若すぎる執事、着任
【この作品は、遥彼方様の《紅の秋》企画参加作品です】
優しい風が頬を撫でる季節。
暑くも寒くも無い、ちょうどいい気候。
時刻は昼過ぎ。家でゴロゴロしながら昼食も終えて、もう睡魔に襲われる事間違いない。
「失礼します」
部屋のドアをノックして入ってきたのは私の執事。
高身長でオールバック、そしてスクエアの眼鏡と完璧な執事だ。
「お嬢様、食後の紅茶をお持ちいたしました」
「おっす、ご苦労」
「……言葉使いに気をつけてください」
別に良いでは無いかと、いつもの調子で紅茶を受け取り一口で飲み干す。
何か礼儀作法的な事を教えて頂いた事もあるが、別に自宅なんだしいいだろう。
「所でお嬢様。御縁談の事ですが……」
「あぁ、却下却下。ムリムリ。大手企業の御曹司とか……絶対甘やかされて育てられてるわ。そんなのと結婚した日には……苦労しかせんわ!」
「物の見事に自分の事を棚に上げてますね。貴方も相当に甘やかされていると思いますが」
なんと失礼な執事だ。
けしからん。おしおきだ! そこになおれ!
「いいでしょう、受けて立ちます。種目は柔道ですか? 剣道ですか? 空手ですか?」
「いや、ごめんなさい……」
ちなみに私の家は超が付くほどの武道一家。
父は全日本の元レスリング代表選手。
そして母は全日本の元剣道代表選手。
そしてそして兄は総合格闘技のチャンピオン。
そしてそしてそして弟は弓道の海外遠征チーム代表。
んで、私は……我が家代表の自宅警備員。
「いい加減、大学行ったらどうですか。このままでは中退ですよ」
「だって行きたくないもん……いぢめられるもん……」
そう、私は大学の入学式で虐めにあった。
突然知らない男に壁ドンされ
『僕は蜂……君という花の香りに誘われてしまったよ……マイスイートハニー……』
とか言われたんだ!
酷い、酷すぎる! 私は子供の頃に六回も蜂に刺されてるのに!
「色々ツッコミたい所ですが、とりあえずその男子生徒の言動は本当に怖いですね。軽く恐怖体験です」
「でしょ?! マジで怖かったんだから! いきなり自分は蜂とかカミングアウトされて……あの人、お尻から針が出てくるのかな……」
それはもうニョキっと。
濃太の針が出てくるに違いない。
「読む人によって十八禁になりそうな言動は控えてください。とりあえずその男子生徒はエイリアンの類では無いので安心してください。というかそれはただのナンパです」
ナンパ? バカを言っちゃいかん。
あれは地球防衛軍に通報するレベルだ!
「だからエイリアンじゃねえって言ってんだろ。安心してください」
なんか今一瞬、私の執事がヤンキーになった気がする。
ヤンキー怖い!
「はぁ……どうやらお嬢様には、もっと相応しい執事が必要なようですね。明日から私、一週間程グアムに行ってきますので。その間、代わりの人間を就かせます」
「えっ?! なにそれ! 私も連れて行きなさいよ! グアム!」
「お断りです。ではそういうことで」
そのまま去ってしまう我が執事。
ちょっと、マジで行っちゃうの?! グアム!
※
《翌日!》
なんだか凄まじく強引な展開だが気にしないでほしい。
この小説を書いている作者にはよくある事だ。
そんなワケで、本日から新しい執事が私に就くらしい。
相応しい執事とか言っていたが……どんな人が来るんだろうか。
もしかしてムキムキのマッチョメンで……
『今から俺とレスリングの特訓じゃゴルァ!』
とか言い出すかもしれない。
あかん、その人絶対……父の知り合いだ。
携帯を手探りで探しつつ、時刻を確認。
現在は午前七時五分前。ちなみにいつもは七時に執事が起こしに来る。
つまり、あと五分で新しい執事が私の部屋のドアをノックしてくるのだ。
「駄目だ……不安しかない……」
私がこんな絶望的な状況だというのに、奴は今頃グアムに向かっているのだろう。
けしからん。これでお土産がチョコだったら張った倒す。
その時、コンコン、と扉がノックされた。
ヤバい、来た。まだ七時まで三分程あるぞ! 三分早い! 未熟者め!
「失礼します……」
そう言って執事らしき人物が部屋に入ってきた。
というか何だろう。声が異様に若い気がする。
いや、もしかして女の子か? 執事じゃなくてメイドさんか?
それならそれで……なんとかなるかもしれない!
元気よくガールズトークできるかもしれない!
「お嬢様、起床のお時間です」
やはり声が高い。
しかし女の子とはまた違うな。
何て言うか……声の質が……
「お嬢様? 起床のお時間です……」
まるで泣きそうな声に……なってる気がする。
私はそっと布団から顔を出し、執事の顔を確認。
「……?」
あれ、誰もいないぞ。
もしかしてこれ……怪奇現象?!
朝から幽霊が私の部屋に?!
「お嬢様?」
「ほわぁぁぁ! ごめんなさいごめんなさいごめんさい! お願いだから成仏しておくんなまし!」
「お嬢様? 何を……ほざいているのですか?」
うわぁ! ホントにごめんなさい!
変な事ほざいてごめんなさい!
許してください! 成仏してください!
「お嬢様、朝食が冷めてしまいます。起きてください」
あぁ、布団を捲らないで!
幽霊が物理的に攻めてくるんじゃない! 反則だ!
「お嬢様……」
そのままベッドに上がってくる気配が!
ぎゃぁぁ! 待ってくれ! 私は食べても美味しくない……
「って、ん?」
「朝です、お嬢様」
私の顔を覗き込んでくるのは一人のあどけない顔をした少年。
あれ? 幽霊……じゃない……よね?
試しに少年の頬を両手で包み、ぷにぷにと感触を確かめてみる。
むむ、ゆで卵のような……私がパックをしてもこんな新鮮な肌にはならない。
この感触……ヤミツキに……
「お嬢様? もういいですか」
「おおぅ、堪能したぜ……というか君は誰ですか」
私はゆっくり体を起こし、少年もベッドから降りて姿勢を正す。
そのまま礼儀正しくお辞儀しながら、燕尾服を着こなす少年は自己紹介を始めた。
「初めまして。僕は日下部 悠馬と申します。本日より一週間、お嬢様の執事を務めさせて頂きます」
「……あ?」
ちょっと待て。
執事って……。
「えっと……悠馬君? 何歳?」
「今年で七歳です。お嬢様」
そうか、七歳か。
まあ、最近選挙権も十八歳からになったんだ。
色々年齢層が下がるのは必然……
「いやいやいやいや、七歳って……小学生? 一年生?」
「今は二年生です。何か問題ありますか」
いや、問題ありますかって。
問題しかないわ。学校はどうした!
「お嬢様こそ、大学はどうされました」
グサっと私の胸に刺さる何か。
うっ……しかし私はいいの! 君は義務教育でしょ!
「そんな事はどうでもいいので、早く朝食を摂ってください。冷めてしまいます」
むむぅ、なんて生意気なお子様だ。
っていうかホントに? 君が私の執事だと?
「なんなら確認してください」
言いながら携帯を取り出し、どこかに電話を掛けつつ私に渡してくる悠馬君。
なんだ、一体誰に……
『おはようございます。お嬢様』
「貴様! グアムに行った奴が何の用だ!」
『電話かけてきたのはそちらでしょう。彼とは会いましたか?』
いや、彼って……もしかして悠馬君の事か?
彼は本当に執事なのか?!
『ホントに執事です。私の知人の息子なんですが、今のお嬢様には必要な人材かと思いまして』
「な、何言って……」
私は悠馬君から目線を外し、隠れるようにベッドの反対側へ。
そのままヒソヒソ声で電話を続ける。
「どういうことよ……あの子、学校は? もう夏休み終わってるでしょ……」
『お前もな。というわけで一週間、悠馬君と仲良くしてください。お土産のチョコ、楽しみにしていてください』
おい、ちょっと待て!
張った押すぞ! もっといいもん買ってこい……って、切りやがった!
「お嬢様、確認は取れましたか?」
「うっ……」
どうやら紛れもなく? この子、悠馬君はこれから一週間、私の執事を務めるらしい。
なんという事か……一体……私に何をどうしろと言うのだ!