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第12話『じゃあボクは、どうすれば良かったのかな』

 午後十一時、儀式が終わった三人は一泊して帰る事にする。どうせならお泊り回をしてしまおう、という式姫の提案だった。


「どんどん食べちゃってねー」


 テーブルにはお菓子や注文した料理が並ぶ。式姫は凄く上機嫌そうだった。乾杯をした後にかしましいお喋りが始まる。


「結社のみんなと飲む事は何度もあったけど、同い年ぐらいの子とこうやってわいわい騒ぐのは初めてかなー」

「私もです、こんな夜遅くにお友達と一緒だなんて」

「修学旅行とかあったろうに」

「私の部屋の人は日付が変わる前に寝てしまったので……」


 ひなたは中学生の時の記憶を思い返す、似た者同士というか、静かな自分には静かな人と友人のような関係になるわけで。今思い返しても同じ部屋だった人の下の名前を思い出せない。その程度の関係だった。その程度の関係しか求めていなかった。

 嫌だな、とひなたは沈む。自分から避けたいと思っている人と仲良くなれるはずが無いのだ。自分はそれほど大層な人間でも無いのに人を選んでしまっている。


「どうしたひなた、急に静かになっちゃって。飲みが足りんぞ」


 朝灯はひなたに微笑みを浮かべオレンジジュースを注ぐ、その朝灯の好意がひなたにとって大きな価値を持っていた。ひなたにとって朝灯は壁の内側の存在だった。依存といってもいい、朝灯への好意がそのまま自分の誇りになっている。朝灯という誰にも嫌われない、誰を区別することなく話しかけられる存在が自分に語りかけてくれている。それが誇らしかった。


「朝灯くん、私は」


 抑えきれず、手に触れる。自分より硬い男っぽい手。


「ん、んんん? な、何かな? 熱でもあるのか、うわわ」


 照れて赤くなる朝灯を見つめ、ひなたは胸が締め付けられるような感覚に囚われる。こんな自分でも手を触れるだけで意識してくれる、頬を赤らめてくれる。信じられないことだった。儀式を通じても朝灯はずっと自分に気遣ってくれて、決して本当に嫌がる事はしなかった。一部やり過ぎな場面もあったが、それも自分が本当に嫌だったわけではない。


「チューせい、チュー」

「いやいやいや、やるとしても先輩の前じゃできませんよ」


 ひなたは流石に恥ずかしさが限界を超え、何でもない、と言って手を離す。手の温もりがいつまでも消えなければいいのに。


「やーしかし、私もこんな卑猥デイズが始まるとは全く思って無かったよ」

「そりゃーそうですよ、俺だって今でも信じられません。けれど、こんな事でもないと先輩やひなたに出会う事は無かっただろうし、その点では感謝してます。もちろんひなたが痛い思いをしたのを肯定するつもりはありませんよ」


 ひなたはそう語る朝灯の横顔をじっと見つめていた。一夜とよく似ている端正な顔立ちで、睫毛が長く少し女性らしい雰囲気。しかしひなたを見つめる時の瞳は強く、いつもひなたは鼓動がおかしくなる。

 憧れて尊敬して、自分とは絶対に交わる事なんて無いと思っていた。それぐらい遠い存在。けれど今ここに、自分の隣で自分に話しかけてくれている。


「朝灯くん、あのね、私……」

「どうした?」


 朝灯は優しい瞳でひなたを見る、この人は私を壊したいのだろうか、とひなたは溢れそうな想いで告げる。


「今ここにいれて幸せ、です」

「愛いやつめー」


 朝灯の手がひなたの頭を撫でる。触った所から幸せが流れ込んでくる。

 ひなたは確信する。この幸せの場所で、心の底から友達と呼べる人達がいる場所で確信する。

 自分は朝灯の事がどうしようもなく好きなのだ、と。





 その後三人は真夜中まで話し、いつのまにかテーブルの上で突っ伏すように眠っていた。昼過ぎにチェックアウトし、また明日学園で、と三人は別れる。

 朝灯は自宅に帰る時に僅かに緊張したが、一夜は朝灯におかえりとだけ言った。その後も久しぶりにいつもの距離感で話し、一緒に夕飯を食べる。不気味なのは朝灯が外泊した事について何の言及も無かった事だった。

 そのまま朝灯と一夜は家で過ごし、何の変哲もない休日の夜を過ごす。朝灯はひなたに繋がれた手の感触を思い出したり、ひなたの赤らめた表情を思い返していた。

 朝灯はそろそろ一夜が自分に話があるのだろうな、と予期していた。それは経験から分かるものであったし、自分の半身である一夜の行動が自然と予想できるものであったから。朝灯は自分の気持ちに整理をつけ、寝室に入る。

 ノックの音が聞こえ、朝灯は静かに返事をする。予想通りだった、しかし一夜は部屋のドアを閉めたままであり、ドアノブを捻る音は聞こえてこなかった。


「入らないのか? まぁ一緒に寝るのはやだけど」

「……今日はこのままでいい、うん。このままがいい」


 ドア越しに一夜がもたれかかったのを感じる。朝灯も同様に床に座り、ドアにもたれかかった。


「ねぇ朝灯、私に隠している事は無い?」


 その一夜の問いに、朝灯は僅かに迷って答える。


「……あるよ、一夜にだって言えない事ぐらいある、もう俺達も大人になってきてるってこと」

「そっか、ならいいんだ。朝灯がそう言うんだったら、ボクも何も言わない」


 朝灯は顔が見えない事をもどかしく感じるが、逆に顔が見えない事で言えることもたくさんあるのかな、と冷たい床に座りながら思った。

 しばらくの間、背中越しに存在を感じるだけの時間が過ぎる。


「朝灯、もしもボクと朝灯が双子じゃなくて普通の男女として出会っていたら、朝灯はボクの事を好きになっていた?」


 そう呟くような一夜の声は、何処か悲しそうで。


「もしも、とかあんまり好きじゃないな。何かに例えたりするのも好きじゃない。結局は程度の問題だし、置き換えてしまったら意味が無いものってたくさんある」

「ボクは好きだよ、もしもっていう言葉。後悔とかとセットで使われる事が多いけれど、それでも夢があってステキだと思う――ねぇ、質問に答えてはくれないの?」


 朝灯はたくさんの台詞を思い浮かべ、何が一番一夜に対して誠実かを考える。少し考えて、考える事をやめた。一夜は朝灯であり朝灯は一夜なのだ。きっと一番最初に思い浮かんだ言葉が無二の正解なのだろう。


「好きになってない。俺が一夜の事を好ましく思うのは双子だから。俺の事を世界で一番分かっている人だから、だから居心地がいいし、一緒にいたいとも思うんだ。普通の男女として出会っていたら、きっとそんな風にはならない」

「じゃあ朝灯、もしも、もしもね、普通の男女として出会って、ボクが朝灯の事を世界で一番分かってあげて、一緒にいたいって思う人だったら……?」


 酷く都合が良くて、ずるいもしもだった。そんな人間に出会えるとしたならば誰だって生涯を共にしたいと思うのだろう。


「……つまらないだろ、そんなの」


 朝灯は思うままに言葉を紡ぐ、考えず、心の根元の部分で答えなければならない。


「世界で自分の一番分かっていて、自分の一番の味方で、居心地がよくって、一緒にいたいって思える相手か。それはすごく理想的で、それを追い求める人だっているんだろうけど……俺は違う」

「ボクはそんな相手が欲しいよ、それは朝灯で、朝灯を手に入れたい」

「俺は違う。俺は、自分とは違う相手がいい。世界一分かってもらわなくていい、俺の味方で無くってもいい、一緒の考え方じゃなくたっていい。色んな感じ方が違って、たまにぶつかっちゃうぐらいの相手でいい」


 一夜は明らかに声色を変えて、朝灯の言葉に答える。


「どうして、なんでそんな風に考えるの? 普通に、普通の幸せって、一緒にいて心地の良い人と一緒にいることじゃないの?」

「俺は、今好きな子がいるんだ」


 朝灯は意を決してその言葉を呟く。自分でも勇気がいるような強い言葉。


「その子は臆病で、いっつも震えてるような子なんだ。すぐ謝るし、あのそのあの……って、いっつも慌てて上手く喋れないような子」


 一夜の表情は見えない、だから朝灯は言葉を止めない。


「でもその子は、知りたい、分かりたいってこっちに手を伸ばしてくるんだよ。一生懸命、健気にこっちに歩み寄ってくる……それって凄く、嬉しい事なんだ」

「ボク、だって」


 朝灯はその一夜の切なげな声に胸が苦しくなるが、話し続ける。それが誠意だと思った。


「俺は自分で言うのもなんだけど、結構色んな奴に声かけて、色んな奴から話しかけられるようになって、色んな奴の名前を覚えたんだ。自分から人を好きになんなきゃ誰からも好かれるはずないよなぁって思ったからさ」


 それが朝灯の処世術、考え方だった。みんなと仲が良くて嫌われないというのはとても素晴らしい事だと思っていたから。


「そのせいでさ、ちょっと八方美人になったんだよ。もちろん友達みんな大好きで、俺の事を好ましく思ってくれるだろうって奴もいるんだけどさ、いまいち均等で順番なんてつけられなくって」


 そうやって朝灯は自分の心地の良い場所を広めていった。幸せだし、十分過ぎる程恵まれている場所。


「けれど、俺の好きな子は。あんまり話した事も無いのに一生懸命俺の事を知ろうとしてくれて、歩み寄ってきてくれて、無理してるのがバレバレなのに、傍にいてくれて」


 朝灯は言葉を重ねていくにつれて、それが真実であると確信する。


「嬉しかったんだ、嬉しいと思えたんだ、その子から伸ばされた手が」


 朝灯はふと、自分の小ささに気付いた。結局自分は無条件に好かれたかっただけなのかもしれない、と。色々な後付の理屈をくっつけて複雑そうに繊細そうに見せかけた自分の心は、ただ単に好かれたいと思うだけだった。


「分からないから知りたい、一緒にいたいんじゃなくて一緒になりたい。そう誰かから想われたい……はは、俺って贅沢過ぎだろ」


 一夜は黙って朝灯の告白に聞き入っていた。


「じゃあボクは、どうすれば良かったのかな」

「近すぎたんだよ、一夜とはずっと一緒だったから。一夜を好きになるって事は俺自身を好きになるって事なんだ……それって結構、難しい事だろ」


 その言葉を最後に、一夜からの返事は来なくなった。しばらくして立ち上がり、歩いていく音が聞こえる。朝灯は自分の言葉を思い返し、後悔しそうになる。


「一夜、ごめんな。隠してる事はあるけど、嘘はついていないから」


 頼りになる姉であり、甘えさせてあげたい妹。大切な大切な存在だけど、いつまでも一緒にはいられない。もしも自分が相応に強く、器が大きければ答える事ができただろうか。そこまで考えて、朝灯はもしも、という考えを握りつぶした。


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