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第11話『ひなたちゃん、踏んでみて』

 まず朝灯とひなたは正座でベッドの上に並ばされた。その前に式姫が仁王立ちになり、本日の儀式の説明をしていく。


「順調に純情は溜まってきている、近いうちに魂の完全回復は達成できるでしょうね。けれどやはり純情の質は上げておきたい、なるべく特殊な純情で回復を行いたい」


 式姫から久しぶりに大義名分が語られる。その事を言われてしまうと朝灯もひなたも二の口が告げなくなる。式姫はそれが分かっていた。


「そこでなるべく変態っぽいことをしたくなった訳よ。とりあえず道具は揃えてみたわ」


 ざばばば、と持ってきた大きなバッグからいやらしいアイテムが出てくる。鞭、ローソク、ロープ、首輪、うねうねした棒……朝灯はうねうねした棒を見た瞬間に手で弾く。


「さぁ、やれ!」

「ぶん投げやがった!? 待てよ先輩。ここで俺が『じゃあ……』とか言いながらひなたをしばき始めたらおかしいだろ!」

「付き合いを考える」

「ごもっともですよね! だから無理ですって、この儀式はやめだやめ、まったく人をしばいて気持ちいいだなんて、普通じゃないですよ……」


 ひなたは頬を染めたまま、鞭や蝋燭を手に取った。


「世界って広いんですね、これなんてどうやって使うんでしょうか」


 ひなたは穴の開いた白いボールのついた首輪のようなものを手に取る。


「それはボールギャグと呼ばれるもので、涎がだらだらと流れるようになるものだよ!」

「歌のお兄さんみたいに爽やかに解説しても猥褻ですよ!」

「もううるさいなぁ、使って確かめればいいでしょ。それとも朝灯君が使う?」

「俺はそんなものつけて喜ぶ趣味はありません」


 式姫は不満そうに鞭を持ち、二度三度勢い良く振りぬいた。空を切る音に朝灯は思いっきり引く。


「……ゾクゾクしない?」

「しないですよ、普通に痛そうとしか思えません!」

「ごめんごめん、ちなみに私はちょっとゾクっとしたよ!」

「親指たててご満悦になってんじゃねぇよ!」

「そもそも、君達はどっちがMで、どっちがSな訳?」


 ひなたは混乱した表情で朝灯を見つめる、訳が分かっていないようだった。式姫がニヤニヤしながら口を挟む。


「えっとねひなたちゃん。世の中にはサディストとマゾヒストっていう人がいて、サディストは加虐する事によって性的興奮を覚える人の事を言うの。マゾヒストっていうのは被虐することによって性的興奮を覚える人の事」

「うーん……俺はどっちかっていうとSなのかなぁ、格闘ゲームとかで敵を倒すと興奮するし」

「それは違うかな。あくまで性的興奮に結びつかないとサディストにはならない。いや朝灯君が延々とトレーニングモードで女キャラに執拗に攻撃を加えて興奮しているなら話は別だけど」

「私は、あの、痛いのも痛めつけるのも苦手だと思うんですけど……」


 ひなたが恐る恐る言うと、式姫は少し悩む。やがて思いついたように口を開いた。


「んじゃ、どっちがSかMか試してみよっか」


 驚愕のその台詞に動こうとしなかった朝灯とひなただが、これはひなたの精神の回復に必要な事なのだ、と朝灯は自分に言い聞かせ、ゆっくりと腕輪をひなたに……差し出した。


「ひなた、これで俺を動けなくしてくれ」

「えぇっ!? そ、そんな……私がMになります! 朝灯くんにそんな事できませんよ!」

「頼む、俺だって嫌なんだ! これで俺を動けなくしてくれ!」

「こいつら何言ってんだろう」

「「先輩がやれ言ったんじゃないですか!!」」


 声を合わせて式姫に二人は突っ込んだ。式姫はそれを受け流し、ひなたに朝灯の拘束を促した。ひなたはゆっくりと朝灯の腕に黒光りする腕輪をはめた。それをゆっくりベッドの上部にまるで意図されたように設置された金具に固定すると、朝灯は腕を上げた状態でベッドに拘束された。


「ああ、ご、ごめんなさい……朝灯くん、痛くないですか?」


 朝灯は脚の自由はきくので暴れる事はできるが、腕の自由とベッドからの移動が封じられた。


「痛く無いよ、うーん、これが興奮するのかなぁ」

「要は逃げられない、拘束されているっていう概念が大事なのよ。それにまだ何もしてないじゃない。ほらほらひなたちゃん、鞭もローソクもあるわよ」


 ひなたは式姫から器具を与えられるが、やはりそれらをいきなり使うのは難しいようだ。そのまま固まっている。朝灯はこの異常な状況を笑うしかない。いいとこのお嬢さんがラブホテルで鞭とローソクを持って固まっている光景なんてレア過ぎて今後お目にかかれないだろう。


「どうにかもっとソフトな方法はありませんでしょうか」

「流石にいきなり器具を使って、っていうのはハードルが高いかもね。じゃあスパンキング、平手打ちとかどうかな」


 ひなたは自分の掌を見つめ、意を決したように朝灯に向かって手を振り上げる。


「え、ぇーい」


 ぺちん、とひなたは朝灯の頬をゆるく張った。いや、撫でたというほうが的確だった。


「……ひなた、全然痛くないぞ」

「頬じゃ駄目でしょ、朝灯君、ちょっとうつぶせになって、ケツを突き出して……そうそう」

「あ、死にたくなってきた。これってSMですか?」


 朝灯は本気で瞳が濡れてきた。屈辱的な体勢でひなたにアフタリスクを向ける。


「うふふふ、なんだか私も参加してきたくなってきたわ」

「そのうねうねした棒を今すぐ捨てやがれ! ちょっとでも触ったら舌を噛んで死んでやる!」

「その為のボールギャグよ!」

「分かったよもうあんたサディストでいいよ!」


 朝灯は脚をバタバタさせ式姫を追い払う。そして、かなり恥ずかしいが尻をひなたに突き出す、ひなたの表情が見えないのが朝灯の恐怖を倍増させる。


「失礼しますっ、え、えいっ」


 今度は先程よりも少し強く朝灯の尻がスパンキングされるが痒い程度だった。ひなたの性格だとこれが限界なのだろう。


「ひなた、俺にされたことをイチから思い出すんだ。そうだな、野球拳でひなたを脱がせた事、あの時の事を思い出して――」

「やめ、やめてくださぃっ!」


 ぺしーん! とようやく尻に熱さを感じる程度の痛みが与えられる。


「ぐぇっへっへっへ、あの時は可愛かったなぁ、パンツの色は何色だったっけ」


 きゃーっ! きゃーっ! とひなたは朝灯の尻をはたく。叩く、しばく。


「その次は海岸でのアレだ、俺は執拗にひなたの胸に水鉄砲をぶち当て、執拗にその形が変わるさまをまるで野獣のように――」

「……これって朝灯君が言葉責めしてることにならない?」

「ふぇえ、やめてくださいよぅ」

「あははは! もっと叩くがいい!」


 ぺしーん! ぺしーん!


「聞いてねぇなぁ、うぅむ。これじゃ何が何だが」


 式姫は朝灯の身体を再度反転させる。朝灯は仰向けの状態になり、式姫とひなたを見上げる形になる。


「ひなたちゃん、踏んでみて」

「え、でもそんな、私……」

「ほらほらマッサージすると思って、娘が父親を踏む微笑ましいワンシーンを思い浮かべてみて、それと同じことよ」


 朝灯は仰向けじゃあそれは成立しないんじゃないかなと思ったが、黙っておく。ちょっぴり尻が気持ちよくなっているのは内緒にしておく。


「そうですか、そうですね、分かりましたじゃあえっと……えい」


 ひなた躊躇いながらも、朝灯の腹筋の部分を踏んだ。朝灯は過負荷を感じるだけで痛みの類のものは感じなかった。


「さっきからナマの触れ合いが足りないわね」


 式姫は朝灯のTシャツを捲くれあげ、乳首と腹筋を剥き出しにする。手首を拘束されてからというもの、ついでに人権というものも剥奪されたようだ。式姫は続いてひなたの靴下を剥ぎ取ってひなたの生脚を剥き出しにさせた。


「さぁ踏め、やれ踏め」

「ごめんなさい、ごめんなさいっ……汚いですよねっ……」


 そう言いながらもひなたのナマ踵が朝灯の腹筋に触れる。ややヒンヤリした感触が朝灯を襲い、朝灯はついに興奮しはじめる。式姫がひなたに耳打ちし、ひなたが申し訳なさそうに口を開く。


「こ、この……ブタ、ブタめ、げひんなすがたをさらしおって、はずかしくないのかー」

「違う違う。それじゃあひなたちゃんのアイデンティティが無くなっちゃう訳。どっちかっていうとそれは私のほうが似合うかなぁ」


 ぐにぐにとひなたの足が朝灯の腹筋をなぞる、それがくすぐったく、慣れない言葉責めが可愛らしく、朝灯はちょっと楽しくなってきた。


「ひなたちゃんは普段ずっと丁寧なんだから、それが裏返って豹変した感じがいいと思うな」


 再び式姫がひなたに耳打ちする。何の悪知恵を仕込まれているのだろうか。


「こ、これは今この状況で私が先輩に言われてやる事であって、決して私はこんな事が好きっていうわけじゃないんですけど……こほん。朝灯くん、こんなのが気持ちいいんですかぁ?」

「おほぉうっ!!」


 豹変したひなたの冷たい声色に、思わず朝灯は奇声をあげる。同時にあんまり感じていなかった快楽っぽいものがじりじりとせりあがってきた。


「全く仕方ないですねぇ、もうこんなになっちゃって(こんなにって何ですか!?)本当にだらしない人なんですから、ふん」

「あはぁっ、やめっ! そっちのスイッチは! 俺の快楽のピタ○ラスイッチが!」


 朝灯の二つあるピタ○ラスイッチが刺激される。ひなたの剥き出しの足の指できゅっと刺激されたそれは朝灯の快楽を組み上げていった。


「ちょっと涙目になってるじゃないですか、まったくどうしようも無い人ですね。本当に私がいないとろくに処理もできないなんて……変態さん、ですね」

「あいやーあいやいやー! 目覚める目覚めちゃう! 朝灯の中の大切な何かが覚醒(めざ)めちゃうぅううっ!!」

「ほら、ここもこんなにっ」


 ひなたのフットスタンプが朝灯の股間のスタンバイ完了の何かに振り下ろされる。式姫はあ、と気の抜けた口の形で静止していた。

 ぐにっ。


「はぁあああっ! オゥフオゥフオゥフ――ッ!!」

「え……あれ、これって……っ!? きゃああああああああああああああああああああああっ!!」


 ギュイーン!! と純情はある意味空気を読むようにチャージの完了を告げる。

 朝灯は我を忘れ、ひなたはようやくペルソナの向こう側から戻ってきた。事態と足の裏の生々しい感触を認識し、ベッドから素早く離脱する。


「うーん、ここで限界ってことはやっぱりひなたちゃんにSの素質は無いってことか。確かにあの覚醒ひなたちゃんのサドっぷりは捨てがたいものもあるけど」


 ひなたはベッドから離れ、真っ赤な顔で丸くなり震えている。


「やっぱひなたちゃんは苛められるほうが向いてると思うなぁ」


 式姫は勝手な感想を述べる。


「ウフフ、ここが天竺か……おい、落ち着けよ猪八戒、そんなに慌てて食べるなって……」

「戻って来い孫悟空」


 ぺしぺし、と式姫は上半身が捲くれあがり、手首をベッドに固定された朝灯をはたく。


「はっ……おっしょさん!」

「落ち着けよおい、天竺じゃねーよラブホだよばか。何とか純情は溜まったから」

「えっ……もう!? 俺の如意棒はまだ」


 朝灯は安直な下ネタに頼ってしまうぐらい混乱していた。式姫は呆れながら朝灯の拘束を解いた。


「……やっぱりSとかMとか、そんな二つに分けてしまうのってよくないと思います、相手の事を思いやる心があればそんな、受けとか攻め、だとか」

「それはSMの大前提だね。あくまで相互の了解があってこそ成立するものよ、まだあんた達は付き合ってもいないんだから、難しくって当たり前か」

「いやおい、なんだよ、さり気なくいい話っぽくまとめようとしないでくださいよ」


 式姫はあさっての方向を見て、まるで国営放送のように神妙に語り始める。


「SM、それは一つの愛の表現。思いやりの心をもってエンジョイしましょう。やり過ぎ注意、怪我は御法度……それでは今週はここまで、また来週お会いしましょう」

「打ち切られちまえ!!」


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