのだけれど、適当に散歩するぐらいは問題ない。夏祭りは一週間後、当日、迎えにいくと言ったのだけれど全力で断られて店で集合ということになった。どうにも家族がちょっと特殊で恥ずかしいのだとか。気にしないと言ったのだけれど首を縦に振らなかったので、渋々承諾した。


それと、店の盛況とは正反対のことなのだけれど定休日を設けることにした。ドアのところにカレンダーを貼って、いつ店が閉まってるかをかいている。ちなみに毎週木曜が休みだ、常連さんも少ないし何より祭りの曜日なのだから。


店のドアを開くと、見慣れた顔があって、今考えていただけに無性に恥ずかしくなってきた。朝陽に照らされてキラキラと輝いている銀髪に、高校の制服を着た大島さんの姿がそこにあった。思わず顔を逸らしてしまったのだけれど、彼女も似たようなもので、頬を朱色に染めてそっぽを向いている。


なんだこの空間は、静寂があまり心地よくない、なんというか落ち着かない。

ここは何かの話をすべきだろう、そうだ天気の話だ、天気の話は万能なのだ。


「「あっあの」」


ーーなんでだよ!?こんなにピンポイントで被ることなんて殆どないだろう!?

おかしかったのか、大島さんは笑って。


「鏡花さんからどうぞ」


「えっと、今日の天気は晴れらしいよ」


うん、今自分で言っておいて何言ってるんだこいつと思った。天気の話をするにしてももうちょっとやりようがあるだろう、私は機械かマシンなのか。大島さんは愉快そうに笑って。


「緊張してどうしたんですか?」


「いや、なんでもない。それでもう夏休みに入ったんじゃなかったっけ?」


紺色の制服を見て問いかけると、彼女は「あー」と前置きをして。


「補習ですよ。一応勉強していたんですけど、やっぱりわからないところが多くて」


「ああ、そういうことか。それにしても今日も随分と早いね、朝ご飯でも食べてく?」


「そうしたいところなんですけど、今日はいつも送り迎えしてくれる人にメレンゲを買っていこうと思いまして」


チラリ、と彼女が通りの端、道路の方を見れば黒塗りのなんだか高そうな車が停まっているのが見えた。素性とか、どこの家とか知らないけれど、なんだかんだ大島さんの家は裕福そうだ。送り迎えしてくれるということだけど、父親とか言っていないし、わざわざ運転手がいるのだろうか。いやまあ気になるけどプライベートだ、踏み込むものじゃない。


「家族想いなんですね」


「小さな頃からお世話になっていますから、たまにはこうして孝行してあげようと思って」


照れ臭そうに頬をかいて、あははと彼女は笑う。先ほどから頬が赤かったのは照れていたからか。つまり普通に緊張したりして頬を赤くしていたのは私だけだったのか。いや別になんとも思わないけれど、いや別に、ね。自分はあの日の事を思い出して真っ赤になってしまうっていうのに彼女は随分と落ち着いていてずるいなと思う。


メレンゲを少し多めに紙袋に入れて、彼女に渡し、もらった代金をレジに放り込んでおく。朝が早いのか、彼女はお礼とまた来ますといって、足早に車の方へと行ってしまった。別段緊張してるわけでもなんでもなかった、うん、いや気にしてないけれど。


今日も忙しくなるだろうし気合を入れていこう。




ーー




真っ直ぐと眼が見れない自分がいる。いや別に小学生じゃないのだから目を合わせることぐらいできるはずだ。けれど蛇に睨まれたように動けなくなって無性に動悸が早くなるので無意識に避けてしまっている。


正直にいえばきっとあの日のことが響いているのだろう。喫茶店で誘ったけれど断られてしまったあの日、恥ずかしくて若干悲しくて鬼瓦にも心配される始末で。どうやらお爺ちゃんと鬼瓦の二人で喫茶店に行くことがあるらしくて、お爺ちゃんも一度夏祭りに誘ってくれたそうだ。

自治会と少しコネがあり、特等席を何枚か斡旋してくれたので、私の隣の席の券を渡そうとしていたそうだ。偶然隣り合わせに座ってしまったという体を装うとしたそうだ。


それも断ったらしく、ダメ元で頼んだのだけれど、やはり断られれば落ち込むもので、学校でも落ち込んでいたた。鏡花さんの幼馴染だという水月さんにはあんたらバカなのとまで言われるし、散々だった。

店にもいかなかったせいで、なんだか気まずくなってどんどん足が遠のいてしまった。そしてグダグダとどうしたらいいかわからなくなった時に事件は起きた。


随分と廊下や、校庭が騒がしかった、やれあれは誰だとか、転校生かとか、私に話しかけてくれるお友達も同じ話題で盛り上がっていた。なんでも超絶美少女の転校生が学校に来ていると、外人さんらしくてどこのクラスに転校するのだとか、話題は尽きない。


やけに廊下が騒がしくなって、突然ドアが開かれたかと思えば、そこにいたのは橋下さんだった。そりゃあ騒がしくもなる、こんなに綺麗な人が学校にこればみんな話題にするのも仕方がない。問題は何故ここにきているのかとか、そういうのだったのだけれど、うまく言葉が出てこなくて。


それなのに自信満々にこっちに来て、緊張した様子もなく断った事を謝って、私を夏祭りに誘ってくれた。彼女にも事情があるのは知っていたし、断られた事を責める気もなかった。けれど自分のせいだと言って、彼女は真っ直ぐと手を伸ばし、誘ってくれた。


笑顔で頷いて、その手を取って、祭りに行くと言ったはいいのだけれど、どうするのか考えていなかったらしく、手を握ったまま何秒か経った。

クラスでも男の子達が私を誘うとか、誰が誘うんだとか話していたみたいで、突然の鏡花さんの登場にクラスが湧くに湧いていた。本当に恥ずかしかったり照れたというのに、鏡花さんはひどく落ち着いていて、ずるいなと思った。


結局その日はお忍びできているみたいで、慌てて手を話した後、また喫茶店で話そうと言って教室を飛び出して行ってしまったのだ。その後私が、友達やクラスメイトにもみくちゃにされたのはいうまでもない。


今日だって鬼瓦にメレンゲを買うという口実を作らなければ来れなかったほどだ。今までは普通に喫茶店に行っていたのだけれど、なんだか恥ずかしくて行けてない。理由づけしなければいけないのが情けない。


車に乗り、運転席に座る鬼瓦に無言で紙袋を差し出した。


「これ、メレンゲです。おつまみに食べたいって言ってたでしょ。いつもありがとう」


「なっまさかお嬢がそんなことを言うなんてっ!?これはどうやって保存しておけばっ!?」


「食べればいいでしょ。それと、ずっと私と話す時だけ、昔の三下の時の喋り方してるの少し感謝してる」


今はもう若頭ーー子供の頃は三下だった鬼瓦も今は若いのを従えて、ほかの組の人間にも尊敬される男だ。そんな鬼瓦は昔と変わらずに接してくれる、それに救われたところが多々ある。もちろん、詳しく説明なんてしてやらないけど感謝は伝わったみたいで鬼瓦は笑っている。

入院していた時と比べて、今の人生は満ち足りているーー深くそう思った。













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