若すぎる執事、帰還
名古屋から福岡まで飛行機で一時間半。
私達は親父殿に言われ、九州の地へと降り立っていた。
むむ、やっぱり東海地方より暖かい……。
空港から出る私と悠馬君。
福岡といえば……らーめんだ!
本場の豚骨らーめん食べようぜ!
「元気ですね……お嬢様……」
「おおぅ、悠馬君頑張ったな。大丈夫かい?」
悠馬君は昔、飛行事故に巻き込まれた経緯がある。
といってもほとんど憶えていないらしいが、やはり飛行機に乗るのはかなり勇気がいる。
「らーめん……ちょっと僕には重いかもしれません……」
「あぁ、無理しなくていいぞ。そうだな……お昼は軽めに済まそう。コンビニでサンドイッチでも……」
と、その時……私の肩を後ろから叩いてくる誰か。
むむ、何奴! 私の背後に回るとは……覚悟は出来ているんだろうな!
「いつのまにそんなゴ〇ゴみたいな設定に……お久しぶりです、お嬢様。といっても二日ぶりですか」
「キサマか! グアム野郎!」
「そんなあだ名が付いていたとは。申し訳ありません。私はグアムでは無く……熊本にいました」
なんでそんなウソついたん。
もしかして……悠馬君と関係あるのか?
「えぇ、まあ……というわけで車があちらに用意してあります。行きましょうか」
私は悠馬君と手を繋ぎつつ、グアム野郎……いや、熊本野郎……いや、正彦でいいか。
正彦の後に着いて歩き、空港の駐車場へと。そこには一台のワンボックスが。なんか随分年季の入った車だ。
「どうぞ。ここから二時間程で到着致しますので」
「ふむ。まあ二時間なんてあっという間だ」
ワンボックスの後部座席へと、私は悠馬君と共に乗り込む。
ところで……ちゃんと説明してもらえるんだろうな。貴様は何故ここにいる!
「それよりお嬢様、なんだか目の色が変わってますね」
むむ、なんの話だ。
私はカラコンなんて付けてないわ!
「そういう話じゃありません。ほんの少しだけ、大人になられたんじゃないんですか?」
そんなの知らんわ。
私は未だに何も出来ん子供だ。
※
車で九州の地を走る事、二時間。
まるでここは海外か、と言いたくなるほどに壮大な景色が広がっている。
(そういえば……ウチの爺ちゃんも九州出身だったな……なんかこの風景、どっかで見たような……)
窓の外の景色に夢中になっていると、耳元に微かに聞こえてくる可愛い寝息。
むむ、悠馬君寝ちゃってる。まあ無理も無い。だだでさえ移動続きで、しかも飛行機では緊張しまくってたからな。いくら事故当時の事を憶えてないとはいえ……悠馬君のご両親は……
「お嬢様。悠馬君の事について何か聞きましたか?」
正彦は運転しながらそう尋ねてくる。
私は寝ている悠馬君の体にタオルケットを被せつつ、その可愛い寝顔を見ながら……
「まあ、ご両親が亡くなって……熊本の孤児院に……って所は聞いたけど……」
「そうですか。ならその孤児院のシスターについては聞きましたか?」
まあチョロっと聞いたが。
「私とそのシスターは顔なじみというか……まあ、腐れ縁という奴です。四年前、悠馬君のご両親が亡くなった時、私は彼を引き取りシスターに預けました。しかし一年前、その孤児院が火事で全焼してしまい……」
あぁ、それで子供達はバラバラに他の施設に預けられたんだよな。っていうかそれがちょっと疑問だったんだ。何故にバラバラにしたん?
「流石に十五人、全ての子供を引き取ってくれる施設が無かったからです。もう高校生や大学生になる子は独り立ちして他の県に移ったりしましたが……それでも数人の子共はまだ悠馬君と同じくらいか下なんです。シスターはなんとか一緒の施設で過ごせるようにと駆けまわりましたが、中々見つからず……」
ふむぅ……それでバラバラになっちゃったのか……。
しかしそれなら……それこそウチで引き取れば……
「お嬢様、子供も引き取るというのはそう簡単な話ではありません。経済的にも法律的にも……。私も当主様に相談はしましたが、子供の面倒を見る人員がそもそも見つからなかったんです。金銭だけの問題ではありません」
人員……か。
「しかし驚きましたよ。あの悠馬君がここまでお嬢様に懐いてるなんて……最初は少し外の環境に慣れてくれればと思いお嬢様と引き合わせたのですが……」
ん? 何言ってんの?
悠馬君、最初からとてもいい子だったわよ!
「お嬢様とは波長が合ったのかもしれませんね」
ふむぅ、まあそれはいいとして……
なんで貴様、熊本にいるんだ。
「今話したシスターですが、どうやら孤児院を再建するつもりのようで……その手伝いに赴いてたんです。他の子供達も悠馬君同様……今の施設には馴染めていないようで……」
そうなのか。
孤児院を再建……という事は、悠馬君はそこに……?
「はい、既に手続きは済ませてあります。彼が今居る施設から連絡がありまして……もう、彼の面倒は見切れないと……。そこでお嬢様に悠馬君を就かせたというわけです。孤児院が完成するまでの間、誰かが彼を見張ってないといけませんので」
あん? 見張る?
誰が誰をよ。
「お嬢様が……悠馬君をですよ。本当は一週間の予定でしたが……こんなに早くお嬢様方が来られるとは思ってませんでしたので、何も歓迎の準備は出来ていませんが……」
ちょっと待ちんさい! 歓迎の準備とか心底どうでもいいわ!
それより一体何の話だ!
何で私が悠馬君を見張るんだ!
「悠馬君は……もう何度も自殺を図ってるんです。彼は自分で手首を切り、すぐさま応急処置をし……という行為を繰り返していたようです」
なんでそんな事を……
いや、ちょっと待て。
手首……自殺……。
最近、なんかそんな場面に遭遇したような気が……
「彼は自分の体が自分の物ではないと感じる時があるそうです。そんな時、痛みを感じながら自分から流れる血を見る事で再確認できると……」
「…………」
なんて事だ。
それだけしか頭に思い浮かばない。
あんなに楽しそうに……私に色々教えてくれたじゃないか。
私が暴漢に襲われた時も、凄い心配してくれて……
「……はい? な、なんですか、その話」
「あれ、聞いてない? スーパーで包丁持った男に襲われたんだけど……私」
「はい?!」
あぁ! お前が大声出すもんだから……
悠馬君起きちゃったじゃないか! あぁ、ごめんよ、せっかく気持ちよく寝てたのに!
「んぅ……お姉ちゃん……」
いいながら私の膝を枕にしながら再び眠りにつく悠馬君。
うわぁ、うわわわわ! なんだコレ、なんだコレ!
萌え萌え! きゅんきゅん!
「それより、あの……暴漢に襲われたって……」
「あぁ、まあ……詳しくは後で話すから……とりあえず無事に済んだから。というかまだ目的の地にはつかんのかね」
「もうそろそろですよ」
そっと、私の膝の上で眠る悠馬君の頭を撫でてみる。
七歳にしてあらゆる事を完璧に熟す少年。
そんな少年は、私とは比較にならない程の苦悩を背負って生きている。
その……小さな背中で……
※
到着した村は、まるでファンタジーの世界に登場するような農村だった。
風車小屋に牛小屋、小さな村中に山羊やら羊が放し飼いにされ、ここは本当に日本か? とツッコミたくなるような……まるで異世界だ。
「お嬢様、こちらです」
「お、おぅ」
圧倒される私に声を掛ける本来の執事の背には、小さな執事が背負われている。
本当に疲れたんだな、悠馬君……。まあ当たり前だ。彼がいくら大人っぽいとはいえ七歳なのだ。
いつのまにか私は、彼が超人か何かだと思っていたのか……。
村の奥、教会のような建物が建造されていた。
まあ、シスターさんっていうくらいだから……キリスト教か何かの信者だろうか。
教会の扉は薄く開けられていた。
その隙間から滑り込むように教会の中に。
すると巨大な十字架の前で、祈りを捧げている修道福の女性が佇んでいた。
私達が訪れた事に気付いた女性は、ゆっくりとこちらを振り向く。
「ようこそ、遠い所をわざわざ……ありがとうございまス」
思わずその女性から目が離せなくなる。
金髪に緑色の瞳を持つ彼女。
微妙に英語の訛りがある日本語で私達を歓迎してくれる。
怖いくらいに美人だ。
女性である私も恋に落ちてしまいそうな……
「あらあら。悠馬はおねむですカ。相変わらず可愛い寝顔でス」
「シスター、こちらが……先日話した方です。お嬢様、こちらがシスター、本名は……」
シスターに私を紹介する正彦。
彼女は丁寧にお辞儀をしながら、私の目の前まで歩み寄ってくる。
「クリスランデルン・シェルス・モラクサンと言いまス。長いのでクリスでお願いしまス」
「こ、こんにちは……奥村 椛といいます……」
自己紹介を済ませる私達。
シスターは私が持つ荷物を奪い取ると、そのまま奥へと。
「こちらにどうゾ。長旅お疲れでしょウ。少し休んでくださイ」
教会内に響く優しそうな声。
幻想的でまるでファンタジーのような世界。
私が今まで感じていた世界とはかけ離れた空間。
確実に……私の中の世界は破壊され、もう一度構築されていく。
私の中で、今まで守っていたガラス玉が破壊された瞬間だった。