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若すぎる執事、幻想

 とても怖い夢。

そう、これは夢だ。かなり怖い夢だ。

悠馬君を抱っこして寝たはずなのに……なんでこんな怖い夢を見ているんだ、私は。


「どうした、顔色が悪いぞ」


「…………いえ、すんません」


私の目の前には一匹の犬。

柴犬だ。可愛らしいワンコだ。

しかし現実とは違う点が一つ。


「ちゃっちゃっと歩け、小娘」


「ぁっ、ハイ」


その柴犬は人語を話している。

しかもかなり渋い声で。

例えるならアレだ。某携帯電話会社のCMの……


「そういえば自己紹介がまだだったな。俺の名は柴犬マリア。お前は何て言うんだ。小娘」


(もみじ)ッス……」


何気に私の名前が出てきたのは初だな。

決して作者が設定していなかったわけでは無い。

“お嬢様”としか呼ばれるタイミングが無かったからだ。

決して言い訳ではない。


「椛か。悪いがリードを引いてくれ。通行人が怯えている」


「ぁっ、ハイ」


柴犬マリアの首輪に繋がれているリードを取り、何処かも分からない道を歩く。

ひたすら狭い道だ。右も左も木々が生い茂り、前を見てもひたすら暗闇。

通行人は居るには居るが生気がなく、まるでゾンビのように歩いている。


「あの、柴犬マリアさん。ここはどこですか」


私はつい、怯えるような声で訪ねてしまう。

柴犬マリアは私に振り向き……あぁ、なんか振り返る姿が可愛い!


「黙ってついてこい」


しかしその渋い声で一気に冷める私。

なんでこんな可愛いワンコがこんな声なんだろうか。

いや、案外……人間に可愛い可愛いと撫でられているワンコは……


『可愛いのは分かっとるわ! いい加減手垢なすりつけるのやめよ!』


とか思っているのかもしれない。

いやいや、そんな筈はない……と思いたい。


 私は言われた通り黙って狭い道を歩く。

犬の散歩なんて久しぶりだ。弟と一緒に近所の犬の世話をしていた時以来だろうか。

その犬の飼い主はお婆ちゃんの一人暮らしで、私と弟が良く代わりに散歩に出ていた。

お婆ちゃんが亡くなって……その犬も追うように死んでしまったが。


「おい、椛。ちゃんと前を見ろ」


「……あぁ、ハイ……」


「違う、さっきから同じ道ばっかだぞ。これはお前の夢だ。お前が何か悩みまくってるからこんな湿っぽい道なんだ。悩みがあるなら俺に言え」


なんだそれは。

悩みと言われても……別に私は……


「悠馬の事だろ。あの子はあのままでいいのか、とか考えてるんじゃないのか?」


「悠馬君……。うむぅ、遠からずも正解といったところか。ワンコ」


ってー! なんかいきなり私の手に噛みついてきた!

痛い……! いた……くはない。夢だからか。


というかいきなり噛むなよ。びっくりするじゃないか。


「お前が意味の分からん事を言うからだ。遠からずってなんだ。もうそのまんまだろうが」


むぅ、柴犬のくせに。


「お前の悩みを少しだけ解消してやろう。というわけでいい加減前を見ろ」


見てるじゃないか。

私はさっきから前見てるぞ。ひたすら真っ暗な道だけど。


「そうじゃない。お前は悠馬の何が気になってるんだ。ただ助けたいと思ってるだけじゃ……何もできんぞ」


「むぅ……。何がと言われても……まあしいて言えば……」


そう、悠馬君は……なんであんなに大人っぽいんだ?

もっと年相応に子供っぽくすればいいじゃないか。

甘えてほしいですたい。


「お前のルーツは熊本か?」


ああん? なんだいきなり。

何々です“たい”とか言ってるからか?

まあ、爺ちゃんが熊本の出身だとは聞いているが……私は行った事ない。


「悠馬が育った孤児院も熊本だ。丁度いい、そこに行こう」


熊本……?

あぁ、そういえば……熊本の孤児院で兄弟達と育ったとか……

それで悠馬君は兄弟達の為に大人に……


 その瞬間、私の目の前の風景は一変する。

暗い道から抜け、一気に明るい舗装された道に。

左手には海が見えていて、まるでどこぞの山のドライビングコースの歩道を歩いているようだ。


「まるで、じゃない。ここはまさにドライビングコースだ。風が気持ちいな」


「うむぅ。くるしゅうない。ここは熊本なのか?」


「あぁ。反対側の歩道を見てみろ」


むむ、なんじゃ……って、なんか子供と一人の……シスターさん? が列になって歩いてる。

先頭を行くのは比較的大きな……高校生くらいの子。

その後に小学生や幼稚園くらいの子が後を追い、最後尾にシスターさんが。


「もしかして……あの中に悠馬君が?」


「だろうな。今は買い物の帰りか」


子供の数を数えてみる。

むむ、十五人。確か悠馬君も八人の兄や姉、六人の弟や妹が居るって言ってたな。

悠馬君自身も合わせれば十五人だ。うむ、全員揃ってるな。


「あのシスターと手を繋いで歩いてる子供がそうじゃないのか?」


柴犬マリアに言われ、私はシスターさんと手を繋いでいる子供を凝視する。

確かに悠馬君っぽい。でも……なんか凄い子供っぽいぞ。いや、悠馬君は子供なんだが。


「あの子……確かに悠馬君っぽいけども。私の知ってる悠馬君じゃない……」


悠馬君はシスターさんにベッタリで、悠馬君よりも小さな子も居るのに……なんだかシスターさんを独り占めしてるって感じだ。私の知ってる悠馬君なら先頭を颯爽と歩いていてもおかしくないのに……。


「ある意味ではお前の願望かもな。もっと悠馬は子供っぽくすべきだ、という……」


「あぁー……それはあるかも……」


その時、悠馬君より年下っぽい女の子が転んだ。

すぐにシスターさんは悠馬君と繋いでいた手を離し、女の子を抱き上げる。

でもその時、手を離された悠馬君は泣き出してしまった。


「なんて可愛い悠馬君……じゃない、悠馬君を慰めてあげて! シスターさん!」


しかしシスターさんを含め、残りの子供達は悠馬君を置いて歩いて行ってしまう。

取り残された悠馬君は……一人で泣いている。


「あれ? なんで行っちゃうの? 悠馬君置いて……」


「これはお前の夢だ。お前の中では……悠馬は一人ぼっちだという先入観があるからだ」


……そうか。

悠馬君は両親に先立たれ、一人で孤児院に預けられた。

私とって当たり前の存在が悠馬君には居ない。


「……向こう側に行って悠馬君を慰めたいのだが……柴犬マリアよ」


「いつのまにか呼び捨てか。まあいい。行くか」


車道を確認しつつ横断する私達。

良い子も悪い子も横断歩道を使うように!


 そのまま泣いている悠馬君の傍に行き、目線を合わせるようにしゃがみ込む私。

すると悠馬君は私の顔を確認しつつ、首を傾げてくる。


「おねーちゃん……誰?」


ふぉぉおぉぉ! 可愛い! 悠馬君可愛い!


「おちつけぃ。早く慰めよ」


おおぅ、そうだった。


……あれ?

なんて……慰めればいい?


私は……どうやって悠馬君を慰めればいいんだ……?


「…………あれ?」


ポロポロと、何故か私の目から汗が。

あぁ、汗が止まらん……何故だ、何故とまらぬ!


「汗じゃない、涙だ」


んなもん分かっとるわ!

なんで私が泣くんだ……


「もう分かっただろう。お前の本当の悩みが」


「私の……悩み?」


「そうだ。お前は普通の家庭で普通に育った。悠馬とは環境がまるで違う。そんなお前には、悠馬を慰める言葉が出てこない」


あぁ、その通り……かもしれない。

じゃあ教えてくれ……私は何て言えばいい……。


「んなもん知らん……と言いたい所だが、そんなに難しく考える必要はないだろ。お前は悠馬の為に……何がしたいんだ」


「何……が? 私は……悠馬君の……悠馬君が笑ってくれるような……」


そう、面白い人に……なりたい……


「なんでここでそんなボケかますよ。もっと真面目に考えよ」


「そんな事を言われても……まあ、簡単に言えば悠馬君の家族になりたい……」


「それでいいだろ。なんだ、面白い人って……」


むむぅ、五月蠅い犬。

しかし家族と言っても……悠馬君を養子に取る……とか?


「それも一つの手だが、もっと悠馬が望む形でもいいんじゃないのか?」


悠馬君が望む形? 悠馬君は……どうしたいの?


 私はそっと、悠馬君の涙を指で拭う。

こうしてみると子供にしか見えない。

私の知っている悠馬君は……もっと……大人っぽい。

でもやっぱり、あれは無理をしていたんだろうか……。


 そんな悠馬君に私は尋ねる。

君は……どうしたい? と。


悠馬君はゆっくり口を開き……私へこう告げてくる。


「皆と……皆の所に帰りたい……」


それは……熊本の孤児院に……という事だろうか。

でも孤児院は火事で……それで皆バラバラの施設に預けられて、悠馬君も……


 その瞬間、再び風景が一変する。

大自然のドライビングコースから、一気に無機質なコンクリートに囲まれた部屋に。


「あれ? ここどこ……悠馬君?」


さっきまで私の目の前にいた悠馬君も消えている。


「あっちだ。椛」


柴犬マリアに言われ、コンクリートの部屋の角で蹲っている子供を見る。


その子は……悠馬君?


ちょっと待って……何で、なんで……カッターナイフで……


自分の手首を……


待って……待って……


待って……!




「僕……生きてる……?」







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