若すぎる執事、再会
また、怖い夢を見た。
内容は全く覚えていない。
ただ、赤という色だけが脳裏に焼き付いている。
赤い、ただただ赤い。
赤い何かに……私は恐怖を抱いていたのだろうか。
夢の内容は……もう思いだせない。
※
どこからかニワトリの声が聞こえた。
なんだ、今の懐かしいコケコッコーは。小学校の時……そうえいば飼育小屋で鶏飼ってたな。
小学生の時は本当に信じていた。鶏が……庭鳥と書くのだと。
庭の鳥だから……
「むぅ、朝か……」
ゆっくり上体を起こすと、悠馬君が私のパジャマを鷲掴みにして眠っている事に気が付いた。
ふぁああぁぁああ! かわゆい! 悠馬君かわゆい!
「あぁ、悠馬君……ぐっすり寝てたんだな。よちよち……寝る子は育つ……」
「いえ、そろそろ起こしましょウ。悠馬は昨日から何も食べてないんですかラ」
って、うほぅ!
シスターさんがいつの間にかベットの隣に立ってる!
いつからそこに!
「フフ、秘密です。悠馬を起こして食堂まで連れてきてくださイ。頼みましたヨ」
「ぁ、はい……」
いつからだ、いつから見てたんだ。
まあいい。もうこうなったら……悠馬君とのラブラブっぷりを見せてくれる!
「悠馬君、悠馬君、朝だよー」
「……んぅ」
目を擦りながら薄っすら目を開ける悠馬君。
あぁ、この仕草がもう可愛い。
鼻血出そう……。
「ん……ぁ、お嬢様……おはようございまふ……って、あれ……ここ何処ですか?」
「あぁ、悠馬君ずっと寝てたもんな。朝食だってよ! 食いに行こうぜ!」
ビシィ! っと言い放ちつつ、悠馬君と共に食堂へ。
そこでシスターさん、クリスさんを確認した悠馬君は硬直して立ち尽くしてしまう。
「シスターさん……?」
「おはようございまス、悠馬。久しぶりですネ」
「シスターさん……シスターさん!」
おお! 感動の再会だ!
シスターさんへと駆け寄る悠馬君……あぁ、私も泣きそうに……
「くらえぇ! 必殺! 双掌打!」
ん?!
いきなり悠馬君が技名を叫びながらシスターさんへ攻撃を仕掛ける!
しかしその攻撃を、シスターさんは何事も無かったかのように……鮮やかに躱して見せた!
「フフ、八極拳をいつのまにか体得していたとハ。流石悠馬でス。褒めてあげまス」
い、一体何が起きているんだ!
さっぱり分からん!
おい、正彦! 解説しろ!
「あぁ、お茶目でしょう? 朝からテンション高めなんですよ。この孤児院の子達は」
いやいやいやいや!
解説しろ言うとるやろ!
意味が分からん!
「あまり深く考えないでください。作者からしてちょっとアレなんですから。気にしたら負けですよ」
私の感動返せ!
※
そんなこんなで朝食を四人で囲む。
本日の献立はトーストにサラダにゆで卵。
むむ、このサラダのドレッシング美味しい!
もしかしてオリジナルか?
「お嬢様、口の周りにドレッシングが……」
隣に座る悠馬君に口元を拭われる私。
むむ、子供扱いするでない、少年。
「申し訳ありません。でもこれが僕の仕事ですから」
むぅ……そういえば昨夜、シスターさんが言っていたな。
悠馬君の自傷クセを治す為に、料理やら何やらを教えたって……。
私は素直にお世話されている方が……悠馬君のためになるんだろうか。
「……そういえば……正彦よ。我が家の家政婦さんはどうした。一緒に熊本に来たんじゃないん?」
我が家の家政婦、主に私のエサ係だった人だ。
確か正彦と共にグアム(熊本だったけど)に行ったと悠馬君からは聞いているんだが。
「彼女には今、バラバラになった子供達の様子を見てもらっています。今の施設に馴染んでいる子はそのままの方がいいだろうと言う事で……その判断をしてもらっているんです」
ふむぅ。
あの家政婦さんにそんな事できるん?
「彼女もシスターとは古い仲で、度々孤児院にも顔を出していましたし……心配はいりません」
ふむふむ。
まあ正彦がそう言うなら大丈夫だろう。
朝食を食べ終え、私は悠馬君の食べた後の食器を片付けようとする。
だが悠馬君に止められた!
「お嬢様、それは僕の仕事ですので」
「ふむぅ、ここでも立ちはだかるか」
しかし……悠馬君の自傷クセを治す為には、何かに夢中にさせた方がいいとかシスターさん言ってたよな。
ここは譲るべきだろうか。
「なら後片付けはお二人にお願いしまス。私はモモルフの様子を見てきますのデ」
あん? モモルフ?
なんそれ。
非常に気になるワードを残して外に出ていくシスターさん。
モモルフ……なんだろう、すごい気になる。
「お嬢様、気になるなら見てきたらどうですか? 後片付けは僕がやっておきますので」
「そんな寂しい事言うなよ。二人で仲良くキャッキャウフフしようぜ」
※
そんなこんなで悠馬君とキャッキャウフフしながら食器を洗い終えた私。
さて、シスターさんが言っていたモモルフってなんなんだろ。見に行こう。
たしかシスターさん……あっちの牛舎の方に行ったよな。
モモルフって牛か?
牛舎の方へ歩いて行くと、一匹の乳牛らしき姿が見て取れた。
シスターさんは何やら乳牛から乳を搾ろうとしているらしい。
というか……すげえ、牛から乳絞るとか初めて見るかも……。
「おや、どうしましタ?」
私達が来た事に気が付いたシスターさん。
振り返りつつ、乳牛の体を優しく摩る。
「あの、この子がモモルフなんですか? なんか……デカイですね」
「フフ、モモルフはこの村で唯一の乳牛でス。別に牛乳などスーパーで買えばいいだけの話ですガ、モモフルは私の人生の相棒なんですヨ」
ほほぅ。そう言われてみれば……目が美しい。
キラキラと輝いているように見える!
「あぁ、モモルフの目は世界乳牛眼力選手権で優勝する程でス。フフ、椛さん、お目が高いでス」
世界乳牛眼力選手権!
そんな大会があるとは……私はまだこの世界の事を全然しらないようだ……。
【注意:この小説はフィクションです】
「よかったらミルク、絞ってみますカ?」
えっ、マジっすか。
ちょっとやってみたいかも……
で、でもここは悠馬君からやらせてやろう! 先行を譲ってあげる!
「お嬢様、ビビってるだけですよね」
「そんな事ないぞ。悠馬君の方がホラ、好奇心とか爆発しそうだろ」
「そんな物騒な好奇心持ってません。まあ、モモルフの乳しぼりはやったこと無いですけど……」
むむ、君、もしかしてモモルフの事知ってたのか?
「前も……モモルフは健在でしたよ。乳しぼりは主に兄達の仕事でしたから」
ほぅ、そうなんだ。
兄達って事は……やっぱり乳を搾るのって結構難しいの?
「イエイエ、そんな事ありませんヨ。悠馬の言う兄達というのは……他に仕事が無かったからでス」
うっ! なんか凄い親近感が沸く……。
きっと悠馬君に仕事を取られて……必死に仕事探してたんだろうな……。
兄達よ、私はその気持ち……分かるぞ……っ
「涙目で何をブツブツ言ってるんですか。じゃあ……シスターさん、どうすればいいですか?」
「アァ、ではまず……歌詞を憶えましょウ」
ふむ、ミルク絞りをするために……まずは歌詞を憶えるのか。
歌詞かぁ……歌詞……歌詞……?
なんの?
「乳しぼりの歌詞でス。当然でしょウ?」
うっ! なんか世の中の常識みたいな感じにシスターさんは言ってるが……
乳牛って歌わないと乳出ないのか?!
「フフ、別に歌でなくてもいいんですけどネ。手拍子とかでも……」
さも当然のように言い放つシスターさんに、私達はどんどん飲み込まれていく!
歌……そうだ、歌だ……乳牛なんだから……歌わないと乳が出ないのは当然だ!
【注意:この小説はフィクションです】
「では私がまず歌うのデ。二人は続けて歌ってみてくださイ」
シスターさんはモモルフの前で、まるで音楽の講師のように手拍子しながら歌いはじめる!
「ミルクっ、ミルクっ、おいしいミルクっ、今日もよろしくモモルフみるくっ! ハイ!」
「み、みるく、みるく、おいしいみるく……きょうもよろしくももるふみるく……」
「もっと元気よく! テンションバリアゲでオネガイシマス!」
うぅ、本当に必要なんだろうな、この歌……。
「では二番! イキマスヨ!」
まだあんの?!
※
結局、モモルフから乳を搾るのにかなり時間が掛ってしまった。
気付いたらもうお昼ご飯の時間帯。そういえば微妙に腹減った……ような気がする。
先程朝ご飯食べたばかりのような気もするが。
むむ、なんかいい匂いがする。
もしかして誰か料理を……?
教会のキッチンへと自然と足が歩みだしてしまう。
この香りは……もしやビーフシチューでは……。
「オヤ、椛さん。もう少しまってくださいネ。今煮込んでますかラ」
うほぅ! シスターさんが鍋で混ぜ混ぜしているのは……まさしくビーフシチュー!
私大好きだぜ! シスターさんも大好き!
「それは良かったでス。あぁ、椛さん、食堂の準備を進めてもらえますカ?」
「了解ッス!」
非常にいい返事をしつつ食堂へ。
うふふ、今日はビーフシチュー……中々に美味しそうな……って、アレ? なんだ、この床の赤い斑点は。
まるで血みたいな……
「……まさか……」
恐る恐る、血の跡を追ってみる。
それは私達の寝室へと続いていた。ゆっくりと寝室へと入ると、隅の方で震える小さな背中が。
「……悠馬君」
私が名前を呼ぶと、悠馬君はさらに小さく背中を丸める。
「……悠馬君、どうしたの?」
「なんでも……ないです……」
……なんで私……こんなに落ち着いてるんだ?
また手首を切ってしまったであろう悠馬君を前にして……なんでこんなに落ち着いていられるんだ。
「悠馬君……どうして……そんな事するの?」
「…………」
悠馬君は答えない。
そりゃそうだ……まだ出会って数日の私に……そこまで赤裸々に喋れる筈がない。
でも、私は結構仲良くなれたと思っているんだが……。
「お嬢様……」
悠馬君は立ち上がり、ゆっくりと私の方へ振り向く。
その小さな手首からは……ゆっくり血が滴り落ちている。
「痛いでしょ……悠馬君……」
「痛いです……痛いですけど……」
手首を抑えながら、悠馬君は手の平についた血を見て……まるで綺麗な写真でも見つめるかのように……
まるで珍しい昆虫を捕まえたと喜んでいるように……頬を緩ませる。
「悠馬君……手当てしよ?」
「……はい……」
悠馬君の手首に包帯を巻きつつ……私は考えていた。
、シスターさんや正彦は、悠馬君が自分が生きているかどうか確認の為に手首を切っていると言っていた。
本当にそうなんだろうか。もっと……根本的に……何か……何かが……