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第14話『ゆっくりでいいよ、必ず見つけ出すから』

 全て一夜の言う通りで、だからこそひなたはその言葉に一言も答える事が出来なかった。今自分が何処をどう走っているかも分からずにひなたは後悔する。

 全ては結局自分の為にした事だった。儀式や朝灯に話した事も、朝灯への行為も。自分は結局壁の外側にいる朝灯を内側に引き入れただけだった。自分は一歩も動いていないし、何の苦労もしてはいない。


「ごめんなさい」


 子供みたいに、朝灯を白馬の王子様か何かとしか思っていなかったのではないか、こんなに弱くて臆病な自分に手を伸ばしてくれる朝灯が――都合が良かっただけではないのか。


「ごめん、なさいっ……っ」


 高い壁を築いて、その内側に来てくれるをただ待っているだけ。自分が今までやってきたことはたったそれだけ。式姫と儀式という強力な鍵で固い壁の扉が少し開き、そこから朝灯がやってきただけ。自分はそこから一歩も動いていない。明星ひなたという人間は常に受動的で、静かで、誰かに対して、本当は少しの心も開いていないのだ。

 息が切れて、ひなたは歩き出す。がんがんと動く心臓の鼓動が痛かった。痛い、このままどんどん痛くなって、自分を戒めて欲しい、そう思った。


「朝灯くんじゃなくて、良かったんじゃないかな……」


 勇気を出してそう呟いて、また涙が溢れ出す。それは違った。絶対に朝灯じゃないと駄目だと言い切れる。朝灯の事が好きなのだ、それは間違いない。けれどどうして、あの一夜の問いに答えられなかったのか。

『私は、朝灯くんの事が――必要だから』

 そんな嘘ばかりの答えを、どうして自分は紡いでしまったのか。それはただ単に、怖かったから。だって自分は何一つ成長していないのだから、自分の本質は何一つ変わっていないし、一歩も動いていない。自分の周りが自分の都合良く動いてくれただけ。


「私なんかじゃ、朝灯くんの隣に立つ事なんて、できないよ」


 夕暮れの屋上で自分はあの時何も考えず、代わりになる事を望んだ。死ぬのは朝灯くんじゃなくて自分だと一瞬で判断した。心の底からそう思う、思ってしまえる自分が、どうして朝灯と一緒にいられるだろうか。自分に価値なんて見出せず、成長すらしない。そんな人間が朝灯と対等に付き合えるはずなんてない。


「私なんか、いちゃいけないよ……一夜さんがあれだけ求める人と一緒にいるなんて……そんなことできないよ……」


 今度あの一夜の強い視線に晒されたら、ひなたは怖くて死んでしまいそうだった。ずっとそういった人の悪意から逃げてきたひなたにとって、あの極大の意志は粉々になるぐらいの負荷を与えてくる。人の考えが怖い、自分の知らない、自分を知らない人の負の感情なんて向けられたら、ひなたはその負荷に耐えることなんてできない。

 ひなたは溢れ出る涙を堪える事ができない、そのまま涙を拭く事も出来ず、朝灯から離れていく、遠くに行きたかった。もう誰も自分に負荷を与えない、自分に感情を向けない所に行きたかった。

 前を見ていなかったひなたは誰かとぶつかる。ひなたはそれが凄く不快で恐ろしく、深くぶつかった相手を拒絶する。するとぶつかった相手は首を傾げて歩き去っていた。そして何故かひなたから避けるように人が動いていく。まるで存在を否定するかのように。

 自分の弱さが嫌になる、徹底的に逃げ回って、少しの成長もしない自分が本当に嫌だった。そう考えているうちに、なんだか心に黒いものが混じって、すごく力が抜けてくる。それは気味の悪い悪夢が手招きしているような不快さだった。

 ひなたは扉を開けて、何処だか分からないけれど、何故か潮風が強い場所に来ていた。ああ気持ち悪い、倒れてしまいたい。もう、このまま、眠ってしまいたかった。





「あのね、ひなたに言った事は全部、自分に向けて言った事で」


 ああ、と朝灯は一夜を抱きしめながら頷く。


「だからこそ、ボクは酷い言葉を収める事ができなかった、自分に対しての不満なんてきっとみんな山ほど持っているものだから」

「そうだな、みんなきっとそうだよ」


 どうしようもなく足りなくて、それでも進んでいかなきゃいけなくて、苦しいけれど苦しいなりに頑張らなくちゃいけないようになっている。


「傷つけるつもりは無かった、とは言わないよ。鋭い言葉を投げたと思う。だからこそ、痛い、痛いの。もう、朝灯に対して強がれないぐらい」


 一夜がまた声をあげて泣き始める。時間がかかりそうだった。朝灯はひなたの事が気になって仕方が無いが、今ここで一夜を離したくない。


「結局は、自分が満たされたいだけなんだよ……朝灯に尽くして、朝灯の役に立って、傍に居る事でようやく自分を確認できる。それで満たされる、自分の価値を、朝灯に依存しちゃってるんだ」


 朝灯は胸に抱いた一夜の事を、ずっと抱きしめていた。言ってやりたい言葉、聞かせたい話はたくさんあったけれど、ひとまず胸に抱く。


「……小さい頃はしょっちゅうこんな事してたよな。楽しい時に抱き合って、悲しい時に抱き合って、まるでそうすると気持ちが伝わるみたいに思ってた」


 そしてそれは今も変わらない、そう朝灯は思った。久しぶりにこうして心音を重ね合わせる事で、一夜の気持ちが伝わってくる気がした。


「今はもう、違うよ。複雑になり過ぎたよ。言葉とか考え方とか、譲れないものとか、増えて濁って、分かんなくなっちゃった」

「んで、『それが大人になることだ』って偉そうに言い訳して、まるで複雑で繊細なものが素晴らしいみたいに考えちゃうんだよな」

「そんな事無いのにね。素直で真っ直ぐな気持ちが……きっと一番、大切にしなくちゃいけないと思うの」

「ああ、だから。俺はこうやって一夜を抱きしめて、分かり合えてるって信じたい。色々と難しく考えてしまっているけど、俺達は双子で世界で一番分かり合える存在なんだから」


 大人になる事、経験を積む事、思い出が増える事、譲れない、守らなくちゃいけないものがある事。それが降り積もって、いつのまにか心が濁ってしまう事がある。そうやってみんなは成長していくんだろう。それが価値のあることだって思いたくなるんだろう。

 朝灯はそこまで考えて、笑いたくなった。自分も一夜もひなたも難しく考え過ぎてるだけなんだと気づく。きっと答えは降り積もった心の一番下にあって、遠回りをしているだけだ。


「一夜、俺はひなたの事が好きなんだ」

「うん、知ってる」

「だから、ひなたの事を追いかけたい。分かってくれるよな」

「……うん、ボク達は双子で、世界で一番近くにいるから、分かるよ」


 ありがとう、と朝灯は素直に呟いて一夜の頭を撫でた。一夜はまた声をあげて泣いて、それでも懸命に泣き止もうとしてくれる。早くひなたの所に朝灯を行かせる為に。

 一夜は聡明で優秀で、誰よりも優しい女の子だから。きっと本当は誰よりも最初から朝灯の気持ちに気付いていたのだろう。だからこそひなたに言いたい事はたくさんあったし、朝灯の気持ちが揺るがない事も気付いていた。

 だからこそ朝灯と一夜の間に必要なのは言葉ではないし説得でもない。心音を重ね、許し合うこと、それだけで十分だった。

 朝灯は一夜なのだから。

 朝灯は必死に泣き止もうとする一夜の頭を撫でる。


「ゆっくりでいいよ、必ず見つけ出すから」


 一夜は朝灯の胸の中で泣いた。まったく物分りのいい双子だな、と朝灯は思い、泣きたくなる気持ちをぐっと堪えた。

 しばらく一夜の泣き声が続いた後、ゆっくりと一夜の震えが小さくなっていく。呼吸を整え、気持ちを整え、心を奮え立たせようとしている事が朝灯には分かる。


「ひなたに謝りたい」


 そう自分から身体を離した一夜の目は赤く、涙でぐしゃぐしゃだった。けれど意志の光は強く、何にも挫けない強い光を宿していた。


「ひなたに会いに行こう」

「ああ、行こう」


 朝灯と一夜は、その一言で全て通じ合う。分かり合う事が二人の絆だった。朝灯はそれが誇らしく、ひなたに向かって走り出す事に躊躇いなど無かった。


 まず朝灯はひなたが家に帰っていないかどうかを電話で確認する。番号は電話帳で確認すればすぐだった。両親に連絡を取っても不在だと答えられる。続けて確認の為に一応ひなたの携帯にかけても繋がらない。

 一人になりたいのならば何処に行くだろうか、そう朝灯は考えて、あの二回目の儀式で使った海岸に向かった。海沿いの道路から林に飛び込み、林を駆け抜けていく。


『私の事は、どう思ってらっしゃいますか……?』


 そう怯えながら問いかけるひなたの姿が朝灯によぎる。ああちくしょう、大好きだよ。あの時に力強く答えても良かったんだ。


「ひなたっ!!」


 林を抜け、海岸に出てもひなたはいない。かなりの時間のロスに朝灯は舌打ちする。息を切らせて呆然と海を見つめるが、状況の解決にはならない。

『た、宝物に、しますねっ!』

 ひなたの声と夕焼けに染まる姿を朝灯は思い出す。そう言ってくれたんだ。自分にそんな事を言ってくれて、自分との写真なんかを宝物にすると言ってくれたんだ。


「朝灯、他に思い当たる場所は無い?」


 一夜は冷静にそう問いかける。二手に分かれて探す事も考えたが、手がかりは朝灯の記憶だけであり、それを二人で吟味したほうが効率が良いと朝灯は判断した。


「もう一つ……儀式の場所はあるけど、それは考えにくい。人通りが多いし、何よりひなたの性格的にそこに行くなんてあり得ないから」

「初めて会った場所は?」

「学園の屋上、けれど今日は休日で、私服姿で学園に行っても止められるんじゃないか?」

「確かに、人に見つかって止められると思う――ちょっと待って、ひなたは魂の回復ができないんだよね」


 一夜の瞳が深く思考しているのか、冴え渡っている。こういう時の鋭さこそ一夜らしさだった。


「……ボクが感じた不快感や虚脱感が実際に存在するとして、それなら、今のひなたの状態は」

「一夜、どうした突然」


 一夜はすぐに閃いたように携帯を取り出し、非常時だというのに冷静に誰かと通話する。電話の向こうから大音声が聞こえてきて、朝灯はその相手が式姫であることが分かった。


「……うん、そう。魂の、例えるなら残量みたいなものが少なかったら……分かった。うん、ありがとう、そちらも出来る限り急いで欲しい」

「一夜、先輩がどうしたって?」

「ボクは魔術なんて信じないし、ありえないものを認める気は無い。けれど僅かにでも可能性があるならそれを選択肢に加える。もしも、もしもね、ひなたの精神が回復しないのだとしたら……不味い状況だよ」


 朝灯はその一夜の言葉に思い当たる事があった。『魂は会話や文化などの心の潤いで回復する』――つまり、その逆もまた事実ではないだろうか、と。

 肉体は食事や睡眠で回復する。同時に運動や睡眠を取らないことで肉体は消費する。それは魂にも同じ事が言えるのではないだろうか。極度の緊張、心労が重なれば、身体を全く使っていなくても疲労を感じてしまうように。

 そしてひなたはそれを回復することができない。純情によってそれは補填されているが、余剰の純情は純情石という別の触媒に蓄積されている状態なのだ。純情石から直接ひなたへと純情が補給できる訳ではない。ひなた自身が持つ魂の残量は、定期的に儀式をしないと尽きてしまうのだ。

 そして現在、極度の緊張状態にあるひなたは、魂の残量が少ない状態にある。


「先輩に確認したら、魂の残量が少ない状況では自身の存在が希薄になるらしい。普通の人間では落ち込んだ程度で存在を認識しにくくなるっていう状況にならないけど、ひなたは一度死んで生き返ってる。どんなイレギュラーが起きてもおかしくない」


 一夜は決して焦らず、凛とした表情で朝灯に語る。朝灯はその一夜の様子で、叫びだしたい衝動を抑える事ができた。


「もし今のひなたが、人に気付かれないような状態にあるのだとしたら、可能性として学園の屋上とという選択肢はあるよ」


 朝灯はそう言い切る一夜を頼もしく感じる。きっとひなたに繋がる道は一夜がいなくては開かなかっただろう。


「一夜、行くぞっ!」


 朝灯はすぐに駆け出す。同時に砂浜に足を取られ転倒し、体中が砂だらけになってしまう。


「朝灯っ、落ち着いて、大丈夫。ひなたを信じよう」


 すぐに、一夜が朝灯に手を伸ばし、二人は固く手を取り合った。朝灯にとってその温もりは何より温かく、大切なものだった。


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