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十年越しの紅い奇跡《前》

 僕は十年前、とある女性と出会った。

七歳の僕が執事としてその女性に仕えていたのだ。


『悠馬君かわゆぃー!』


僕はその女性に命を救われた。

彼女と出会わなければ……今この世界に僕は居なかっただろう。


 左手首に残る傷。

この傷が知っている。

僕はずっと……十年前までこの手首を何度も切り続けていた。

理由は良く分からない。

だが切らずにはいられない。自分の赤い血を見なければ、という謎の義務感が当時の僕にはあった。


『悠馬君、悠馬君! ご飯だぞ!』


 ところが僕の自傷癖は、彼女によって全く別の物に上書きされた。

彼女に見せられた……あの景色によって。


そしてその日を最後に……彼女は僕の目の前から消えた。

僕の中に、紅い思い出を残して……。




 ※




 季節は秋。

寒くも無い、暑くも無い季節。

たしかお嬢様、彼女はこの季節が一番好きだと言っていた。

正直僕には退屈な季節だ。秋という季節はイベントが少ない。

高校では文化祭が開催されるが、正直退屈なだけだ。


 今現在、僕は孤児院から通いで熊本の県立高校に通っている。

そして今まさに、その文化祭の出し物を決める為の話し合いが行われているのだが……


「えー……多数決で、我がクラスの出し物はメイド喫茶となりました。文句ある人はいる?」


会議のまとめ役であるクラス委員の発言に、女子の大半は挙手。

女子は皆、鬼の形相で発言権を求めていた。


「えっと……沢村さん、どうぞ」


「反対にきまってんだろぉぉぉ! 多数決って、賛成の奴……皆男子じゃん! 男子の方が一人多いからって横暴すぎんだろ!」


至極尤もな意見だ。

メイド喫茶の提案をしたのは男子。

このクラスの男子達は結託し、女子に可愛い恰好をさせようという策略を巡らせている。

僕は正直何でもよかったので男子の策略に乗ったが……女子からのブーイングは当然予想していた。


「おい……悠馬、女子達はファンタスティックなまでに激オコだ。ここで例の作戦を決行するべきだ」


そう言ってくるのは真後ろの男子生徒。

メイド喫茶をやろうと言い出した男子であり、このクラスの男子連中からはボスザルと呼ばれている。

体がゴツく、顔は高校生とは思えない程の風格の持ち主だからだ。

 そんなボスザルは僕へと“例の作戦”を開始せよと指令を下してくる。

僕は溜息を吐きつつ、正直気乗りしない作戦を結構すべく挙手してクラス委員長へと発言を求める。


「むむ、なんだね悠馬君」


ちなみにクラス委員長は男子。勿論グルだ。

 僕は発言の許可を得ると起立し、軽く深呼吸しつつ……言い放った。


「女子達は何か勘違いしています。メイドの恰好をするのは女子ではありません」


ざわつく教室。主に男子だが。

ちなみにこれも演技。女子達は「何いってんだアイツ」という目で僕を見てくる。


「五分程時間を頂きます」


 僕はそのまま教室から出ると男子更衣室へ。

そこに隠してあるメイド服を取り出し、再び溜息。


「はぁ……なんで僕が……覚えてろよ男子全員……」


学ランを脱ぎ、その代わりにメイド服へと袖を通す。

なんとも可愛いデザインのメイド服だ。ちなみにこれを作ったのはシスターさん。

事情を説明すると妙にニヤつきながらも一晩で作ってくれた。

ちなみにシスターさんや他の弟や妹達の前で、既に羞恥プレイは経験済みだ。


「っていうかカツラまで用意してくれるなんて……準備良すぎ……」


メイド服は怖いくらいに僕にピッタリサイズ。

更衣室の姿見で確認しつつカツラを被り、細かい部分を見直す。

ちなみにフリルが満載で、男の僕が履いていいのかとツッコミたくなるミニスカのメイド服。


「……うむ……僕ってば可愛い」


 今この場に……例のお嬢様が居たら、きっと鼻血を垂らしながら喜んでくれるだろう。

だがお嬢様はもう居ない。僕の命の恩人は……。



 メイド服を完璧に着こなし、教室へと戻ると再びザワめく教室。

だが今度は男子ではない。女子を中心に疑問の声が上がっている。


「え? 誰?」


「何あの子……可愛い……」


「ん? ちょっと待って……まさか……」


女子の数人が気付きだすと、それに伝播するように次々と驚きの声が上がる。

そのまま女子達に僕は完璧に着こなしたメイド服姿のまま、その場で一回転。

 

 舞い上がるスカート。

下着が見えるか見えないかくらいのキワキワぶりに、男子諸君からも声援が。まあスカートの下はトランクスだが。


 そこで僕は驚くクラスメイト達を前に……すかさず、こう言いなった。


「メイドは僕で十分……なぜなら……僕がこのクラスで一番可愛いから……!」


途端に静まり返る教室。

あれ? 男子諸君から声援が贈られる筈なんだが……。

いや、待て、こいつら……ドン引きしてやがる!

女子はともかく男子まで! どういうつもりだ! 話が違う!


「あぁ、成程成程……」


 その時、一人の女子が獲物を狙うシロクマのように……ゆっくりと立ち上がった。

そのまま鋭い目線で僕を舐めるように……足の先から頭のテッペンまで見てくる。


「フフフ、悠馬君ったら。自分の女装で女子達に発破かけたつもりなんでしょうけど……そんな挑発には乗らないわ! 何故なら……本当に美しいのは(ワタクシ)なのだから!」


えぇ……何いってんのコイツ……。

まあ、確かに貴方は可愛いけども。

有名財閥のお嬢様であらせられるけども。


「悠馬君? 確かに貴方は可愛いわ! でもまだまだよ! 着こなしってもんがなってないわ! (ワタクシ)が真のメイドというのを教えて差し上げるわ! 文化祭当日! 勝負よ!」


すると教室中から拍手が!

男子からは早くも賭けの対象になり、ドン引きしていた女子達も声援を贈ってくる。


そしてそのまま……クラスの出し物はメイド喫茶で決定となった。




 ※




 メイドから普通の男子生徒へと戻った僕は、先ほど文化祭当日の決闘を申し込んできた女子の元に。

今は昼休み。当人はいつも立ち入り禁止の屋上で飯を食べている。別に友達が居ないわけでは無い。居ないわけでは無いのだが、何故か昼食は一人で食べている。


 屋上への階段を上り、立ち入り禁止の札を無視して扉を開ける。

すると目の前に彼女が見えた。柵の手前のベンチで、何やら携帯で音楽を聴きながらコンビニ弁当を食している。なんだか以外だ。お嬢様なんだから……もっと豪華な飯を食っているものかと思っていたが。


「……九条さん、隣いい?」


九条(くじょう) もみじ 


僕の命の恩人と同じ名前の彼女は、携帯から繋がるイヤホンを耳に装着している為……僕の言葉が届いていないらしい。今は首を小刻みに振りながら、聞いているであろう音楽に合わせてリズムを刻んでいる。


(返事が無い……どうやらただのシロクマのようだ)


意味不明な事を思いながら九条さんの隣へと座る僕。

するとようやく僕の存在に気付いたのか、九条さんはビクつきながら反応する。


「おおぅ! 悠馬君……! いきなりビックリするじゃないか」


九条さんはイヤホンを取り外しつつ、口に入っている米粒を僕に飛ばしながら言い放ってくる。

行儀が悪いですよ、お嬢様。


「九条さん、口にあるもの飲み込んでから喋って」


僕の顔にも飛んできたし……。そっと頬についた米粒を指で取り、そのまま口に運ぶ僕。

すると九条さんは顔を真っ赤にしながら


「な、なななん! 何をしてるん……! 何をしてるん君!」


「え?」


何って……なんだろう。

ベンチの隣で今からご飯を食べようとしていますが。


「ちっがーう! 今……」


途端に……更に顔を真っ赤にしながら大人しくなる九条さん。

そのままベンチに座りつつ、モジモジしながら僕の方をチラッチラとみてくる。


あぁ、もしかして僕の弁当が欲しいのだろうか。

流石は九条さん。お目が高い。

何せこの弁当は半分僕、半分シスターさんという高レベルな弁当だ。

孤児院の二大シェフが二人で作った弁当……美味しいにきまってる。


 だがその前に……九条さんにはお礼を言わなければならない。


「九条さん、さっきはありがとう。助かった」


「あん? 何の事よ」


九条さんは本気で何の事? と首を傾げてくる。

 何気に彼女は男女問わず人気者だ。

有名財閥のお嬢様だから、というわけでは無い。

その美貌もさることながら、サバサバとした性格も人気の秘訣だ。


 そんなお嬢様へ、僕は何故お礼を言うのかを説明する。


「さっき、ドン引きされる僕を助けてくれたでしょ。文化祭当日に勝負とか言って……」


「あぁ、あれは本気よ。(ワタシ)の方が可愛いに決まってるわ!」


いや、まあ……そりゃそうでしょうけども。

というか今はそういう話じゃなくて……


「ま、まあ……勝負云々は置いといて……九条さんがあの時、ああいってくれなかったら……」


恐らく、ドン引きされたまま終わっていただろう。

本なら男子から声援が贈られつつ「そうだそうだ! 悠馬で十分だ!」といいながら女子を挑発する手筈だったんだが……まあ、それでも成功するとは思えない作戦だったが。


「あぁ、そういう事。別に助けたわけじゃないわよ、悠馬君が本当に可愛かったから……イラっとしただけよ」


九条さんは僕の隣でバクバクコンビニ弁当を一気に完食。

そのまま屋上から立ち去ろうとしてしまう。


「ぁ、ちょっと九条さん、待って!」


立ち去ろうとする九条さんのスカートを摘まむ僕。


「……悠馬君、それはセクハラよ」


「ごめん、僕も凄いドキドキしてる……というわけでちょっと待って。隣にお座りなさい」


九条さんは渋々……僕の隣へと座りなおし「何か用か」と腕を組みながら頬を膨らませる。


「その……九条さんは僕を助けたつもりなんて無いかもしれないけど、僕は一応これでも感謝してるから」


「人のスカート摘まんどいてよく言うわ。悠馬君じゃなかったら回し蹴りしてる所よ」


むむ、僕ならいいのか。

なんだかちょっと勘違いしてしまうぞ。


 少しドキドキしながら弁当を開封する僕。

その瞬間、辺りに広がる魅惑の香り。僕とシスターさんの共同作業の結晶。


「……ゴクッ……」


今、確実に彼女が唾を飲み込んだ……ような気がする。


「九条さん、いつもコンビニ弁当なの?」


「え? あぁ、まあね。ウチの母が昼飯くらい自分で作れって五月蠅いのよ。でも作るのは面倒くさいからコンビニで買ってくるの」


ふうむ。

僕は毎朝自分で作ってるぞっ。


「そうなの? 悠馬君ったら……主婦みたいね!」


「お褒めの言葉をありがとう。というわけで九条さん、僕のお弁当から好きなの好きなだけ取って」


これが僕にできるせめてものお礼。

九条さんは差し出された弁当へと目を落としつつ、再び唾を……飲み込んだ気がした。


「い、いいの? 凄い美味しそうな匂いね……本当に悠馬君が作ってるの?」


「正確には僕とシスターさん。ぁ、でもそのハンバーグは僕のお手製」


「じゃ、じゃあ……」


そっとハンバーグを指で摘まむ九条さん。

そのまま口へと運び……段々と顔が険しく……


あれ? なんでそんな……怖い顔してんの?

もっとこう……美味しさを体で表現せよ!


「……美味しすぎるわ……何よコレ! なんでここまで料理できるのよ! 悠馬君!」


「まあ……結構昔から料理とかしてるから……」


「っく……可愛い上に女子力も高いなんて……反則だわ。ファールだわ。レッドカードだわ!」


退場処分を食らう僕。

しかしこの場から今立ち去るわけには行かない。

何故なら食事中だから。


 僕も箸を使いハンバーグを口へと運ぶ。

むむ、今回のは結構美味く出来てる。スパイシーな味付けがまたいい。


「悠馬君……卵焼きも貰っていい?」


「ん? うん、勿論」


僕は卵焼きを箸で摘まみ、そのまま九条さんの口元へ……


「え? ちょ、ちょちょちょ! 何よソレ!」


何って……卵焼き……?


「そっちじゃなくて! 悠馬君は私に何をしようとしてるの!」


何って……あーん?


「そ、そんな……私達、恋人同士みたいじゃない!」


あぁ、成程。

要するに恥ずかしいわけだな。


「じゃあ……九条さん、自分で取って」


「エッ……」


途端に何やら寂しそうな顔になる九条さん。

なんだなんだ、どうしたんだ。


「なんだかそれはそれで寂しい……悠馬君酷い!」


えぇ……面倒くさい。

まあ、これも助けてもらったお礼と思えば……


「じゃあ……はい、あーん」


「ちょ、ちょっと待って! 心の準備が……」


「ああもう! さっさと食え!」


そのまま九条さんの口へと無理やりに突っ込む僕。


屋上には、優しい風が吹いていた。





 ※





 九条さんに餌付けしつつ、弁当を完食。

結局九条さんは半分以上食べてしまった。コンビニ弁当も食べておいて……良く食べるな。


「か、勘違いしないで! 悠馬君のせいよ! 太ったらどうしてくれるのよ!」


「え……どうしよう……」


 そんなやりとりをしつつ、屋上でしばしの休憩。

買ってきたペットボトルのお茶を飲みつつ、空を見上げると細かい雲が漂っていた。

俗に言う羊雲という奴だ。


「悠馬君……さっき、シスターさんと一緒に作ったとか言ってたけど……」


「あぁ、うん。僕孤児院から通ってるから……そこの寮母さんみたいな人がシスターさん」


すると彼女は一気に悲しそうな顔に。

しまった。孤児院とか……あまり人前では言わないようにしていたのに。

なんかサラっと言ってしまった。


「え、ええと……悠馬君……その……」


案の定、九条さんは言葉を詰まらせながら申し訳なさそうに目を伏せてしまった。

イカン、この空気は耐えがたい……。


「九条さん……今日のパンツはどんなの?」


「え? ピンクの……って、何を言わすんじゃぁ!」


軽く僕の頬へ、正拳突きを放ってくる九条さん。

全然痛くも痒くも無い。むしろ九条さんの拳の感触が……なんだか気持ちい……


「ドM?! 貴方ってドMだったのね!」


「いや、全然痛く無かったし……というか九条さん、例の勝負……本当にするの?」


あのメイド喫茶でどちらが可愛いか……という奴。


「あぁ、何かあった方が楽しいでしょ。男子対女子よ。お客さんにアンケートでも書いて貰って……どちらが可愛いかを……」


いや、それ確実に女子が勝つやん。

まあ別に勝ち負けなんぞどうでもいいんだが。

男子の目的はメイド服姿の女子を見る事だ。ある意味では男子は既に勝利を手にしている。


「それはそうと……悠馬君、あの可愛いメイド服……どこで買ったのよ。教えなさいよ」


「あぁ、あれは……作ってもらったんだけど……」


「……それって……シスターさん?」


コクンと頷く僕。

九条さんは何やら顎に手を置きつつ……


「ねえ、悠馬君……嫌だったら嫌って言ってね。私……今夜、悠馬君のお家……泊ってもいい?」


「……え?」


 


 ※




 下校時刻、僕は何故かリムジン……に乗っている。

なんてこった。僕の人生でリムジンに乗る日が来ることになろうとは。


「あの、九条さん……本当にお金持ちなんだね……」


「まあね。別に送り迎えなんて良いって言ってるのに……父が過保護すぎるのよ。執事まで付けて……」


執事!

え?! マジで?! ホンモノ?


「勿論偽物よ。あんなの執事じゃないわ」


『それは心外ですね、お嬢様』


すると何処からか男性の声が。

むむ、もしかして……僕達の会話……筒抜け?

この声は運転している人だろうか。

そういえばリムジンに乗るとき……妙にイケメンな……エプロン姿の男性がドアを開けてくれたけども。


もしかして、あのエプロン姿の人が……執事?


「そうよ。どこの世界にジャージにエプロンの執事が居るんだか。執事って言ったら……あれでしょ、燕尾服」


うむぅ、その通りだ。

僕も……十年前、七歳の時は小さな燕尾服を身に着けてたし。


「というわけで沖田! 今すぐ燕尾服着なさい! いいわね!」


『お断りです。私は燕尾服恐怖症なので』


燕尾服恐怖症! マジか、そんなのあるんだ……。


『ところでお嬢様、今日はご学友のお宅にお泊りになられるそうですが……』


「そうよ。文句なら悠馬君に言ってちょうだい。彼が私をそそのかしたんだから」


なんだか酷い濡れ衣が。

僕は別にそそのかしたりなんかしてないんだけども……。


『お嬢様をそそのかすなんて……勇気ありますね』


「ちょっと! それどういう意味よ!」


ふむぅ、なんだか聞いていて微笑ましい会話だ。

九条さんが弄られている。


『ところで悠馬様。お家は先程伺った住所で?』


うっ……様なんて……なんだかムズムズする!


「ぁ、はい……お、オネガイシマス……」


『それは構わないのですが……ここは……』


むむ、もう孤児院って事がバレたのだろうか。

まあ九条さんは有名財閥のお嬢様だ。きっとそんなお嬢様を孤児院に連れていく事に抵抗があるんだろう。


「……何よ、沖田。言いたい事があるならハッキリ言いなさい」


『なら言いますが……お嬢様は悠馬様にLOVEなんですか?』


途端に顔を真っ赤にする九条さん。

九条さんって案外……顔に出るんだな。可愛いでござる。


「な、なななななに言ってんのよ! ちょっと黙ってなさい!」


『畏まりました』


 九条さんは頬を膨らませ、子供みたいに拗ねてしまう。

やっぱり可愛い。元々美人だけども。


……そう、なんとなく……九条さんは僕の命の恩人に似ている。

名前だけじゃない。その雰囲気も……なんとなく……




 ※




 孤児院のある村へ、場違いなリムジンが停車する。

この和香(のどか)な農村には珍しすぎる。村の人達はどこの金持ちが来たんだ、と困惑気味の表情だ。


「なんだか雰囲気が良い村ね。農村……? 羊とか放し飼いなのね」


「ぁ、うん……別に噛んだりしないから安心して。時々体当たりしてくるけど、じゃれてるだけだから」


リムジンから降り立つと、早速羊達が寄ってきた。

むむぅ、ただいま。


「ひぁ! 悠馬君! 羊が私のスカート食べてるわ! なんとかして!」


「……いいぞ、もっとやれ」


「本気で殴るわよ」


ごめんなさい……。

 

 羊の首筋を撫でまわしつつ、スカートから口を離させる。

ぁ、なんかスカート涎で汚れてる……。


「悠馬君! 早く避難するわよ!」


「ん? うん」


「お待ちを」


その時、ジャージにエプロン姿のイケメンが声を掛けてくる。

九条さんはあからさまに嫌そうな顔。


「何よ、沖田」


「…………」


沖田さんは僕へと目線を移し、無表情で見つめてくる。

え、なんだろうか。もしかして……僕があまりにも可愛いから沖田さんの心もかき乱してしまったのだろうか。


「悠馬様、明日の朝、またお迎えにあがります。お嬢様の事をよろしくお願いします」


そのまま深々と頭を下げてくる沖田さん。

ふぁぁあ! なんて綺麗なお辞儀だ!

思わず見惚れてしまう。僕もこう見えて七歳の時、執事をやっていた。

だから分かる。この人は……恰好こそエプロンだが、中身は本物の執事だ。


ここは……僕もそれ相応の対応をせねば。


「お任せください。本日のお嬢様の御世話は僕が承りました」


「な、なにいってんの悠馬君!」


お辞儀を返す僕へと、沖田さんは安心したように微笑んでくれる。

そのまま僕の肩を数回軽く叩きながら


「お嬢様は色々な意味で大変ですよ。頑張ってください」


と、捨てセリフを残して去っていった。


むむぅ、大変とな。


「気にしないで悠馬君! ささ、悠馬君のお家はどこ?」


「ぁ、えっと……あの教会だよ」


 そのまま僕らは教会へと足を運ぶ。


夕方の空は紅に染まっていた。

あの日、僕が救われた……あの時のように……







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