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欲望と願いのグリモワール  作者: 藤ゐ馨
日常崩壊編
9/10

第九話 愛しさのパレスⅠ

 またあの時の感覚だ、寒気がする。

 静かな青い空間、だけどこの空間がどんな場所かもうすでに知っている。


 ただ、いつもと見慣れぬ街並みがそこには広がっていた。

 街全体が白く染まっていて、迷路状に道が作られていて、奥の方を見ると、巨大な建造物がまるで、ここに来いという主張しているかのようだ。

 どのような建造物なのか、遠目なので良くは分からないが……。


 『時間が無い、我の指示に従って貰うぞ』


 「……ああ」


 初めて絶界に来た時と違うのは、最初からアムリタがいること、この差はでかい。

 この意味の分からない場所で、どう動けば良いのか最善を尽くしてくれると信じている。

 恐怖は確かにあるが、いずれは通る道だと思えば……肝も据わる。


 『では、狩りを始めようか』


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 そこは彼女のための城、愛しさのパレス。

 アラクネらしき怪物、愛しさのアラーネは、飽きること無くルザールを嬲り続けている。

 蜘蛛の糸で作られたその城は、アラーネの意思が強く反映されていた。来る者は拒まず、去る者は絶対に帰さないという蜘蛛の巣の様なその作りは、今では絶界に飲まれた街全体に影響している、


 無限迷路とも呼べるその複雑な作りの中で、獲物をジワジワと嬲るような世界。

 この世界に君臨する絶対者は、アラーネだけであり、この世界で異変が起きればすぐさま理解できた。


 「あーあーついに、獲物が来てくれたのですね」


 絶頂の中の身もだえるように、アラーネは囁いた。愛しいあの方が、来てくれたのだと。

 細かく言えば、アラーネの契約者の思い人が来たのだと……。


 契約者である榎宮えのみやの意思はもうすでにアラーネに汚されてしまっている。

 何故そんな契約をしてしまったのか、それは人が愛と呼ぶ感情のせいだろう。 


 彼女は、キョウヤに告白してフラれた。でも、忘れることが出来なかった。

 彼に愛されたい。ただその思いだけ募っていった。


 【彼に愛されたい】その願いをアラーネは聞き届けてしまった。


 じゃあ何故彼は、振り向いてくれないのか、それは印象……愛とは如何に相手の心に自分を刻むかで決まる。なら刻めば良い、その思いがどのような者だとしても、彼が自分だけに向ける感情で染め上げてしまえば良い。それが愛されることに違いない。

 だから刻む物理的に精神的に、追い詰めて此方のことしか考えられなくなるぐらいに、残忍に容赦なく必要以上に、刻み続ける。


 それを愛と呼べるのか、他人には理解されないことであっても、アラーネはそれが愛だと契約者の心を染め上げる。

 だからこそ、契約者の心は残忍に染まり深い愛の心で、他者を壊す。

 どんな者にも愛を振りまくそれがアラーネの根源。


 実際まともな頃の契約者の願いには、反映されていないのかも知れない、でも関係ない、だってこれがアラーネの愛なのだから。

 今弄んでる玩具にすら愛を与えているのだから、アラーネほど他者を愛する者はいないだろう。


 「また愛せる、愛には生涯がつきものだもの、彼もきっと私の愛に応えてくれる」


 心象世界でのキョウヤは、アラーネを愛していたと、勝手に思い込む。

 だからこそ、あそこまで強烈に、叫び怯え狼狽えていたのだと、アラーネの基準で判断された。

 でも、アムリタという生涯で、彼を閉じ込める牢獄から逃がしてしまった。


 次に悪意のレギオンで、キョウヤにアプローチを仕掛ける、彼の大事な者を壊して此方の印象を刻むという行為に、どんな表情で答えてくれるか身もだえてしまっていた。

 その後に嬲ろうと思っていたら、それもアムリタに妨害される。でも、悪意のレギオンに、殺させるのは、アラーネの本意でも無かったので、あまり気にもとめていない。


 そして今回、いよいよ愛が実る。

 その為に、この現実世界を絶界で染めたのだから、アラーネの絶頂は最高潮に達している。


 「願いが叶えられる――やはり愛は素晴らしいです」


 うっとりと、自分の持論を玩具に聞かせ、その都度苦痛を与えるのを忘れない。

 普段平等愛者であるアラーネでも、キョウヤには焦らされた分特別な愛を与えないといけないと思っていた。この絶界と保有した魔法があれば、たくさん愛を語り合えるだからこそ、興奮が冷めることはない。

 それでも、自分から迎えに行くのは、はしたない行為だと思い、愛する者が迎えに来てくれるのを待っている。その方が、愛されてるという感じがすると、アラーネは思っているのだ。


 「あーああ、早く迎えに来てください、でも、途中で死んだら嫌ですよ……大丈夫、愛する者は必ず出会う運命ですから、フフフフフ」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 俺はアムリタを召喚した後、病院から出る為に、廊下を歩いていた。

 廊下には、何事も無いような穏やかな表情の人や、病室では見舞いに来ていた人達が入院患者と親しげに話している光景が見えたが、誰一人として微動だにしない……絶界とはそう言う場所なのだとわかっていても、それはすごい不気味に見えた。


 「少し寄り道をするぞ」


 前を歩いていたアムリタは、一階に向かう道から外れて、他の場所に歩いて進んでいく。

 何を考えているのか分からないが、黙ってアムリタの指示に従う。

 それが一番良い結果になるだろうし。そう思いながら進んだ先で付いた場所は、どうやら薬品倉庫の様だった。

 アムリタは、いくつかの薬品を鞄に詰め込んで、俺に渡してきた。荷物を持てって事だろうと思い、そのまま背負うが、こいつ薬品の知識なんてあるのか?


 「これって、何に使うんだ?」


 「保険だ。黙ってもっておれ」


 一々説明するのは、面倒だという顔で、進んでいく。

 俺もその後ろを黙って付いていくしか無かった。


 一階のロビーまで何事も無く、無事に付いたが、出入り口には何か白い壁のようなモノが出来ていた。 触ってみると、コンクリートの様に堅く、細長い糸状のモノが幾重にも束ねられて作られている。

 アムリタも確認するように、壁に触れたときに変化が起きた。

  

 先程まで糸だと思っていた壁から巨大な手のようなモノが生えて、アムリタの体を片手で握り拘束していく。

 突然のことにアムリタも驚いた表情をした瞬間、そのまま遠くに投げ飛ばされる。

 ロビーの奥の方に投げ飛ばされると、激しく物にぶつかった音が聞こえ、再度静寂がもどってきた。


 俺はその光景をただ見ているだけしか出来なかった。

 

 糸で出来た壁からは、徐々にその巨大な手の体が現れ、その全体図を見るとあまりにも巨大すぎて開いた口が塞がらない。その姿は六つの手と二つの足をもった、蜘蛛の姿だった。


 「これも……悪意のレギオンって奴なのか……」


 手だけで、二メートルある怪物……全体で六メートルほどの大きさだ。吹き抜けのロビーだからこそ、何とか体が収まってるに過ぎない。

 デカけりゃ良いってもんじゃないだろう……。


 とはいえ、この大きさは、間違いなく脅威……このまま黙っていたら、踏み潰されて死ぬのは目に見えている。

 怪物に立ち向かう術のない俺は、吹き飛ばされたアムリタのもとに向かうため駆けだした。

 走る俺の様子を怪物は見ているが、追いかける気は無いみたいだ。まぁあの巨体で追いかけてきたら、病院が潰れるだろうと思うと、自由な移動は出来ないのかも知れない。


 「ふむ、ずいぶんなデカブツだの」


 壁にめり込んだまま、余裕そうな顔で、怪物の事を聞いているアムリタに、こいつもやはり規格外なんだと改めて思い知らされる。

 普通なら即死してもおかしくない攻撃を受けて、ここまで平然としていられるモノなのだろうか。


 「……どうするんだ」 


 「何当たり前のことを聞いておるのだ、倒すしかあるまいよ」


 アムリタは何言ってんだという顔で見てくるが、あんなのを倒すだなんて誰も思わないだろう。

 いやまぁ……アムリタが倒せるというなら、問題ないのかも知れないけど、アレに巻き込まれたら俺は間違いなく死ぬ。

 それに、ロビーにはまだそれなりの人もいるし、戦闘に巻き込まれたら……無抵抗な彼らはどうすることも出来ないんじゃないか……。


 「人間の犠牲は、諦めるしかあるまいよ」


 俺の心配を察してか、その様なことをアムリタは言い放った。

 アムリタの中では、人が死のうがどうでも良いという感じなのかもしれない。

 究極的には、アムリタの言うことは正しいのだろう。見ず知らずの人のために命をかけれるかと言われれば、俺には無理なのだから。


 それに、怪物から人を守る力なんて俺には無いのだから……。


 理性では確かに理解できる。だけど、感情ではどうしても納得できない。

 だからこそ、何か言わなくてはと言いよどんでいる……。

 この感情は、偽善でしかないのもわかってる。ただ、目覚めが悪いからどうにか出来ないかってぐらいのレベルなのだ。


 「だけど……」


 「貴様はそう感じていれば良い、戦うのは我だ。その戦いにどれだけの被害が出たとしても、貴様の背負うモノではないのだからな」


 そう告げて、アムリタは怪物に立ち向かうべく、壁から出ると挑むべく駆けだしていった。


 大きな衝撃の音、振動する建物、破壊音が出入り口の方から聞こえてくる。

 俺はただ、その様子を見ることも無く、音が止むのを待っていた。


 どうせ何も出来ないという諦めと、見知らぬ人が無残な死体になっているであろう光景を見たくないという自己保身ので動くことが出来ないからだ。


 ――何故俺はこんなにも弱いんだ。


 ――これからもアムリタに全てを任せて逃げるのか?


 ――あの大蜘蛛を殺すんじゃ無かったのか?


 様々な疑問が頭をよぎる、分かってる……でも、今までこんな殺し殺されなんて環境にいなかったんだ。今までは、知らず知らずの内に終わってたけど、今回は被害が出るのがわかりきっている。


 だって……あの場所で戦ったら、誰かが死ぬってわかりきってるのだから。

 アムリタが、戦うのは自分だから背負うのも自分だと言っていたけど、俺も同罪じゃ無いのか?

 アムリタに願わなければ……俺が素直にあの子蜘蛛に殺されてれば、今みたいな被害は出なかったんじゃないのか?


 いや……どのみち、あの大蜘蛛は現実世界に来たはずだ。

 だとしたら、今起きてる被害より、もっと大きいモノになるかも知れないんだ。なら、今死んでる人は、しょうがないんじゃないか? だって、どのみち死ぬ運命だったんだから。

 

 ……言い訳だな、分かってるけど、言い訳したって良いだろ。

 アムリタの言ったとおりだ。諦めるしか無いんだ。


 あいつは、結局何もしなかったら被害がでかくなると知っていたんだ。

 多を救うために少を切り捨てる。人間味のない合理的な考えだ。

 だからこそ、正しいのかも知れない。


 多分この先、同じような目に遭うだろう。

 その時、今みたいに逃げ続けるのか、戦うのかは自由だけど、どうせなら戦おう。


 俺はそう思い、戦ってるアムリタのもとに、震える足でむかっていった。

愛しさのパレス編で日常崩壊編は終わる予定ですので、長くなりそうですね。

書きたいイメージはすでにあるのに、文章にするのは難しい……そんなことを悩みながらなるべく二、三にちで書くようにしています。

こんな事なら、学生時代に真面目に授業を受ければ良かったと思いました。


話は変わりますが、感想など頂けると、嬉しいです。

とはいえ、感想貰えるほど、書いてないんですけどね……頑張ります(汗


次回更新ですが、私用のため2017/11/18日になります。

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