第5話『わ、私なら、大丈夫、だよ……?』
「ようこそ、弐々村朝灯、明星ひなた」
空き教室には玉藻式姫が机の上に腰掛けて、朝灯とひなたを待っていた。オレンジ色の夕陽に照らされたその姿は、昨日の事もあって魔女の風格を漂わせていた。ドイツ人の血が混じっているらしい亜麻色の髪の毛はそれに拍車をかけている。
「心の準備はできたかな? もっともさっぱりと割り切って恥じらいも感じないようじゃ、なかなか難しいけどね」
朝灯とひなたは黙り込み、お互いあさっての方向を向いてしまった。
「準備……できてないみたいね、まぁしょうがないか。んじゃちょっと復習しますか」
式姫は苦笑しながら黒板に向かい、説明する為にチョークで図を描いていく。
「人間は肉体と魂の二つで出来ている。肉体は休養や食事で回復できる。魂は会話や文化などの心の潤いで回復する」
チョークは順調に図を描いていく。
「ひなたちゃんは急激な再生の副作用で魂の回復が困難になった。だから死から最も正反対の精神エネルギーである繁殖する際に沸きあがる感情……つまりえっちな気分で魂の回復をする必要があるってことなのだ!」
「だからたこ焼きの話はすんなっつっただろ!!」
「だからこれは人間だっつってんでしょ!?」
「どう考えても青ノリだろ!」
「髪の毛だって!」
「爪楊枝だろ!」
「手足だよ!」
どうでもいい一連の流れ。何も言わずにひなたが書記につく。
「……んで、いつまでもえっちな気分じゃあれだから、名前をつけた。純情。ひなたちゃんは純情を溜めて魂の回復を行う」
「ひでぇ名前だ」
「うるさい! 純情が大量に溜まれば完全な魂の回復にも繋がる、ひなたちゃんは魂の回復機能を取り戻す事ができるの」
式姫はたこ焼きの一件から不服そうに事務的に事実を述べていく。
「純情は誰かに溜めてもらう事はできない。あくまでひなたちゃん自身が自分から生み出す必要があるの。絶対に輸血できない血液だと思ってもらって構わない」
「はぁ……」
「その為に今日からひなたちゃんと朝灯君の二人で、純情を溜める為の儀式をしてもらう」
「そう面と向かって再度言われると恥ずかしいからやめてください」
「えーいいじゃん、朝灯君的には同い年の可愛い美少女に合法的にエロい事ができるって話でしょ? しかも大義名分つき、何これ。我ながらすごいシチュエーションだわ」
式姫はけたけたと気楽に笑った。朝灯は溜息をつく。
「ただでさえ生き返らせてもらって、そのうえにこんなはしたない事まで手伝わせてしまって……ご、ごめんなさい、弐々村くん……」
「あ、いや、俺が死んでたかもしれないし、それは別にいいっていうか(むしろ望むところだ、揉ませてもらうぜ)っておい!? 先輩勝手にアフレコしないでくれ! あ、あー!! 違うんだ明星!」
式姫はクヒヒ、と不気味に笑いながら離れていく。
「ねぇねぇ、その呼び方もあれだからさぁ、お互い名前で呼び合うぐらいのことはしようよ、そういう所から純情溜めていこうよ」
「いやいや、いきなりそれは難易度が高いというか、明星に対して失礼だろ」
「私は、構いません」
珍しくひなたがはっきりとした口調でそう答え、朝灯は少し怯む。
「……じゃあ、えっとひなた……さん」
「昭和か! ほらひなたちゃんも」
「えぇええ、でも、う、うぅ~っ……あ、あさ、あささ……あさ……」
やや朝灯もドキドキしながらひなたの言葉を待つ。
「あ……あさ、アサティウン!!」
「残機が減った!?」
「あさ、朝灯くん……」
その呼び名に朝灯はくすぐったい心地良い感じがした、なんだか呼び名が違うだけでぐっと距離が近くなったような気がする。
「じゃあ、俺も……ひなたちゃん……」
「はうっ」
ずぼん! とまた瞬間湯沸かし器のように首まで朱に染めるひなた。
「はぁ~ん? ひなたちゃんはまぁキャラ通りでいいとして、朝灯君のひなたちゃんっちゅうのはなぁ、そんぐらいじゃきょ~び通りまへんで?」
「先輩の言っている意味が分からない!」
「男らしく呼び捨てぐらいせなあかんて、チチ揉んだりケツ触ったりすんねんで?」
「オブラート! オブラート!」
「あ、あのっ……わ、私も、呼び捨てのほうが、その、えろ、えろりあもたくさん溜まるんじゃないかと思いますです……っ!」
「ほんま淫乱やでこの女ーっ!!」
「さっきから少しは言葉を選べ先輩野郎ーっ!!」
何故か関西弁の鬼と化した式姫に一喝する朝灯。場が荒れすぎてもうどうしようもない。
「よ、呼び捨ての件は保留だ。さぁ、やるんならとっととやろうぜ」
「がっつき過ぎだろ童貞」
「やかましい! これは人命救助の意味合いもあるの! なんか言い訳がましいけど確かにそういう一面もあるの!」
「は、はい、私もすでに覚悟は決めています」
ひなたも恥を忍んで積極的である。朝灯はそんな姿を見て助けてやらなきゃいけないという決意を新たにする。
「はいはい、んじゃ復習続けるわ。純情――というか感情や精神エネルギーは観測が難しい不定形なエネルギーだから、一度にそんなに大量にストックする事はできないの、だから」
式姫はひなたに手を差し出す、ひなたは何かを察したのか携帯を式姫に渡した。昨日の時点ですでに準備を終えていた。
「この携帯に埋め込まれた純情石が一杯になった時に、一回の儀式は終了とする。専用のアプリを組み込んどいたからそれで分かるようになってる」
「死霊術ってえらく近代的なんすね」
「進化し過ぎた科学は……中略」
「面倒にならないでくださいよ」
「まぁ術に使えそうなものは何でも使うよね、聖書だって印刷所で作るじゃん。術式に血液が必要なら輸血パック使えばいいじゃん。古臭いイメージで死霊術を語らないでもらいたい」
式姫はやれやれこれだから最近の若いもんは、と中年のように呟いた。
「話が逸れたね、純情石に込められた純情の質は純情を溜める行為、つまり儀式の内容によって変動する。とどのつまりよりエロい儀式をすればするほど完全な魂の再生の近道になるってこと」
「エロの質って一体なんなんだろうな……」
深く考えてはいけない、そう分かっていても朝灯は悩んでしまう。
「他に何か質問はある?」
「……あのぅ、あまり朝灯くんに迷惑をかけたくはないので、短期的に純情を集める事ってできないのでしょうか」
ひなたが解釈のしようによっては凄まじく大胆な事を口走る。朝灯は目の玉が飛び出しそうになった。
「お、おおぉ……すごいな……肉食系女子……ま、まぁできなくもないんだけど、賢者タイムっていうのがこれにもあって、時間を置いたほうが効率がいい場合もあるの」
「賢者タイム……?」
ひなたが首を傾げる。朝灯は当然本日二度目のあさっての方向を向いた。
「おい、説明してやれよ朝灯君」
「先輩は都合の悪い時は必ず名指しで指名しますよね!? 絶対に説明しませんから!」
「ふん、ならいいよ。簡単に言うと、お腹すいてるほうが美味しく感じるよね。その美味しいと感じるエネルギーを集めるなら、定期的なリズムで儀式をしたほうがいいよねってこと」
「賢者タイムのくだりまったくいらなかったですやん!」
「てっへぇ♪」
ごん、と慣れていないのか式姫は頭を不器用にごついた。朝灯はその様子に呆れる。
「その定期的なリズムは一日1回。一日の終わりに充電器に携帯を繋いで、アプリから純情を送信すれば私のほうで純情を別の触媒に移し変える。純情石がたくさんあればいいんだけど、希少な宝石だからね、それしかないよ」
昨日の復習と言いながら、新たに詳細な説明を終えた式姫は、疲れた、とでも言わんばかりにぐだっと机に突っ伏す。
「さ、んじゃとっとと儀式始めなさいな、うん。イチャこけよ」
「イチャこけと言われても」
「えっちな気分になったらいいのよ。だからチチ揉んだりぃ、ケツ触ったりぃ」
「ちょっともう黙っててもらえますかね!?」
「あの……やっぱり、恥ずかしい、です……」
「はぁ? 死ぬよ?」
その通りではあるのだが、中々二人は動き出す事ができない。具体的な行動は分かっているのだが、いやしかし、もっと何か別の方法は無いか。
「っつか、あのう、見てるんですか?」
「見られているほうが上質、高密度な純情がチャージされるかもしれないね?」
「は、うぅっ……で、でも……ご、ごめんなさい……」
なんだかもっともらしい事を言われて、二人は悶えるしかなかった。朝灯ははたしてエロとは、純情とは一体何か、そんな無様な哲学的な思考に入ってしまう。
「わ、私……なんかじゃ、興奮できません、よね?」
身を捩るひなた、朝灯は生唾を飲み込む。ひなたは朝灯より身長が頭一つ小さく、細い。なのにそれなりに胸が大きく肉感的なスタイルだった。直後、朝灯は一夜の『Eカップ』という単語を思い出し、生々しい感情が溢れてしまった。
「眼鏡、外したほうがいいって」
「あ、はい、ん……」
返事を聞くより早く、朝灯はひなたの眼鏡を外す。幼さの残るあどけない瞳、目の前で見ると睫毛が長く、綺麗に澄んでいて可愛らしい。しかもそれに今度は妙な色気が重なり、朝灯は自分の頬がカッと熱くなるのを感じていた。
眼鏡を机にのせ、朝灯はまずひなたの髪を撫でた。
「ひゃ、ひゃああっ……あ、あさひ、朝灯くん……」
「あ、あ、ごめん!」
「お、おぉおおお……っ」
ギャラリー(玉藻式姫)が少し煩いが、朝灯は自然と手を動かし、ひなたを撫でていく。
「あ、んっ……」
桜色の唇、朝灯とは全然違う髪質。幼い印象からはややアンバランスな胸。それらが茜色に染まる教室に映えて、朝灯は興奮を高めていく。
「明星……」
「朝灯くん……」
「お、おぉおおお……っ」
髪を撫でる、優しく。
「明星……」
「朝灯くん……」
「おい、お前等、おい」
髪を撫でる、優しく。
「明星――」
「このクソ童貞がぁあああっ!!」
式姫からひどい罵声が浴びせかけられ、朝灯は驚き急いでひなたから離れる。
「あ? あ? お? あ? おまんら舐めとんか? お? あ? 学園二年生にもなってさっきから髪ばっか撫でやがって! 幼稚園児か! ペッティングぐらいせんかいね!」
「ペペペペペペペペッティング!? っていうか先輩マジでどこの出身ですか!?」
「めんどくせー! めんどくせー! なんだよもう、据え膳だよ、これ以上無いぐらいの据え膳だよ!? 女が待ってんだよ! 誘ってんだよ! 押し倒せよ! 剥ぎ取れよ! 身包みはいだらいいじゃん! はいだらー! ああもうこいつとんだ草食系だよ! 少子高齢化! 少子高齢化ここに極まる! なさけねぇ! お前それでもちん――」
「あ、あの、朝灯くんっ……」
とんでもないことを口走りそうになった式姫の言葉を遮り、ひなたは勇気を出して声を出す。
「わ、私なら、大丈夫、だよ……?」
「いけ! そこだ! 押し倒せ!」
「もうほんと先輩どっかいってくれませんかねェえええええ!?」
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