若すぎる執事、探索
焼き芋を食した後、私達はモンブランの飼い主を探そうと近所を練り歩いている。
ついでに夕飯の買い出しもしていこう。カレーのルーなんて家にあるかどうか分からんし。
というか、あっても何処にあるのか分からない!
最近、料理は家政婦さんに任せっきりだったからな……
「うーん……お嬢様、ここはSNSを活用すべきです」
「うん? それなんだっけ……イギリスの特殊空挺部隊?」
「それはSASです。ソーシャル・ネットワーキング・サービスの略ですよ。要するにインターネットですね」
ふむぅ、君は近代っ子だな!
小学二年生にしてスマホ持ってるし!
「何せ独り身ですから。何かあった時用って正彦さんが持たせてくれたんです」
正彦……?
あぁ、初めて名前が出てきたが、正彦というのは……あのグアム野郎だ!
ん? やっぱり君はグアム野郎が引き取ったの?
「両親が亡くなって……色々手配してくれたのはグアム野郎です。父に世話になったからって……」
そうなのか。
奴も良い所あるではないか。
「じゃあモンブランの写真を撮影して……投稿してみますね」
うむぅ。
早く飼い主見つかるといいな、モンブラン。
「わん!」
いい返事だ!
むぅ、でもこのモフモフ感……たまらん。
犬欲しくなってきちゃうじゃないか。
「ぁ、早速メールきました」
「マジか、早いな。飼い主?」
「えーっと……」
『きゃわぃぃぃぃぃ! 萌え萌え! きゅんきゅん! ウチの子にしたーい!』
「飼い主では無いようですね……っていうかハイテンションですね、この人」
気持ちは分らんでもないが。
って、その写真……私の顔も写ってるじゃないか。
もしかしてこの人、私の事を……
「自意識過剰です、お嬢様」
酷い! 悠馬君酷い!
私だって可愛いぞ!
「ぁ、二通目来ました。えーっと……」
『可愛い犬には牙がある……』
「何が言いたいんですかね。どんな犬にも牙はありますよ」
たぶん、ノリで書いただけじゃないのか?
私もよくやる。
「っていうか飼い主を探してるのに……ぁ、三通目来ました」
『申し訳ありません、首輪のイニシャルをDMで送って頂けませんか?』
ん? 何それ。首輪のイニシャル?
「お嬢様、首輪に何か書いてありますか?」
「ちょっと待たれよ……あぁ、書いてある。A・I? この子、人工知能なのか?」
「焼き芋食べれる程、まだ人類の技術は進んでませんよ。イニシャルです。えーっと……DMでイニシャルを……」
ふむふむ、さすが近代ッ子……手慣れてるな。
というかDMって何?
「ダイレクトメッセージの略です。直接メールを送るって事ですよ」
ほほぅ。
「でも念の為、イニシャルを逆に聞いてみましょう。それであってたら飼い主です」
ん? なんでそんなイジワルするん?
素直に送ってあげればいいではないか。
「飼い主に成り済ましてる可能性もあるって事ですよ。首輪にイニシャルなんて、今時別に珍しくもないですから」
頭いいな、この子。
まあ確かに……別の人に渡して売られたりしたら……可哀想だしな。
「ぁ、メール帰ってきました。A・Iです。あってますね。この人が飼い主っぽいです」
おお、結構早めに見つかったな!
SNS素晴らしい。
「落とし穴もありますけどね……さて、じゃあ待ち合わせ場所も決めたので向かいましょう。すぐそこのコンビニです」
コンビニか。カレーのルー売ってるかな……。
「そこは素直にスーパー行きませんか? 野菜とかお肉とかも買いたいですし……」
「君はまるで主婦だな……」
※
そんなこんなで待ち合わせ場所のコンビニに到着。
コンビニの前には……なんか如何にもヤンキーっぽい兄ちゃん、携帯弄ってる女子学生、自転車のサドルに座っている子供がいる。
むむ、どれが飼い主だ? 消去法的に……あのヤンキーが飼い主だ!
「どんな消去法したんですか! 一番無いですよ! あの人!」
そうか? 人は見た目で判断してはいけないぞ、少年。
というか外見とか聞いてないのか、君は。
「えっと、電話番号だけ聞いてて……ちょっとかけてみますね」
そのままコールする悠馬君。
すると、こちらに気付いたのか、飼い主らしき人物が近づいてきた!
「……こんちゃッス……」
ペコっと会釈しながら小声で挨拶してくるヤンキー。
ほらぁー! やっぱりヤンキーが飼い主じゃない!
悠馬君がなんか凄い悔しそうな顔してる。
「えっと……この子の飼い主さんですか?」
恐る恐る訪ねる悠馬君。
するとヤンキーは頷きつつ……
「……そうッス……」
「えっと、じゃあ……おじょ……お姉ちゃん」
むむ! なんか今、凄いキュンキュンした!
ワンモア! お姉ちゃんってもう一回言って!
「お姉ちゃん早く! その子返してあげて!」
むふふ、余は満足じゃ。
そのままヤンキーへとモンブランを手渡す私。
むむ、モンブラン……ヤンキーの顔舐めまくってる。
ホントに飼い主なんだな……
「……あざッス……」
会釈しながらお礼を言ってくるヤンキー。
というか……随分メールと印象違うな。
もっとハキハキと喋れ!
「……お姉さん……電話番号教えてもらっていいですか」
「ん? あぁ、別にいいけど……」
と、携帯を取り出そうとした直後、悠馬君に手を引っ張られる私!
おおぅ、どうした悠馬君!
「お姉ちゃん! 早く買い出しいかないと!」
「えっ?! あぁ、うん、じゃ、じゃあそういうことで! バイバイ! モンブラン!」
「わん!」
※
悠馬君に手を引っ張られ……というか何気に手繋いでる……。
あぁ、悠馬君の手……ちっちゃくて可愛いなぁ……
「もう……気をつけて下さい、お嬢様」
「むむ、お姉ちゃんは? もう呼んでくれないの?」
「人前でお嬢様なんて呼べないじゃないですかっ!」
あぁ、それで……お姉ちゃんって咄嗟に言い直したのか。
君は本当に頭がいいな。
「で? 気を付けろって……なんか私悪い事した?」
「悪い事じゃないですけど……むやみに電話番号教えちゃダメですよ。っていうか今のはナンパです」
ナンパ? アハハ、バカを言っちゃいかん。
ナンパってもっと怖いんだぞ。いきなり自分の事を蜂とか言ってくるんだから。
「どんなナンパですか、それ……とにかく、お嬢様は無駄に美人なんですから……もっと気をつけてください」
「美人?」
途端に顔を真っ赤にする悠馬君。
うほぅ! 可愛い!
そうかそうか、悠馬君は私の事を美人だと思ってるんだな。
「も、もう知らないです! 僕一人で買い出ししてきますから!」
「あぁ! ごめんよ! 私一人だと迷子になるだろ! 待って!」
そんなこんなで悠馬君と共にスーパーへ入店。
手は繋いでくれないのか。ワシ寂しい。
「子供じゃないんですから。お嬢様はカート引いてください」
「オス。ところで悠馬君、カレー作った事ある?」
「勿論ありますよ。お嬢様は……無いですよね」
何その可哀想な物を見る目は。
見くびるんじゃない! 中学の時に合宿で作ったもんね! カレー!
「キャンプか何かですか?」
「合宿だ、合宿。私、こう見えても中学の頃は柔道部だったから……」
なんか凄い意外そうな目で見てくる悠馬君。
えっ、何? そんなに変?
「か、カッコイイですね! 柔道! お嬢様、人をバッサバサ投げれるんですね!」
「投げれんよ。ジャケット着てたらまだしも……というか県大会で二位止まりだったし……」
「十分だと思いますけど……」
まあ、父もレスリングやる前は柔道やってたしな。
家にも道場あるし、練習ならいくらでも出来たからな……。
「ところで悠馬君。まずは野菜からか?」
「ですね。夏野菜カレーにしますか? それともシーフードもいいですよね」
「シーフード一択で」
「じゃあ夏野菜カレーにしましょう」
あぁ! なんで君はそんなイジワルするの!
私、野菜とかあんまり好きじゃない!
「子供ですか」
「ぁ、なんかすんません……」
「まあ、分かりましたよ。シーフードにして、御菜にサラダも作りましょう」
ホントに君は主婦みたいだな。
でもシーフードか。何入れるんだい?
「海老やイカが定番ですね。あとホタテとか……」
「ふむふむ。その辺りは悠馬君に任せよう」
「その辺り“も”でしょう」
うわぁん! 悠馬君がいぢめる!
「じゃあお嬢様、折角の機会なので……玉ねぎを選んでください」
ああん? 玉ねぎ?
玉ねぎなんて……どれも同じだろうが。
「実は結構違ってくるんですよ。えっと……ちょっとコレとコレ、持ってみてください」
悠馬君に玉ねぎを二つ、両手に持たされる私。
ふむ。単純に……重いのと軽いのがある。
「そうです。重くて硬く締まってる方が美味しいんですよ。水分保ってますから」
「へー……」
「今マジでどうでもいいって思ったでしょ」
思ってない!
大変に参考になる!
「軽いとどっかに傷が入ってたり、乾燥しすぎてる場合があるんです。なので玉ねぎは重いのを選んだ方がいいですよ」
成程……君、そういうの何処で教わるの?
「シスターさんに教えてもらいました。兄弟達の中で料理するのは僕と……もう一人の姉くらいだったので……」
ほぅ、他の兄弟達は料理とか手伝ってくれなかったのか。
「そりゃもう……僕と全く同じ名前の兄なんて……炊飯器の使い方すら知らないんですから」
「へ、へー……そうなんだ……」
えっ、何。
何そのジト目は!
「お嬢様も知らないんですね……使い方……」
「し、知ってるぞ! パカってあけてご飯つぐだけだろうが!」
「炊き方ですよ。それとご飯は“つぐ”じゃなくて“よそう”ですから」
日本語って難しい……。
※
カートにカレーの材料を詰め込み、レジへと向かう途中……何処かの親子連れが私の目に止まった。
母親に子供が「お菓子かってー」と強請っている。子供は悠馬君と同じくらいの……いや、下手したら悠馬君の方が年下だろう。
(悠馬君も……本来ならあんなふうに親に甘える歳だろうに……)
両親に他界され、孤児院の兄弟達のために大人になった悠馬君。
私はこの子からどれだけ物を学んだ事か。
まだ七歳の……この子から。
「……悠馬君、お菓子とかいらない?」
「……変な気は使わなくていいですから」
どうやら悠馬君にも、あの親子が見えていたらしい。
悠馬君には私の考えなどお見通しなのだろう。
「お嬢様、僕は……生意気で憎たらしいですか?」
「そんな事思った事もないけど……いや、ごめん、何回かあるわ。でも私は知ってるから……悠馬君が本当は……甘えん坊だってことを……」
そう、私の胸でわんわん泣いていた悠馬君を、私は知っている!
「それ忘れてって言ったのに!」
「悪いが無理だ! 私は危うくキュン死しそうになったんだから!」
途端に真っ赤になってソッポを向いてしまう悠馬君。
最初は心配だった。
この子が親から虐待を受け、大人にならざるを得なかったのでは……と。
でもこの子にはこの子の事情があった。
この子はこの子なりに考えて……
その時、レジで並ぶ私達の後方から女性の叫び声があがる。
一体何事かと振り向く私と悠馬君。
するとそこには一人の男が、店に並んでいた包丁のパッケージを破りすて手に握っていた。
そして目の前には、先ほどの親子。
母親の腕からは血が流れている。
「え? お嬢様!」
私は咄嗟に走っていた。
男の元に。
ダメだ、ダメだ、ダメだ。
今あの母親が死んだら……あの子が……悠馬君みたいに……
あぁ、私最低だ。
悠馬君みたいってなんだ。
まるで悠馬君が可哀想な子みたいじゃないか。
私は……一体何様のつもりだ。
「死ね……死ね……」
母親へと振り下ろされる包丁。
私は咄嗟に近くにあった商品を手に取り、男の頭へと投げつけた。
包丁は止まる。
でも男は私を見た。
死んだ魚のような目で、私を睨みつけてくる。
「何だテメェ……死ね……死ね……!」
私へと包丁を構えて突進してくる男。
あぁ、ダメだ。
確か柔道の昇段審査でこういうのあったけど……全然覚えてないわ……
もっと真面目にやってれば……
やけに男の動きは遅い。
まるでスローモーションだ。
あぁ、もしかしてこれ、走馬燈の一種だろうか。
私ここで死ぬのか?
それは嫌だ……悠馬君とまだ……あんな事やこんな事、してない。
というかまだ出会って一日目だ。
まだまだ……これから、もっと、たくさん……悠馬君と……過ごして……
私、死ぬ……無駄……本当に無駄な十九年間。
この十九年、一体何をしていた。
小学生の頃に剣道やって……中学で柔道……高校でレスリング……
まるで父の人生を辿っているかのような……
そうだ、私は父のように……あんな風に……
強く……なりたかったんだ……
強くなりたい、強くなりたい、強くなりたい
無駄じゃない、私の人生……無駄なんかじゃない……
絶対……無駄なんかじゃ……