第2話『死霊術大原則、人間は身体と魂の二つでできている』
朝灯は背中に抱えたひなたに生の温もりがある事が嬉しかった。式姫に導かれるままにひなたを背負って式姫の家に招かれたのだった。
朝灯はすぐに救急車で精密に検査する事も考えたが、式姫の言う事に従ったほうが良いと直感した。眼前で奇跡を突きつけられてしまうと、式姫が特別な存在に思えてくる。
「そこに寝かせて、まだしばらくは目覚めないはずだから」
当たり前のように式姫は自宅の地下室に朝灯達を迎え入れる。朝灯は柔らかなベッドにひなたを寝かせると、しっかりと式姫に向き直る。
「……ありがとうございます、玉藻先輩」
朝灯はたくさんの疑問や質問を飲み込んで礼を言う。ひなたを救ったのは紛れも無く式姫であったから。まずは何よりも礼を言った。
「あれ、私の事知ってた?」
「ちょっとした有名人ですから、頭が冷えたら思い出しましたよ」
亜麻色の美しい髪、容姿端麗、成績優秀の天才、奇行の数々。嫌でも目立つような要素を多々持っている女生徒、玉藻式姫。まるで魔女か何かという噂も生徒間で交わされていたが、朝灯の目の前でそれが本物である事が証明されてしまった。
「ちょっと生徒手帳を見せてもらったけど、君――弐々村朝灯も結構な有名人じゃん」
「俺じゃ無いですよ、有名なのは双子の一夜だけです。俺は別に」
ふーん、と式姫は朝灯に生徒手帳を投げ渡す。さらりと朝灯の身元を確認した。いつ取られたのかも全く分からなかった。
「で、あのう……なんというか、すごいですね。黒魔術とかそういうもんですか」
「黒魔術って言わないの、あれは邪術。私の専門は死霊術。人の死に対して真摯に取り組むちゃんとした学問なんだから」
「名前が怖過ぎますよ、それじゃゾンビとかのイメージしかありません」
「それも間違いじゃないんだけどね――その子、ゾンビみたいなもんだし」
朝灯はひなたを見る、血行もよく安らかな寝息をたてて眠っている。
「……一度死んだからそういう見方もありますけど、あんまり笑える冗談じゃありませんね」
「いやいや、マジマジ、マジゾンビ。ショッピングモール」
「俺はゾンビ映画やゲームで近接攻撃を仕掛ける意味が分からないんですが……じゃないですよ、明星がゾンビって、こんなに綺麗なゾンビがいるはずないでしょう」
「きれいな顔してるだろ、死――」
「言うと思った! 先輩、いい加減事情を説明……何がどうなって死霊術で生き返りでゾンビなのかを説明して下さい」
「落ちた! 三秒ルール! ザオ○ルザオ○ル! 成功!」
「せめてザオ○クであってほしかった! じゃねーよ馬鹿! ちゃんと説明して下さい!」
朝灯が真面目に問い質そうとすると、傍で寝ていたひなたが目を覚ました。
「――ん、ふぅ……あ、あれ……わた、し……」
ひなたが身を起こし、不思議そうに周りを見回す。その姿を見て朝灯は喜んだ。
「明星! ああ……起きたんだな、本当に良かった!」
「三途の川から無理矢理レスキュー。どうも玉藻式姫です」
「え、えぇ?」
戸惑うひなたに朝灯は事情を説明しようとして、言葉に詰まる。あまりに荒唐無稽過ぎて、到底信じてもらえるとは朝灯には思えなかった。
「玉藻先輩、このまま何も知らせずに明星を帰す事ってできないんですか?」
「それはできないわね」
朝灯の耳打ちに式姫は凛とした声で答える。式姫は真っ直ぐな瞳で二人を見据えた。
「最初に言っておく。明星ひなたは一度は死んだ。そして生き返った。現在ひなたちゃんは仮初めの生で生きているといっていい」
「私が、死んだ……」
「死ぬ直前の記憶はあるはず、むしろ鮮烈に脳に焼き付いているはず。事情はよく知らないけどひなたちゃんは屋上から落ちて死んだのよね」
ひなたの表情が強張る。その何かを思い出したように身をすくませた。眼鏡は式姫の行った謎の再生には含まれていなかったのか、外されたままだ。
「……は、はい。最後に弐々村くんの顔を見て、何か、ぎゅっとひっぱられるような感覚がして」
「無理に思い出す必要もないけど、理解してほしいわね。その時にひなたちゃんの肉体は壊れ切ったの」
朝灯は震えるひなたに手を伸ばして、結局触れなかった。慰めるにしては事が重過ぎる。
「ごめん、明星。俺が不注意だったから」
「いえ! 私だって必死で、何の支えも無いのに手を伸ばしちゃって、だから、私が勝手に助けて、勝手に死んじゃっただけで!」
「それでもごめん。そしてありがとう、明星が俺を引っ張ってくれたから俺はこうやって生きているんだ」
「私なんかで弐々村くんの代わりになれたのなら、私も嬉しい、です……」
間違いなく怖い思いをしたはずの明星は、朝灯に対して微笑みを浮かべる。その純粋な笑みに朝灯は面食らってしまう。
私なんか、代わり、朝灯はその言葉が少し納得できないものがあったが、何も言わず礼を返す。
「……ま、なんとなく分かったかな」
式姫は朝灯達二人を交互に見比べ、自分の表情を切り替えるように深く息を吸う。
「話は聞いてくれるよね。そこまで都合の良い話じゃないってことぐらい、察しているだろうけど」
「まぁ、そうですね。仮初めの生っていうのは都合の良さそうじゃない話ですし」
察しが良くて助かる、と式姫は呟き、設置された黒板にチョークで図を描いていく。
「死霊術大原則、人間は身体と魂の二つでできている」
カカッとチョークが走り、何故かたこ焼きが黒板に描かれる。
「まず器となる肉体があり、それが生命活動を続けているところに魂が宿るのだ」
たこ焼きが大きく丸をされる。すかさず朝灯が声をあげる。
「何故この流れでたこ焼きの焼き方を教えられなくちゃいけないんですか!!」
「な、なに!? 真面目に話を聞く気が無いの!?」
「だってどうみてもたこ焼きと爪楊枝じゃないですかその絵!」
「ばかいえ! どこからどうみたって人間じゃないか!」
「いや、その円形の物体に青ノリが……」
「これは髪の毛よ!」
「爪楊枝は」
「手と足よ!」
「幼稚園児でもまだマシな絵を描きますて!」
にゃにおー!? と式姫が食ってかかるが、さっさと話を進めたい朝灯はひなたを書記に代えて話の続きを促した。
「……えっとねぇ、ハードとソフトでできてんのよ人間。ぶっちゃけ。本体とカセットがあって、本体が動いてるとソフトがささって人生というゲームができるの」
カセットという単語に噴出しそうになる朝灯はすんでのところで堪える。
「物理的な肉体が壊れてしまうと生きる事はできない、その時点で同時に道連れで魂が壊れてしまうから、でもそこには僅かなタイムラグがあるの」
「屋上から明星が落ちた時、まだ明星は生きていたってことですか?」
「呪術っていう概念をまるで信じていない人々からしたら、即死だった。けれど魂ってものを取り扱う私達ならまだ僅かに『魂的には息があった』ってこと」
ひなたはまじまじと自分の掌を眺める。おかしな所は一つも無かった。
「その消えてしまいそうな魂に、朝灯君の魂を分け与えた。魂から肉体を引っ張る形で肉体を急激に修復させたの。強引な方法だけど、そうでもしないと魂はすぐに消えてしまうから」
「わ、分け与えたって……いいんでしょうか、私なんかに弐々村くんの魂なんて」
「別に減るもんじゃないからいいのよ。湧き水のようなもの。しばらくゆっくりしていれば朝灯君の魂は十全になるの、……で、ここからが難しい話なんだけど」
式姫は悔しそうに語りだす。
「副作用よ。一度死んだ肉体と、限りなくゼロに近づいた魂。それらを急激に再生した副作用で、人間としての機能が、ズレてしまったというか、うーん」
式姫はひなたにイメージを伝え、それをひなたが黒板に描いていく。要点のまとめられたそれは、ひなたが普段真面目にノートをとっている賜物である。
肉体とは物理的なもの。睡眠、治療、食事、その他様々な方法で回復する。この世に住む例外を除く全ての人々がそれらの行為で回復を可能とする。
魂とは精神的なもの。不可視で数値化できず、観測が不可能な存在。これらは精神が健全な状態であると回復する。他者との会話、書籍、文化、そういった俗に言う心が豊かになるもので回復していく。
これらは個人差があり、回復しやすい人間もいればその逆もまたいる。
「さっき湧き水に例えたけど、朝灯君はどんどん水が沸いて出て魂が枯渇する事は無いの……ひなたちゃんは、それができなくなっちゃったの」
「魂が無くなってしまうと、どうなるんですか?」
「精神が死ぬ。感情が無くなる。主観的には死ぬのとなんら代わりはないね、周りから見たら脈はあるし心臓だって動いてるけど、二度と目覚める事は無い変な状態になる」
ひなたは黙ってチョークを置き、俯く。
「そんな、せっかく生き返ったのに……明星が、そんな……」
「あ、で、でも……そんなに、気にしないでください」
朝灯はそのひなたの言葉に驚き、声を荒げる。
「よくない、気にするに決まってる! 明星を死なせたのは俺だ。俺が……っ、玉藻先輩、何か、なぁ何かあるんだろ」
そのはずだと、朝灯は問いかける、そうではないとあれだけ式姫が喜んだ訳が無い。
「あるよ、けれどこの方法は……うぅん。あのさ、話は変わるけど、二人は付き合ってんの?」
「えぇ!? 変わり過ぎだろ! 今そんな話は関係ないですよ!」
「私がそんな、弐々村くんと付き合ってるだなんて……ありえないです!」
「オブラート! オブラート!」
「付き合えるはずなんて、ないです」
「いや、なんか胃が痛くなるようなやりとりをどうもありがとう。んじゃあひなたちゃんは付き合ってる人とかいる? それなら話は早いんだけど」
「いないです」
ごつい眼鏡で文庫本少女だからな、と朝灯は傷ついた心でやさぐれながらそう思った。心のどこかで安堵している思春期らしい一面もあったが。
「二人とも、話は変わるけど、人が死ぬ事の反対ってなんだと思う?」
「ヘアピンカーブみたいな話の流れですねもう。そりゃー人が産まれるって事でしょう」
「じゃあ子供を作ろうと思う時に感じる感情は? ひなたちゃん」
式姫は名指しにして逃げ道を塞ぐ。
「繁殖、つまり性欲なんじゃないでしょうか」
純粋に真面目に答えるひなた、ここで照れてしまうと式姫の思うとおりになってしまうから必死だった。
「もっと! もっと俗っぽく!」
「え、えぇ……」
ちらちらとひなたは朝灯を見る。朝灯がいると恥ずかしいのか、もじもじと身をよじった。
「え、えっ……えっち、な、気分と言い換えればよろしいでしょうか……」
「イエス! えっちな気分! イエス! セイワンモア!」
「もう言いませんよぉ!」
「そう、とどのつまりえっちな気分こそが生への渇望だったりするわけ! とどのつまり!」
「便利過ぎるだろ、とどのつまりって!」
「魂の回復は不可能になってしまった、けれどゼロになったわけではない。人間の精神の原初であるえっちな気分ならまだ、火種が残っているんだよ」
何故かハイになっていく式姫。興奮した様子でガサガサと地下室で何かを探し始める。
「これは真面目な話でね、本当に本当の死にまみれた絶望的な世界って産まれないって事だと思うのよ。これはお父さん受け売りなんだけどね『生命が産まれ続ける限り、世界は捨てたもんじゃない』っていうのがあってね――」
式姫は物々しい古文書の山から鍵を探し当て、その鍵を使って金庫を開けた。大切そうに、桃色の宝石を取り出す。
「誰かと繋がろうとする事、誰かと温め合おうって思うのは……多分、死ぬ事の反対側にあるんじゃないのかなって私は思うの」
「玉藻先輩……」
「確かにそうかもしれませんね……」
式姫は静かにそう呟き、二人に向き直った。
真剣に言葉を紡ぐ。
「とどのつまりエロい事すりゃー精神が回復してくんじゃないかなって思うの!!」
「とどがつまりすぎじゃありませんかね!?」
色々と空気をぶち壊して、式姫が二人に詳細な説明を開始する。
訳の分からない造語、訳の分からない物質、この世ならざる死霊術。
純情、純情石、儀式――何度つっこもうかと頭を抱える。
その説明を聞き終わり、朝灯とひなたは目を合わせられなくなる。お互い顔を真っ赤にした。それでものっぴきならない理由が二人にはあるわけで。
「……明星、本当にいいのか……?」
「は、はい……弐々村くんが相手なら……」
薄暗い地下室で、朝灯とひなたはちょっとだけ特殊な関係になるのだった。
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