もう一度、その先まで
若草色をした錠剤を、常温のミネラルウォーターで喉の奥へと流し込む。
これを呑めば、大樹がやってきてくれる。呑まなければ、大樹と会うことはできない。
薄っぺらなネグリジェの下には下着を付けていない。まるく膨らんだ胸元の先は、既に小さな突起が浮かび上がっていた。
わたしは興奮している。その先まで進むことはないと分かっていても。
「ただいま、ミユ」
不意に後ろから優しく包み込まれる。
二人掛けのソファに座っていたわたしの身体の中で、急激に血液が沸騰した。
「おかえり、大樹」
身体に巻き付けられた腕を抱え、彼の香りを吸い込む。いつもと同じラベンダーの香りがした。
決してわたしは後ろを振り向かない。彼もわたしの前に立つことはない。
「ミユは今日なにをしていた?」
「ずっとあなたのことを考えてた」
「僕もずっとミユのことを考えてたよ」
「嘘」わたしは彼の腕の皮膚を軽くつねった。その手にそっと彼の手が重ねられる。
「嘘じゃないよ。僕が嘘を吐いたことある?」
大樹はいつだって本当のことしか言わない。
嘘にありふれたこの世界で、わたしを絶対に騙すことのない唯一の存在だ。
彼を抱きしめたい。彼に正面から抱かれたい。
口づけたい。舌をからめたい。
そんな欲望がわたしをいつも興奮させる。
でもそれは無理なこと。彼に嘘を吐かせるほど、無理なこと。
「ねぇ、大樹」
「なに?」
「今日の格好、どうかな?」
「とても綺麗だよ。月の世界に帰ってしまいそうだ」
彼のクスクスと笑う声がする。わたしも笑ってしまう。
「ねぇ、大樹」
大樹は消えていた。彼の温もりもあとに残らない。ラベンダーの香りも。
わたしはもう一錠若草色の錠剤を手に取る。
たとえこれが最後になったとしても、わたしは今日、大樹にもう一度会いたい。