表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/14

若すぎる執事、動揺

 悠馬君の手当を終え、私達は食堂や寝室の血の跡を掃除し、昼食の準備を進める。

その間、私はずっと考えていた。血よりも綺麗な……赤い物。

血の代わりになり、尚且つ見惚れてしまう物。そんな物……あるだろうか。


「お嬢様……僕が手首を切ってる事……知ってたんですね……」


「……うん。正彦とシスターさんから……聞いた」


悠馬君はテーブルの上に更を並べつつ……包帯がまかれた手首を握りしめる。

何故手首を切るのか、そういえば……雑談好きな数学の教師が……


『自傷癖は止めさせてはならない』


とかなんとか言ってたな。

自傷行為は心の鎮痛剤だ。無理に止めさせれば……今度は傷どころじゃ済まなくなる。

 シスターは止めさせるのではなく、応急処置の仕方を教えていた。

あの人も、私とずっと同じ事を考えて……料理や色々な事を教えて……悠馬君の心の傷を少しでも忘れさせようと……


 悠馬君の心の傷……それは……何だ。

両親が飛行機事故で亡くなった事……?

でも悠馬君自身は事故の事さえ憶えていない。

両親の事すら憶えていないのが……傷なのか?


(分からない……私には……遠すぎる……)


無条件で愛してくれる存在が私には居た。

でも悠馬君には……彼が物心つく頃にはもう……



「お嬢様……怒ってますか……?」


「……えっ? 何?」


「いや、怒ってますか?」


……ん? 何で?


「いや、何でって……手首切ったから……」


「……いや、悠馬君……なんか悪い事したの?」


「だって……自分の体に傷を……」


何を言ってるんだ、この子は……。

痛い思いをしているのは自分だろうに……。

怒るとか怒らないとか、そういう次元の問題じゃない……


「悠馬君……例えばだ。正彦が超ドMで、シスターさんが超ドSだったら……何が起こると思う?」


「はい? なんですか、いきなり……」


つまりだ……私はあの二人が、ただならぬ関係ではないかと睨んでいるのだよ!


「なんか話飛んでません?! そんな話してましたっけ?!」


「まあ聞け。夜な夜な正彦は、シスターさんに鞭で打って欲しいとお願いする……で、シスターさんもドSだから要望に答えるだろう」


「答えませんよ! シスターさんの清純なイメージ返してください……!」


例えだ、例え!


「で、正彦は鞭で滅多打ちにされて喜んでて……笑みを浮かべながら……」


途端に私の脳内に再生される……悠馬君の笑み。

自分の血を綺麗だと……頬を緩ませる彼の顔が脳裏に浮かぶ。


違う……悠馬君は痛みが嬉しいわけじゃない。

ただ血が見たいだけなんだ。

正彦のドM話なんて例えにもなってない。


「すまん、忘れてくれ……今の話は……」


「えっ、正彦さん……どうなったんですか? 気になるんですけど……」


君にはまだ早い!

お子様が聞いていい話ではなくてよ!


「えぇぇぇ! 自分から話し出したクセに!」


「大人って勝手なんだ」


 いいながら食器の準備を進めていると、シスターさんが食堂へと大きな鍋を持ってきた!

むむ、ビーフシチューの美味しそうな匂いが!


「悠馬、鍋敷きを敷いてくださイ」


「あ、はい……」


鍋敷きを敷く悠馬君。

その時、包帯を巻いた左手首を見て……シスターさんが目を顰める。

悠馬君自身、自傷行為は悪い事だと思っている。いや、まあ良くは無いだろうが……。


「悠馬……あとで私の部屋に来なさイ。いいですネ?」


「はい……」


……?

悠馬君……ビビりまくってないか?

まさかシスターさん……悠馬君が自傷行為をするたびに……怒り狂ってるんじゃ……


「サア、ご飯にしましょウ。悠馬の大好きなビーフシチューですヨ」




 ※




 昼食を済ました後、悠馬君はシスターさんの部屋へと。

大丈夫だろうか。悠馬君はかなりビビってたみたいだったけど……あの優しいシスターさんに……。


 今、私の目の前には正彦のみ。

この男なら……シスターさんが実は私の予想どうり超ドSかどうなのか知っている筈だ。


「正彦よ……お前はドMか?」


「いきなり何ですか。そういったプライベートは黙秘します」


貴様! 人が真面目に聞いていると言うのに!


「真面目にドMかどうか聞くってどういう事ですか」


「いや、その……悠馬君がシスターさんに……叱られてるんじゃないかと……」


「あぁ、違いますよ。傷口をちゃんと治療しているんでしょう。で? 私がドM疑惑かけられた事と何か関係が?」


まあ、その……正彦がシスターさんに虐めて欲しいとか懇願してるんじゃないかと……。

そしたらシスターさんドSって事になるし!


「人をそんな目で見ていたんですか。まあ、それはいいとして……お嬢様、これからどうしますか?」


「……どうするって? 何が……」


「このまま……ここに残って悠馬君や他の子供達と……過ごしませんか、という事です」


ん? いや、私結構そのつもりだけども。


「……中々決断力ありますね。辛いと思いますよ……」


「どんな仕事だって辛いだろ……正直私は家でゴロゴロしていたい」


「それはそれで辛いと思ってください」


……むぅ、しかしこのまま……この孤児院で子供達と一緒に……か。

確かに辛いだろうな……悠馬君一人の事で……もう既に私はパンクしそうだ……。


「なあ、正彦……私には向いてないとか思わないの?」


「いいえ、全く」


むむっ……その根拠を聞こうか。


「根拠……ですか。ありません」


無いんかい!

私、子供の世話とか……出来るかしら……


「お嬢様を見ていると……昔の自分を思い出しますよ。私も執事になる前は教師をしていましたが……お嬢様のように毎日悩んでました」


ほほぅ、正彦……教師だったのか。

まあ、私もコイツに結構勉強教えて貰ったしなぁ……。


「なんで教師辞めて……執事になったの?」


「……折れたんです、単純に。先ほどお嬢様が言ってらした通り、自分は教師に向いていないと思いました。でも……今では少し後悔しています……」


むむ、教師辞めた事を?


「そうです。執事になってからも辛い事はいくらでもありました。正直、辞めようと思った事も幾度もあります。でも教師を辞めた時の後悔が残ってるんですよ、未だに……。それを再び味わいたくないと思いながら必死に……ひたすらに働いてきました。そしたらいつのまにか……こんな感じですよ」


「それで……婚期逃したのか」


「人の話聞いてましたか。今は関係ないでしょう……私が結婚できない話は……」


ふむぅ、正彦結構イケメンなのに。

なんなら……シスターさんとか狙ってみては?

あんな美人……他にいないぞ!


「お断りです。尻に敷かれるのが目に見えてますから」


いいじゃん、正彦ドMなんだし……


「いつのまに確定情報に……。それはそうとお嬢様、私の人生相談は参考になりましたか?」


「……うん、まあ……」


そういえば……私も小学生の頃に習ってた剣道……辛くて途中で止めちゃったんだ。

その後柔道を初めて……


「よく考えたら……私も似たような経験あるわ。まあ、頑張ってみようかな……」


ここで、この熊本で……子供達と一緒に……


私は……




 ※




 のどかな農村の空気の中、私はモモルフの牛舎にお邪魔していた。

モモルフは私にも優しく接してくれる。さっきから私の話を黙って聞いてくれているのだ。

まあ、牛が喋るわけもないが。しかし最近、喋る動物を何処かで見た気が……


「でさぁ……モモルフはどう思う。悠馬君は……どうしたら……」


どうしたら……彼は救われるのだろうか。

自傷行為そのものを止めさせるのは……無理かもしれない。

むしろ危険だ。かと言って続けていればエスカートするばかり……。

 自傷行為は心の鎮痛剤、当然ながら効き目はだんだんと薄くなる。

今は手首だけだが、次第に傷は体中に増えていくだろう。そしてさらにその先……はもう考えたくもない。


「私は……何も出来ない……」


その時、モモルフが私の顔を舐め上げてきた!

んぷっ! や、やめよ! 


「むむ、もしかして慰めてくれてるのか? モモルフよ。お前は良い奴だなぁ……」


モモルフの体を摩ってみる。

なんだか……凄い。

牛の体って初めて触ったけど……かなり生命力にあふれている! 気がする。


「……悠馬君……笑ったんだ。自分の血見て……子供みたいに……いや、子供なんだけどさ……」


まるで、血が……血を見る事で、あの子は何かを感じているんだ。

私が知っている自傷行為とは……違うのかもしれない。


「……血、血か……そういえば……」


私が家の包丁で指を切った時、悠馬君はあんな風に笑ったりしなかった。

適格に応急処置だけを……


「自分の血じゃないとダメって事か……ああもう、分からん。っていうか私が考えて分かるなら……シスターさんなんて……とっくに……」


そうだ、私がいくら頭を捻った所で……分かる筈がない。

でも……でも……




 ※




 見渡す限りの白い世界。

真上には青い空が広がっていて、地面はわたあめのような物で形成されている。

これは……雲か? 


えっ、なにここ……天国?


「残念ながらただの夢だ」


って、うほぅ! 柴犬マリア! 

あれ? 私いつのまに寝たの?!


「寝た瞬間なんて誰も知らんさ。お前に良い物を見せてやろうと思ってな」


「なんだ、良い物って……」


雲の上で座り込む私。

すると柴犬マリアも隣に鎮座してきた。むむ、君の毛並みはモフモフだな。


「俺は正確には秋田犬とのミックス犬だからな。それより……そろそろだぞ」


あん? 何が……


「……マジか」


目の前の光景に口が閉じれなくなる。

こんな……そうか、これがあったか。


「凄い……」


「そうだろ。ちなみに秋が一番綺麗に見えるって知ってたか?」


しらん!

なんで秋が一番綺麗なの?


「理由はいくつかある。まあ、その中で一番分かりやすいのは……」


 柴犬マリアからご教授頂く私。

今、私の目で見た光景を悠馬君にも見てもらいたい。

この夢の世界ではなく、現実で。

 

「と、いうわけだ。分かったか」


「うん……そういえば柴犬マリア、お前……結局なんだったんだ?」


「お前はちゃんと俺の事を憶えているぞ。婆さんの代わりに俺の散歩をしてくれただろ」


ん?

まさか……お前……


「これで会うのは最後だ。現実に戻ったらすぐに悠馬に見せてやれ。あっちでも……そろそろ時間の筈だ」


じゃあな、と柴犬マリアは背を向け雲の向こうへと歩いて行く。


瞬間、私の意識は下へ落下する。


ただひたすら下へ。


悠馬君へ……あの景色を見せるために。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ