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第13話『――やっぱり、辛いよ』

 朝灯と一夜はお互いに微妙な距離感を抱いたまま、日々を過ごす。時間が過ぎていく。平常な日常の中に生まれたすれ違いはゆっくりと降り積もっていった。朝灯はそれを必然だと思い、一夜はそれに納得ができない。そんな日々が続いた。

 週末、休日の土曜の朝、朝灯は何も言わずに自宅を後にする。今日もひなたとの儀式がある為、虹雪市の都心に近い公園に集まる予定だった。朝灯は儀式に行く時も一夜に対して言い訳もしなかったし、隠そうとも思わなかった。


「行ってきます」


 返事が無い事に朝灯は少し悲しくなるのだった。

 公園に着くと、すでにひなたは待っていた、まだ待ち合わせの時間まで随分あるというのに。ひなたは朝灯の姿を見つけると、子犬のように走り寄る。


「こんにちは、朝灯くん」


 ひなたは清楚で可愛らしい白いワンピースを着ていた。肩が大胆に露出しており、控え目なひなたにしては珍しい服装だった。


「似合うよ、涼しそうで」


 朝灯は目線が胸にいってしまうのを気合で止める。ひなたの胸は今日も元気に自己主張していた。


「そうですか、嬉しいです」


 はにかむひなたに、朝灯は胸が熱くなるのを感じていた。最近一夜に宣言した言葉を思い出し、猛烈に意識してしまう。


「きょ、今日はどんな無茶な儀式をやらされるんだろーなー」


 そうですね、というひなたの静かな呟きの後、少しの沈黙が訪れる。しかしそれは心地良く感じるものであり、朝灯も悪い気はしなかった。

 ふいに、ひなたの空いた手が朝灯の目にとまった。手ぐらい繋いでも怒られないんじゃないか、純情の為だと言い訳すればひなたも受け入れてくれるんじゃないか、そんな打算的な考えが朝灯の頭に浮かんだ。


「……ひなた、その」


 ええい、ままよ、朝灯はそう思い切ってひなたと手を繋ぐ、最初は触れるだけで火傷しそうなぐらい緊張したが、拒絶されないことを確認して、大胆に手と手を触れ合わせていく。


「朝灯くん、手を、あの、私も繋ぎたくって」

「俺もひなたと、手を」


 きゅっと指を絡ませる。朝灯は言い訳も大義名分も吹き飛んだ、この感触の他に何もいらないと思った。必然的に朝灯とひなたの距離は近くなり、何も言えずに見つめ合うしかなかった。


「今日は先輩は来なくて、私達だけで純情を溜めるようにって」


 思い出したようにひなたは今日も本題を話し始める、朝灯はすっかりそんな事は忘れてしまっていた。


「ああ、えっと今日は犬プレイ、だとか何かふざけた事を」


 その間も、朝灯はずっとひなたの瞳の中の朝灯を眺めていた。自然にひなたの柔らかそうな桜色の唇に目がとまってしまう。


「ほんと、先輩は滅茶苦茶でしょうがない、ですね……」


 夏の日差しが二人を包む、炎天下はぼおっと恋心の温度を上げる。繋いだ手と手、そこが世界の全てなような気がして。朝灯とひなたはお互いの名前を呼び合う。



「――やっぱり、辛いよ」



 その訴えかけるような声は、朝灯とひなたの耳に届いた。


「頭では分かってる、朝灯が明星ひなたの事が好きで、そうあるべきだっていうのは」


 その声の方向には弐々村一夜が立ち、言葉を紡いでいた。


「だけど辛い、認めたくない。朝灯がボク以外の女性に惹かれているのは」

「一夜」


 朝灯はその状況に驚愕すると同時に、ああこの時が来たのだな、と思った。直接言ってはいないものの、儀式を隠していたわけではないので、今ここに一夜がいる事にあまり不思議は無かった。


「一夜、さん」

「馴れ馴れしく呼ばないでほしいかな」


 ひなたは一夜の冷たい声に身を竦ませた。朝灯と一夜が弐々村という苗字である以上、下の名前で言わなければ不便であるというのに、一夜はそれを馴れ馴れしいと切り捨てる。


「……結ばれなくても、いいかなと思っていた。結婚という形で結ばれなくても、朝灯との関係は構築できると思っていた。それでもいいって。けれど、やっぱり朝灯の気持ちが他に向いているのは耐えられないよ」

「一夜、聞け。俺がひなたと一緒にいるのは、信じられないかもしれないけど、どうしてもやらなきゃいけないことがあるからで」

「知ってるよ、そんな事」


 朝灯は一夜のその言葉に面食らった。それを分かった上でドア越しの会話をしていた事に気付く。


「朝灯がひなたと今までしてきた事も全て玉藻先輩から聞いている。その上で私はここに居る。ボクも自分の気持ちが分からないけど、自然と朝灯のもとに来たの」


 一夜は一度空を仰ぎ、呼吸を整える。そしてひなたを瞳で真っ直ぐ射抜いた。


「全て分かった上で言うよ、明星ひなた。もう二度と朝灯と儀式をしないで欲しい。それで死にたくないのなら他の男で代用して」


 そう、きっぱりと一夜は言い切った。朝灯とひなたがずっと確認さえしなかった事実。儀式の相手はは朝灯でなくてもいい、それなのに朝灯とひなたはずっと一緒に儀式をしていたのだ。

 朝灯とひなたの繋がれた手がゆっくりと離れる。


「朝灯とひなたは恋人では無い、お互いの気持ちを確認していない。それなのに何でずるずると一緒にいるのかな? おかしいよね、巻き込まないで欲しい、迷惑だから」


 ひなたは青ざめる。何か致命的な言葉でも受けたのか、一歩、二歩と後ろに下がる。


「一夜っ! 言い過ぎだ、いくら一夜でもそれ以上は――」

「朝灯は黙っていて。ボクは今、ひなたに聞いている。他の誰でもない、ひなたの言葉を聞く必要がある。そうじゃないとボクは納得なんてできるわけない」


 朝灯はその言葉と一夜の真剣な様子に、言葉を出すタイミングを見失う。確かに一夜の言葉は鋭く痛めつけるものではあるが、ひなた自身が答えなければいけないこと、朝灯はそう判断する。自分がひなたの言葉を聞きたい、という考えでもあったが。


「答えて、ひなた。もう二度と朝灯と儀式をしないでくれるのか。もし儀式を続けるのなら何故朝灯でなくてはいけないのか。それを答えて欲しい」


 ひなたは俯き、自分の足元をずっと見ていた。言葉を探しているのか、それとも頭が真っ白になっているのか。


「わたし、は……」


 ゆっくりと、小さな声でひなたは言葉を紡いでいく。


「儀式は、続けていきたいです」

「……誰と?」


 一夜は真っ直ぐひなたを見つめたまま、短く問う。


「朝灯くんと」

「何故?」


 朝灯は止めに入るべきなのだろうか、と躊躇する。明らかに一夜の様子はおかしいし、今にも激昂しそうなのも分かっていた。しかしひなたが言うべき言葉も確かにあるはずだった。


「私は、朝灯くんが――」


 朝灯もその続きの言葉を待ち望んでいたし、それで全てが丸く収まると思っていた。

 しかし。


「――必要だから」


 紡がれるはずの言葉は、ひなたの固い言葉に阻まれる。同時に一夜の声が大きくなった。


「必要? ふざけるな、朝灯は君の持ち物じゃないし、必要だから一緒にいるなんて、そんなことボクが認めない」

「でも、私にとって、朝灯くんは無くてはならなくて、絶対に、一緒に、いたい人で」

「その理由を聞いた、その理由を聞いたのに、ひなたは必要だと答えた。何、照れているの? そんなくだらない理由で、想いを伝えられないような人に朝灯と一緒にいてほしくない」


 夏の日差しが容赦なく三人を照りつけているというのに、一夜の冷たく鋭い言葉がひなたを貫く。


「違う、違います、私は朝灯くんの事尊敬してて、一緒にいると安心できて、誇らしくて、そんな、自分がっ……」


 自分、という言葉がひなたの口から零れた瞬間、一夜は爆発したように激昂する。


「ひなた、君は……ッ!! 自分の事しか考えて無いじゃないかっ!!」

「あ、のっ、私……」

「そんな、ふざけるな、ふざけるな!! そうだとするならば、ボクは、ボクは絶対に君を許す事ができない、そんな人にだけは、絶対に朝灯を渡したくないっ!!」


 朝灯が止める為に駆け寄った瞬間、朝灯は一夜に突き飛ばされる。


「朝灯は君の事を想ってる、朝灯に手を伸ばした君を、嬉しいって受け入れたんだ!! それなのに、それなのに君は、自分の事だけしか考えていないんじゃないか!?」


 ひなたは一夜と目を合わせたまま何も言わずに動かなくなる、顔だけが青ざめていき、一夜の言葉をただ耐える。


「朝灯は君の便利な道具なんかじゃないっ!! 自分に無いものが相手にあるからって、それに寄りかかって自分を満たすなんて、ただ相手に依存しているだけだよっ!! ひなた、君は朝灯の事が好きなんじゃない、自分が満たされたいだけなんだっ!!」


 ひなたの頬に一筋の涙が流れ地面に落ちた。大粒の涙を瞳に溢れさせて、ひなたは朝灯に向き合った。


「――ごめんなさい」


 朝灯は、ひなたのその表情に身を刻まれるような痛みを感じる。ひなたがその身に何を感じ、自分に対して何を思っているのか、それが分からなかった。

 直後、ひなたは踵を返して走り出す、朝灯は一瞬混乱するが、すぐに追いかけようとする。


「朝灯、行かないでっ!!」


 一夜が朝灯に真正面から抱きつく、振り払うわけにもいかず、朝灯は声を荒げるしかない。


「一夜、どけ! 今追いかけないと、ひなたは」

「朝灯、やだ、行ってほしくない、行かないで、お願いっ!」


 一夜が朝灯の抱きしめる力が増す、締め付けられるような感触だった。朝灯は一夜の顔を見ようとして、一夜が胸に顔を埋めている事に気付く。


「朝灯、朝灯ぃっ……っボク、ボク、ひどい、ことを……言ってるのは、分かってて……」


 一夜が泣いている、朝灯はその事実に頭が冷えていくのを感じる。こんな事いつ以来だろうか、一夜は決して自分の前では泣かないと決めていなかったか。


「朝灯、朝灯っ……ぅ、ぅ、うぁああああああああああああああああああああああああああ!!」


 優秀で、いつも余裕ぶって冗談ばかりの一夜。

 しかし今だけは、朝灯の胸で泣く一夜は、一人の女の子で。朝灯はひなたの去っていった方向を向いて一夜の頭を撫で続けた。


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