若すぎる執事、号泣
自慢じゃないが、私は今まで風呂掃除などしたことが無い。
とりあえずアレだ。洗剤でゴシゴシしよう。
「えーっと……これか? 混ぜるな危険……ふむ」
なんかドラマで見た事あるな。
世の中には混ぜてはいけない薬物が存在する。
フフッ、いくら私でもそのくらい分かるぜ。
「とりあえずコレを吹き付けて……スポンジでゴシゴシと……」
ふむぅ、元々綺麗だから汚れが落ちてるのか良く分からん。
しかしまあ……これでいい筈だ!
食堂みたくピッカピカに……
「あれ……なんか……」
眩暈がする……。
あぁ、久しぶりに全力疾走して足腰砕けそうになったからな。
もしかして疲れてるのかも……
「お嬢様……? なんか凄い匂いが……って、うわぁ!」
むむ、起きたのか、悠馬君。
「何してんですか! 換気扇付けて! 窓開けて! お嬢様、出てください!」
「何をいう、今私は風呂掃除を……」
「密室でそんな強いの使っちゃダメです! 早く出て!」
悠馬君に風呂場から出され、窓を開け換気扇を付ける悠馬君。
むむぅ、なんだねいきなり。
「お嬢様、危ないですよ。この洗剤は絶対換気しながら使ってください」
「ふむぅ……そうなの?」
「やっぱり僕がやりますから。お嬢様は大人しく……」
ぐっ!
アカン! 頼れる大人という所を見せつけるつもりが……失望させてしまったようだ!
阿保だ、阿保すぎる私……小学生に洗剤の使い方を教わるなんて……
「うぅ……悠馬君……」
「って、また泣いてるんですか。いい加減ウザイです。お嬢様」
そんな事言わないで!
私はもっと……君に頼れる大人でなくちゃあいけないんだ!
「……? なんでそんな……」
「だ、だって悠馬君……親に虐待されて……大人にならなきゃって思って……」
「……いやいやいや、何を言っているんですか」
え? ちがうの?
※
とりあえず風呂場から避難し、リビングへと赴く私達。
悠馬君は先ほどのロケットを取り出し、私に見せてくる。
「僕の両親は海外の大学で教授をしていました。僕も生まれはノルウェーです。両親は二人とも日本人ですけどね」
「ノルウェー……」
なんか凄い遠いな。
えっ、ということは……ご両親は今ノルウェー?
「いえ……両親は他界しました。飛行機事故で……」
……え
「僕は奇跡的に助かりました。でも肉親を亡くした僕は施設に預けられて……熊本の孤児院に」
熊本……
「そこで僕は、八人の兄や姉、六人の弟や妹と共に過ごしました。でもある日……孤児院が火事になって……僕達はバラバラに、また別々の施設に預けられました」
「えっと……じゃあ悠馬君は……今施設に……」
「……はい。お嬢様もおかしいと思われたでしょう? 小学生の僕が、何故執事なんてしているのかって」
そりゃあ……まあ……
「僕は……ワガママなんです……。出来る事なら、あの孤児院に戻って……また皆で過ごしたいんです。だから駄々を捏ねて……学校を休み続けているんです……」
「…………」
「失望しましたか? 僕は……とてもワガママで生意気な……」
「…………」
今すぐ悠馬君を抱きしめたい。
抱きしめて、そんな事ないって慰めてあげたい。
でも、私がそれをしていいのか?
くだらない理由で大学にも行かずに家でゴロゴロしていた私が……それをしていいのか?
私には……悠馬君を慰める資格さえない。
今ここで悠馬君を抱きしめても……きっと慰められるのは私の方だ。
「ごめんなさい、お嬢様……執事は失格ですね……僕はもう、施設に戻ります」
そのまま立ち去ろうとする悠馬君。
私はいつのまにか、そんな悠馬君の腕を掴んでいた。
「……お嬢様?」
なんて言えばいい。
私は……なんて……この子に言えばいい。
行ってほしくない。
素直にそう思う。
君を元気づけたい。
素直にそう思う。
私と一緒に居て欲しい。
素直に……そう思う。
「悠馬君……私も……大学行ってないんだ……」
「知ってます……」
あぁ、そうか。
あのグアム野郎に聞いてるんだっけ……
「私のはさ……本当にくだらない理由なんだけど……掃除も料理もろくに出来ない……ダメな奴だけど……」
「知ってます」
「うん……その……こんな私でも、悠馬君の役に立ちたい。私は悠馬君のタメに何か……してあげない。分かってるよ、こんなの……ただの自己満足だって……。私は君に、立派な大人だって所を見せつけたいだけなんだって……でもそれでも、私は悠馬君のために……」
あぁ、また泣いてるよ、私。
ウザイ、こんな大人、ウザすぎる。
今まで私は何をしていたんだ。
私の十九年、無駄じゃないか。
なんて無駄な時間を……過ごしてきたんだ……。
「お嬢様と居ると……僕楽しいです」
その時、天使のような囁きが。
駄目だ、駄目だ、私はまた……この子に慰められて……
「本当に……楽しいんです……本当に……っ」
ポロポロと大粒の涙を流す悠馬君。
そんな悠馬君の顔は子供その物。
私は初めて、年齢相応の悠馬君を見た。
「ひぐ……ぅっ……本当に……本当に……」
悠馬君は私の胸へ抱き着いてくる。
そのまま大声をあげて泣き出す悠馬君を、私はそっと抱きしめた。
私も一緒に泣いてしまった。
二人で泣いた。
どうか、どうか……貴方のために何かしてあげたい、と。
※
ひとしきり泣いた後、悠馬君はいつもの調子に戻っていた。
二人で風呂掃除をしつつ、悠馬君は
「さっきのは忘れてくださいっ」
そう言いながら執事に戻る悠馬君。
しかし何処か、私と悠馬君の距離は確実に縮まっていた。
なんなら私は……
「悠馬君……一緒にお風呂に入ろう!」
「嫌です」
一撃で粉砕される私!
何故に!? お風呂入ろうよ!
「い、嫌ですよ! 小学生にもなって……一緒にお風呂だなんて……」
むむ、なんだか顔が赤いぞ。
ムフフ、もしかして恥ずかしいのか?
「悠馬君……悠馬君は私の執事だよね?」
「そう、ですけど……」
「お嬢様の背中を流すのも……執事の仕事なのでは?!」
「へ、変態! 犯罪ですよ! 小学生を襲うなんて!」
誰もそんな事言ってない!
人を変態扱いするとは……けしからん! 無理やりにでも一緒に入ってやる!
そのまま悠馬君を抱っこし、脱衣室へ!
ゲッヘゲッヘ。さあ、服を脱ぐのだ。
「や、やっぱり変態じゃないですか! 嫌ったら嫌です!」
「何をそんな頑なに……私の胸でワンワン泣いてたではないか」
「それは忘れてくださいって言ったでしょう!」
まあそんな遠慮するな。女子大生とお風呂に入れるなんて貴重な体験だぞ。
無理やりに悠馬君の服を脱がせつつ、私も浴室へ突入する準備を整える。
さあ、行こうぞ!
「うぅ……こ、こっちみないでください……」
「何をそんなに恥ずかしがってるんだ。ほらほら、入るぞ」
浴室へと入り、とりあえず掛け湯する。
むむ、悠馬君の肌はツルツルだな。小学生の肌……羨ましい。
「とりあえず私が体を洗ってやろう。ゴシゴシとな!」
「うぅ、襲われる……」
だから襲わんって。
というか、体洗う前に髪だな。
私のシャンプーでいいよな。
「悠馬君、シャンプーハットとかいる?」
「いりません……僕そこまで子供じゃないので……」
そうなのか。私は中学まで使ってたぞ。
「マジですか……」
シャワーを出し、悠馬君の髪を濡らす。
ふむぅ、髪もサラサラ……羨ましい。
「じゃあゴシゴシするよー」
シャンプー液を手に垂らし、軽く馴染ませつつ髪へと塗りたくる。
そのまま指の腹で小刻みに擦る私。
「ふぁ……なんか気持ちいです……お嬢様……」
「うむぅ、私の髪洗いテクを舐めるなよ」
そういえば……こんな風に髪を洗ってあげるなんて……弟以来だ。
今私の弟は、弓道の海外遠征でアメリカに居る。
生意気で憎たらしい奴だが、昔は姉ちゃん姉ちゃんって私の後に着いてきていた。
「悠馬君……孤児院のお姉さんの事……好き?」
「当たり前じゃないですか……」
「私の事は?」
「……んー……」
おい、悩むんかい!
そこは即答するべきでしょ!
「だってすぐ泣くし……強引だし……子供っぽいし……掃除もろくに出来ないし……」
うっ……何も言い返せん……。
「まあ、でも……」
「……でも?」
「好きです」
ヤヴァイ……私やばくないか。
なんか今一瞬……キュン死しそうになった。
「お嬢様は……どうなんですか。僕の事……その……好きですか?」
「えー? そんなの……」
って、あれ……これ予想以上に恥ずいぞ。
好きって言葉を出すのが……凄まじく……
「……お嬢様?」
「そ、そんな事……聞かなくても分かるでしょ!」
「え、えぇぇぇ?!」
そのまま私達は本当の姉弟のように……お風呂に入った。
少しでも、貴方の笑顔が見れますように。
そう……願いながら……。