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日常に本を足し算すると  作者: ボル
第1章 具現化の書 優しさの書
16/18

本は可愛い

男は逃れた。あの、自分の本をコテンパンにした女中心の集団から。

息を切らして向かう先はアジト。東校舎三階にある。ここは今は使われず手入れは愚か見回りすら来ない、溜まり場としてはうってつけの場所だった。

男は荒い息遣いのまま荒々しくとある一室の扉を開けた。


落ち着く様子もなく流れるように土下座する。

「ボスっっ!!申し訳ありません!!大切な本を、例の女が連れていた男共にとられてしまいましたっ!」

息は整わない。全身から汗が吹き出す。額から流れた汗が何滴か地面に垂れた。

「あ?ざっけんなよ?」

至ってなんともない声色ではあるが、裏腹に行動は乱暴だ。


顔面に衝撃が走った。後に激しい痛みが襲う。

「ぐぇぁ、ぁがぁ……」

蹴りが入ったのだ。それも容赦なく、本気で。

痛みで横たわる男を尻目に、そのボスと呼ばれる男は立ち去ろうとしていた。だが、出る前にこう言う。

「楓、始末はしとけ。容赦すんなよ?」

冷たい。冷徹な人間の声だった。扉が大きく音を立てて閉まる。


それから少し間が空いて男の元に足跡が近づいてくる。

そして、顔に優しく手が添えられた。

「痛かった……ですよね。」

冷徹なあの声とは打って変わり、優しく温かい声が耳に吸い込まれる。

突如、男を襲う痛みは消えていった。心地よい、大自然に包まれているような感覚が脳内いっぱいに広がって。


「姉……御。」

手を添えてくれた人。姉御と呼ばれたその人物は柔らかな笑顔を浮かべた。でも、心からの笑顔ではない。明らかに口角が引きつっている。

「ごめんなさい……。私は、貴方を救えません……。」

「姉御……。自分が悪いんっす。姉御に庇ってもらって逆に姉御が苦しむ姿は見たくねぇっすから。落とし前をどうか俺に。」

「……ありがとう。ごめんなさい。」

姉御と呼ばれる少女は声を殺して涙を流した。

男はその姿を見て、これからの自分を想像して、泣いた。

少女が額に手を当てる。涙を流す少女は男の視覚情報がある最後まで泣いていた。ごめんなさい。この言葉が男の最後の言葉となった。


一方校庭では岐路先による枝島組の説明が行われていた。

「なるほど、つまり枝島組っていうのはうちの学園内にいる不良の組織なんですね」

「その通り。先生たちも対処は視野に入れてないだろう。それだけ危ないんだ。」

みんな頭を抱えた。そんな集団が本を所持している可能性が大いにあるんだ。今回のように比較的すんなりいくとも考えにくい。

「まぁ、事実は後で確認してそこから考えてこうよ!ね!」

水希が空気を引き裂くように発言する。

「それにさ、ほら。占いの書?そろそろ辛いでしょ?」

言われてその方を見ると顔色が優れない。

「情けない話です。ワールドを閉じてもいいですか?」

長時間ワールドを張り続けたんだ。エネルギーが減ってきているんだろう。

先輩も俺も頷くと、申し訳なさそうにワールドを閉じた。


ワールドの壁を隔てると外の色が変わって映る。

久しぶりに普通に戻ると何だか眩しかった。

先輩は地面に落ちた水晶玉を拾った。

「入部届けは早く出しに来るんだよ?」

そういうと、学校の時計を指差した。

「時間だ。今日は部ごとに解散だからね。気をつけて帰るんだよ?それじゃ!」

確かに時間は午前授業である今日の終わりの時間を指している。

先輩は背を向けて、手をひらひらと振りながら東校舎に消えていった。


水希と俺は特に急ぐこともなく教室に戻る。

教室の中には誰もいなかった。

「いけないことしたくなっちゃうね〜?」

バックを取ったところでまた冗談を抜かす。

「あのなぁ。なんでお前は高校生男子みたいな脳みそなんだよ。発情期か」

「ううん。相手が琉夏だからに決まってるじゃん」

しなやかな動きで俺の事を机に押し倒していく。対面で覆いかぶさった。

「ほらぁ、硬いものが当たってるぞ〜?」

上目遣いで何ともあざとい。悪い笑顔を浮かべるその姿は堕天使といったところか。

「残念ながら、硬いのはベルトだ」

「あれ?そうなの?」

バカっぽいところも可愛い。これは可愛い女の子を見る男の正直な感想だ。異論は認めない。


「あわわわわわわ!!!な、なにやってんの?!」

迂闊だった。可愛いは人を盲目にする。同時に聴力を奪われていた。扉の前には零がいた。

いやらしいことはしていない。だけど、こんな対面で覆いかぶさった男女を見たらそりゃあ勘違いはする。俺だってそうだ。そして何より運が悪いのは見られたのが零ということ。浅い付き合いだが犬猿の仲である2人がこの場、この状況で会うのはやばい。


だが、静止こそ効かなかった。

咄嗟に水希を突き飛ばして対面は解除したものの、やっぱり口喧嘩は始まる。

「転校生ちゃぁぁぁん!?あなたはなんで琉夏君とべったりしてるの?!大体初対面でしょ?!」

「だって琉夏だし……」

「答えになってない!さては琉夏君にトラップかけようとしてるんでしょ!?そうはさせないんだから!」

零の圧力に圧倒されて手も足も出ない水希。ぺちゃんこになりそうな光景だった。


「はぁ、大変だったよぉ」

小さな口から大きなため息が出る。

「水希が悪いだろ。押し倒したりしなきゃああはならなかった」

「でももっと早く跳ね除けてればよかったじゃん」

あれからどうなったか。ダイジェストでお伝えしようと思う。あれからも一方的な口喧嘩は続いた。水希はしなしな状態だったんだが、運良く手続きの為に職員室に呼び出された。水希に逃げられて不機嫌な零と一緒に帰り、買い物などでなんとか落ち着かせた。水希には気をつけろって言われたけど、家にいるんだよなぁ。


その当人は浴槽の水をすくってかけてくる。

「やめろよ、髪洗ってんだから。てか、ちゃっかりなに入ってんの?!」

「裸の付き合いも大事でしょ?」

「同性の話だそれは。後は恋人か」

そう。ここは風呂だ。2回目の混浴である。

俺こそタオルを腰に巻いているが、水希は御構い無しに素っ裸だ。なんなんだこいつは。

まぁ、そうは言うものの、若干諦めてる。だって可愛いし。ちゃんと仕方がない。男だもん俺だって。

白く透き通った髪を後ろに結んだ水希も素晴らしく眼福だ。無邪気に水で遊ぶ姿はなんともいえない。

「洗えば?」

俺は洗い終わったので、彼女から少し距離を置いて湯船に浸かる。

「ん〜。まだぁ。」

リラックスした声でそういうとわざわざ離れた俺に泳いで近づいてくる。そして不意に抱きついてきた。


「なんだよ!?」

「……生きてる。心臓、動いてる。よかったぁ……」

小さく囁くようにそういうと、泣き始めてしまった。

大号泣だ。

「お、おいおい。」

泣き止むまで少し時間がかかった。そこまで長くはなかったが、大粒の涙が伝って俺の肩に垂れてきていたのが分かった。

「ごめんね……。炎柱を琉夏が食らった時、正直ダメだと思って。あの時の事思い出して、生きてて本当に良かったって……」

「……。いいんだよ。おかげで戦い方とか分かったし。それより」

「それより?」

「当たってる。というか、全身当たりすぎ。」

抱きついているんだ。水希のほぼ全てが琉夏の体に押し当てられていた。

「えっち。」

いたずらにそういうと、彼女は首筋にキスをする。

「んふ〜。ごめんの具現化っ、先上がってていいよ」

彼女は満足げな笑顔を見せると、シャワーで髪を濡らし、シャンプーをし始めた。


……逆上せるかと思った。

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