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日常に本を足し算すると  作者: ボル
第1章 具現化の書 優しさの書
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不運な本

放課後。外では沈み始める前の太陽に照らされて新入部員を迎えた運動部がせっせと準備体操をしている。

文化部の部室にも太陽が差し込んでいるが、東校舎の一階と二階の部屋はカーテンに閉ざされ、まるで夜中のような雰囲気を醸していた。


「………。」

二階のとある一室。継ぎ接ぎをしたことが良くわかるカラフルなベッドの上に横になっている男を見つめて佇む少女がいた。

「点滴……交換しますね。」

そっと話しかける少女は男の腕に繋がっている管を手慣れた手付きで抜き取り、ベッドの下から替えの点滴を取り出して逆の手順で取り付けた。

複雑な顔つきで男の顔に手を当てると小さくごめんなさい。といって壁にかかった時計を確認し、急いでその場を後にした。

教室を出ると真反対、一番端の教室を目指して走り出す。

少し息が上がりながら教室のドアを開けると机が少女目がけて飛んできた。

「きゃあっっ!!」

悲鳴と共に地面に尻もちを付くとずかずかと金髪の男が近寄ってきて胸ぐらを掴んで持ち上げる。

「おい、楓ぇ!!!てめぇ、この間のゴミまだ飼ってんだろ?始末しろって言ったよなぁっ!!」

顔の近くで怒鳴り散らす男の口からはタバコの匂いが漂い、その口が遠のいたと思ったら頭に大きな衝撃が走った。

反射的に小さな悲鳴が口から出る。

教室の扉の前の壁に投げつけられたのだ。

それを見下すように男は少女の前に立つと冷徹な目を向ける。

「分かっただろ?痛いのが嫌なら早く始末しとけよ」

そう言われると歯を食いしばり、壁に手を当て、よろめきながら立ち上がり、怒りと涙に滲む顔を見せた。

「人を……簡単に殺すことなんてできません……。」

「なんだと?」

男の地雷を踏んだのか、両手が少女の首根っこに飛びかかる。

「ぐあぇ……!」

「お前は本だからいくら首締めても死なねぇよなっ?!主の言うことも聞けない悪い本はその苦痛の面でも一生貼り付けてればいいさ!」

締める手は緩まず、時間が進むたびに強くなる。

どれだけ藻掻いても自由にはならず意識が飛ぼうとしたその時だった。

ズシッとした衝撃が体に伝わると男は手を離した。

「黒児、そこまでだ」

血が通わず真っ白になった顔を動かして確認すると、後ろ側の教室の扉が派手に無くなっていて、その何もない空間に拳を突き出したがたいの良い男が立っていた。そして足を鳴らしてずかずかとその男の方へ先程まで首を絞めていた男が行くと顔を突きつける。


「なんだよ力也、俺の行動に文句あるのかよ!?」

「黒児、すぐに切れんな。仲間がやられて悔しいし腹立つのは分かるが楓ちゃんに当たるな。」

ぐうの音も出ない黒児という男を尻目に力也という男が楓という少女を抱え上げる。

黒児はそれを見て舌打ちをすると頭をかきむしりながら階段に向かって歩いていった。

「………。楓ちゃん。大丈夫か?」

「はい……。ありがとうございます。あ、もう立てますので」

優しく抱き上げられた腕の中から、右足から順番に地面につく。降りた直後は少しよろめいたがすぐに平気になった。

「あいつも、色々あって苛立ってんだよ。許してやってくれ、な?」

お尻に付いた埃を払う楓は力也を見て苦笑を浮かべる。

「分かっています。もう、いい加減慣れてきましたので。」

諦めたような、ちょっと悲しいトーンだ。

力也ははぁ、と大きなため息をついた。

「楓ちゃんも災難だな。約400年ぶりの契約者が不良だなんてよ。」

「………。」

彼女の口からは、はいともいいえとも返事の声は出なかった。

力也は分かっていたかのように続けた。

「てか、まだこないだのやつ擁護してやってるんだって?俺は咎めないけど、庇い続けるのは自分に損しかないんじゃ……?」

「そんなことないです。彼は生きているんです。人間なんです。見捨てるなんて、到底できません。死がない本である私が傷つく分には何も困りませんので。」

下唇を噛んで必死に何かに耐える彼女の姿を見て、その気持ちは力也の心にも痛いほど伝わった。だが、分かった所でどうしようも無い。何せ主導権は全て枝島組リーダーの黒児にしか無いのだから。


一方、東校舎一階にあるお悩み相談部には新学期初のお客さんが来ていた。

真っ暗な部屋の真ん中でパイプ椅子に座る先輩と水晶の前にはちょっと強張ってぎこちなく座る女の子がいた。

「ようこそ、お悩み相談部へ。どんなお悩みなのか早速教えてもらえるかな?」

急に切り出した先輩に女の子は少しビビる。もじもじして小型マイクでもあまり声を拾えず、しっかり言葉がこちらまで聞こえないので我々は仕事が全然できない。

そう、俺と水希がいるのは実はマジックミラーでできた偽の壁がある所の奥。つまり、先輩の背中が丁度向いている後ろにいるのだ。わざわざこのような形なのには理由があり、第一に緊張緩和のためである。悩みを相談しようと思っても大人数で面談みたいに座られたら話しづらいという点の配慮だ。次に履歴や相談内容をメモするためにその人のプライバシーとか許可とかそういうの面倒くさいから書記ごと隠して取っちゃおうというなんとも色々と適当な理由だ。

「すまないが、ちょっと声量を上げてもらっても構わないだろうか?」

先輩が優しい声でお願いするとぴくっと体を跳ねてから大きな声でこう言うのだった。

「私の不良のお兄ちゃんの様子が最近おかしいんです」


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